2.怖いおやじさん
僕には、恩のあるそれはそれは怖いおやじさんが、ある日の朝、倒れた。急性腎不全だった。おやじさんの息子、つまり、あいつだ。ポンコツ野郎、田邉は、男の癖に、何も動くことが出来なかった。おやじさんは、昔ながらの頑固おやじだったから、絶賛反抗期中の生意気な、高卒の(自分から言わせればまだケツの青いガキが中途半端に言葉だけ言い返しているようにしか見えなかったがな)ポンコツ野郎、田邉は、いつもの様子が嘘のように、真っ青に青ざめて、中途半端に動かねえ。僕は、大きな声で、田邉に怒鳴った。
「田邉ッ救急車呼ぶんだろうがッ早くしろやいッ」
田邉は、僕の言葉に身体を一度大きく震わせると、つんのめるようにして、工場から部屋への上り口の短い階段を駆け上がり、狭い畳に裸足の足で滑り込むと、固定電話の受話器をひっつかんで、救急車に電話を掛けた。震える声でな。
……その日から、この工場には、怖いおやじさんの姿はなくなっちまった……。怒鳴り声が怖いおやじさんだったが、その分、存在感は10人分くらいはあったのかもしれない。工場に居る怖いおやじさんの元で汗を流している奴らは、それはもう沈んだ顔をしていた。
おやじさんは、透析か、腎移植をするかの選択を迫られた。腎臓はもうほとんど機能はしていなくて、どちらかの方法しかおやじさんには残されていなかった。おやじさんを献身的に支える若い奥さんの腎臓を移植することになるらしい。早くとも2カ月は入院が必要のようだった。
……おやじさんが倒れる前に、あのポンコツ野郎、田邉の整備士試験の申し込みは終わっていた。おやじさんは、自らが倒れて、どうしようもねえってのに、僕にだけ聞こえる声で、
「……あいつを頼む。相棒」
って、言いやがったんだ。そんな一方的な約束、守ってやる必要なんてねぇけどな、……僕は、まぁ、そのせいと言ってはなんだけれど、……そんな訳で、このポンコツ野郎、田邉の面倒を見てやっているって訳だ。つまりは、おやじさんに僕なりの義理があるからってだけの話だ。
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