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16.言葉が通じた日(6)

 ふっ、と、


 世界の色が抜けた気がするとき、って、あるかな?

僕は、車だけれど、そんなときがあることを知ってる。


 実際に、それを体感したように思うからだ。


 それが、あの瞬間だった。


 田邊は、唖然とした顔をしてる。


 僕は、助手席でくたりとして意識を失っている彼女がなんとなく心配で、


 田邊の異様な様子も心配で、


 あの異様な状況も、なんだか怖かったし、


 車の僕に起こった、状態……も、僕にとっては、何もかもが初めての体験で、


 何もかもが混乱していたような気がしていたから、その時の空気に気づけたんだと思う。


 何かに集中している時は、空気すら忘れてしまいがちだけれど、


 何かに混乱している時ほどに、周囲の情報はうるさいほどに感覚を刺激してくるような気が、僕は、……してる。


 ……それは、僕が、自動車っていう機械だからなのか、それとも、車の僕自身独自の感覚なのか、僕にはわからないし、現状、それを確かめる術だってない。


 あんなに、僕の身体を強く打ち付けていたはずの雨は、初めからなにも起こっていなかったとでもいうかのように、いつの間にか、無くなっていたんだ。


 僕の車の身体も、濡れていない。


 まるで、あれは、車の僕も含めて皆で見てしまった、幻ですって、誰かが、マジックの種明かしのように手をふらふらしているかのようだ。


 車の僕が見ていた、あの、透明な少女は、消えてしまっていて、車の中には、沈黙があったけれど、それは、不快な沈黙ではなくて、なにか、あるべきものがそこにきっちり納まったかのような、どこか満たされたような沈黙だった。そこの世界の色は、不思議と透明な気がした。


 田邊は、ふぅっと、なにかひとつ息を吐いて、


 くっと、眼尻を掌で拭った。……僕が初めて目にした田邊の手は、オイルまみれの汚れが落ちなくなったかのような武骨な手をしていた。不器用な癖になにかしていたんだろうか、こいつは?と、ふっと思ったけれど、僕は、それ以上に田邊に言いたいことがあった。田邊に僕の声が、聴こえなくともだ!


 「田邊っ!!!!ぼへーっとしてないで、早く娘さんを介抱してあげろやいっ!!!!ポンコツ田邊がどうなろうと、……僕は、どうでもよいけれど、僕は、あのような状態になった娘さんが、心配なんだよっ!!!!」



 僕が、どうせ聴こえないだろうと思いながら大きな声で、いつものように田邊に悪態をつくと、何故か田邊は、目を大きく見開いて、ぎょっとしたように固まった。


 そうして、一拍おいて、


 「……ぅ、うわああああああああっ!!!!」


 ……と、叫んで、慌てて、車の僕の身体の中で勢いよく背中をシートに押し付けて、……何故か、ウィンカーに左手も大きく打ち付けて、”壊した”


 大事なことだから、もう一度言おうと思う!!!!田邊は、23回目の事故を起こした!!!!


 最後は、僕のウィンカーを彼自身の左手でぶつけて?掴みへし折って?正確には、僕にはわからないが、兎に角、兎に角、事実を言おう!!!!


 田邊は、23回目の”事故”、僕の身体の一部分をへし折ったんだ!!!!


 「……!!!!田邊っ!!!!お前っ、に、に、に、23回目だぞぉおおおっ!!!!!」


 僕の絶叫を田邊は、本当に恐ろしい思いで、聴いたらしい。後で、おやじさんが笑って話してくれた。


 ……一応、それが、田邊が僕の言葉を聴けるようになった日の出来事だ。


 **


 その時、関わった女性は、それから何かと、工場に顔を出すようになってる。

 まぁ、その話は、またこの話とは別、かな、今度、話をすることになると思う。


 

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