39 豪雨
愛美は、慣れた仕草で、船の手入れをしているようだった。何か話をしたいけれど、何を話しかければよいのか解らない俺はただその愛美の後ろ姿をぼぅっと見つめる。
……不意に愛美が何事か言いかけて、俺は、びくっと身体を強張らせる。
「……今日は、亡くなったお父さんの命日だから……お父さんの船に乗りたくなったの。ばあちゃんが心配するから内緒で夜に来たんだ」
俺は、暫く無言でいたけれど、愛美が俺に話しかけてくれたことが嬉しくて、少しだけ気持ちが高揚した。
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俺は、少し逡巡した後、意を決して口を開く。
「……そう なんだ …… お父さんは、船、好きだったの……?」
質問をしてから、もっと何か言えることがあったのではないかとそう思ったけれど、出てしまった言葉は戻すことが出来ない。けれど、愛美は、きちんと俺の言葉に言葉を返してくれた。
「うん ……とても、好きだったよ。私も船の上に乗るのは好き。……運転は出来ないから、ただ乗ってゆらゆらするだけ……だけれど。……トシも乗ってみる……?」
愛美は、後ろを振り返って、俺の方を見つめる。愛美の瞳がとても幻想的にゆらゆらと水面を照らす光に染まっているように見えて、俺は一瞬瞬きをする。
「うん」
ただ一言そう答えて俺は、愛美に駆け寄った。差し出された愛美の手を取る。華奢なそれは、昔と少しも変わらないように思えた。
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ゆらゆら揺れる船内に足を踏み入れると、ゆらっと何とも言えない不安定な感覚が、とても不思議で、俺は思わず、体制を低くする。愛美は、小さなランタンを持ってきていて、それをパッと照らすと俺に向かってキャビンの扉を開いた。
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「……そんなに広くないの。狭いから気を付けて」
愛美の後を辿るとそこはまるで秘密基地。小さなソファーとベット、机とお手洗いに続く扉が、狭い中に納まっていて、俺は、目を輝かせた。魚群探知機だろうか……?操舵室のような所にはそのようなものも備えてあるようだった。
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愛美は、船の中でランタンをいくつか照らし、幻想的な光の空間を作ると、持ってきたのだろうリュックを広げて、お菓子を並べ始めた。飲み物まで用意している。
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俺は戸惑いながらもそんな愛美をじっと見つめていた。船の上には透明のプラスチック硝子がはめ込まれているのか、空が開閉出来るようになっていて、空が見えるようだった。……生憎今日は曇り空のようで星は観ることが出来ない。
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「……愛美、あの……さ」
そう、俺が愛美に話しかけようとした時、ざあっとまるで船を叩きつけるような雨の音がして、俺は思わず目を見開いた。




