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地方から学園に入学する子供は以外に多くいます

その最たる理由は口減らしです


グランド中央に位置する王都バエオスボラ

ここから広がる物流網はグランドの隅々まで行き渡っている訳ではありません

各地に出没する魔獣により土地開発及び街道整備が遅れている為です

それは王都から距離が開くほど顕著になります

国もギルドと共に現状を打破すべく冒険者、騎士団を使って対策をしていますが

絶対数が足りない為、どうしても優先順位が出来てしまい、末端まで手が届きにくくなってしまっているのが現状です


地方の集落は基本的に農業や牧畜業等による一次産業と、(比較的)近い街から稀にやって来る

キャラバンか周辺集落との交易によって成り立っています

魔獣が出没する土地の殖産など当然不可能な為、産業の成り立つ地域を増加させることは出来ません

その為、農家などは後継ぎ以外の子供は労働力としてしか見られず、女子は他家に嫁入りが出来ますが

男子は結婚も出来ず、俗に言う部屋住みのまま生涯を終える事になります


それを拒否する者に手切れ金として入学費を渡し、追放同然で学園に入学させるのです

当然家に戻る事は許されない為、卒業後は冒険者として生きていかなければなりません

親からすれば入学費を支払うだけでも温情なのでしょう

中には文字通り子供を着の身着のまま追い出す者もいるのですから


冒険者が足りないからこそ冒険者になる者が増える

皮肉とも言える現状は一向に改善の余地を見せていませんでした


家業の跡継ぎや、商家の様な比較的裕福な家は単純に学園を教育機関と看做して

通わせますが、やはりこちらは少数派となっています


両者の学園生活は正反対と言えます

後の人生を決める3年間と通過点に過ぎない3年間では無理もありませんが







時間は流れ、とうとう学園に向かう日がやってきました

村人は見送りの為に集まり、迎えが来るまでの間別れを惜しみます

止むを得ないとはいえ、我が子を好きで追い出したい親はそうはいません

最期になるかもしれない会話で涙を流す者は珍しくありませんでした


その中でも彼女は愛嬌に富み、人当たりの良い性格の為、村の大人子供問わず好かれていました

周囲を人垣に囲まれた彼女は代わる代わる暖かい言葉と、贈り物を渡されます

村人に感謝を伝える彼女の頬には何時の間にか涙が伝っていました


村人達から離れた所で迎えを待つのは、特科に入学する少年です

大きな皮袋を地面に降ろし、人垣には目もくれず中身を入念に確認しています


二人の差は、まるで将来を暗示しているかのようでした


やがて迎えの牛車が到着し、子供達に別れの時が訪れます

この牛車は普通の乗合馬車とは違い、学園が用意した馬車よりも高価な乗り物です

木造ですが作りは頑丈で、魔獣でも簡単には壊せません

車はトレーラー型になっており、引くのはバルホーンと呼ばれる大型の牛の一種で、

とても力強いのが特徴です

足も速く、馬車並みの移動速度で大型の車を引くことが出来、長時間の移動にも強いので、

キャラバン等で好んで使用されています


車内は三方シート形式になっており、既に同じ年頃の子供が何人か乗っていました

皆、今年の入学者なのでしょう

大半は期待と緊張が入り混じったような顔をしており、まだ見ぬ学園に想像を膨らませながら

談笑しています


尤も、全員が全員そうではありません

将来を見据え、真剣に思案する者

静かに集中し、ただ到着を待つ者

恐怖し、震える者

単に牛車に酔って青ざめている者など、様々でした


「ここ、こっちこいよ!」


牛車に真っ先に乗り込んだのは先日少女と雑談ををしていた少年です

彼は二人分空いている席に座り、少女を手招きします

彼も家を出て冒険者になる為に入学します

この村では少女以外は皆、冒険者にならなけらばいけない子供達でした


少年の手招きに戸惑う少女を尻目に彼は馬車に乗り込み、一人分空いている席に腰掛け、足元に

背負っていた荷物を降ろします

記憶を思い出して8年程経ちますが、彼は未だに村の周囲と山以外行った事がありません

この世界の知識も精々村人の立ち話を聞いたくらいのものです

彼は窓枠に頬杖をつき、ぼんやりと風景を眺めながら、胸の内に湧き上がる様々な感情を押し殺します

少女は彼の隣の席が空いていない事を確認すると、少年の隣に座りました

少年は我が世の春の様に少女に話しかけます

残りの子供達が全員乗り込んだのを確認すると、牛車は次の村を目指して走り出しました


その後、幾つもの街や村に立ち寄り、新入生の迎えと休憩を挟みつつ、牛車は王都へと向かいます

村を発ったのは早朝でしたが、王都に到着した時、太陽は西に傾き始めていました


見上げる程大きく重厚な門構え

その両側からは同じ高さの石壁が地平線の先まで伸びています。

恐らく王都の外縁をぐるりと囲んでいるのでしょう

それはまさに城壁と呼ぶに相応しいものでした

門は開いたままになっている為、王都の喧騒が門の外にまで聞こえてきます

一度牛車が停止し、御者が門番に書類のようなものを見せ、何かしらのやり取りを行うと

牛車は再度動き出し、王都へと入りました


活気あふれる大通りは沢山のヒトでごった返しています

その数は地方ではお祭りでもまず見られない程です

大声で客引きをする店員

木造以外の大きな建物

様々な人種と服装

子供達は初めて目にする光景に暫し現実を忘れて見入っていました

やがて喧騒は離れていき、城門程ではありませんが、立派な門の前で牛車が停止し、

朝から続いた長い移動時間が終わりを告げます

この世界にサスペンションなど有る筈も無く、車の長時間移動は大人でも辛いものがあります

新入生達は凝り固まった体を解しながら牛車を降りると学園の関係者であろう人物が誘導します










「…では次、サミヨ村、ガッハ君」


出迎えた職員に案内され、門の前に設置された受付で最後の手続き…入学金を納める

名前を呼ばれた例の少年は大声で返事をする

彼は所謂成り上がりを目的にしている為、他の子供のような悲壮感を感じない

これは彼だけではなく、辺りを見回してみると似たような雰囲気を纏う子が何人か見受けられた


「同じくサミヨ村、ジン君」


名前を呼ばれる度に変わっていればと何度思ったことか

黒髪にブラウンの目、黄色系の肌という外見も気に食わなかった


「入学金はぎ…おっと、貴方は特別育成科ですね、では金貨2枚になります。

ああ、勿論銀貨でも構いませんよ。その場合はこちらの秤に載せてください」


特別育成科の所で周囲がざわついた

やはり特科に入る者は珍しいのだろう

机に置かれている大きめの天秤の片側の皿に銀貨を載せると、棒は均等を表す真横で停止した


「はい、確かに銀貨200枚確認しました

後ほど寮に案内しますが、その前にこのカードをお渡しします

とても大事な物なので肌身離さず持ち歩いて下さい

説明に関しては初日の授業で行います」


秤を確認した後、職員は淡々と事務的に説明を行い、掌に収まる白紙のカードを手渡される

多少緊張した体が緩むと同時に周囲から感嘆の声が聞こえた

周りを見ると、手続きが済んだ者と順番待ちしていた者達が人だかりを作っていた

金貨2枚分という大量の銀貨を一目見ようと集まったようだ

渡されたカードを受け取り、その場を離れ


「…っんでお前みたいなのがそんな大金持ってんだ!」


ようとするとあの少年…ガッハが眉を吊り上げ詰め寄ってきた


「親無しのお前がそんなにも稼げる訳無いだろうが!どこからくすねやがったんだ!」


村に居た頃から彼には特に悪感情を持たれていた

直接的に何かされた事こそ無かったが、聞こえる程度の陰口は日常茶飯事だった

獲物を卸しに行く時、結構な確立で遭遇していたから知らない筈は無いだろう


彼としては特科に入りたかったのだろう

それが叶わないだけならまだしも、よりによって気に入らない俺が特科に行く事で感情が

爆発してしまったようだ

どう場を収めようかと考えていると


「そういう事は日を改めて行ってください、他の子がつかえていますから」


職員が事も無げに諭した

彼からすれば子供の諍い如きで予定を狂わせる訳にはいかないのだろう

ガッハはそれでも食い下がろうとするが、職員が一睨みすると悪態を吐いて引き下がった

職員は手馴れたように人だかりを解散させ、点呼を続ける


「では次、サミヨ村――――」


耳を塞ぎたくなる

自分の外見だけならば偶然と考えても良かった


「ユリさん」


癖無く肩口まで伸びる黒髪にブラウンの目

見る人に柔和な印象を与える澄んだ瞳

何もかもが記憶のままだ

その名前さえも


「ではこれから皆さんが生活する学生寮に案内します。敷地は広いので離れず付いて来て下さい」


全員の手続きが終わり、敷地内に入ると広大な芝生が目に入る

轍の残る剥き出しの土肌で出来た道路は地平線の向こうに向かって真っ直ぐ伸びていた


新入生達は周囲を落ち着き無く見回しながら職員に遅れまいと付いて進む

傍から見ればカルガモの親子のような光景だろう


「す、すごい広さだね、村の何個分だろう」


語り掛けてくる言葉を右から左に流しつつ職員の後を歩く

王都の中でこれだけの面積を占めている

この一事だけで国とギルドがどれだけ力を入れているのかが理解出来る

逆に言えばそれ程力を入れなければならない事業という事でもある

やはり王都の華々しさに反して国としての余裕は余り無いのだろう


暫く進んでいくと、それらしい建物が見えてきた

それとほぼ同時に道が二又に分かれた


「では育成科の皆さんはあちらへ、特科の子はそちらに進んでください。

道なりに歩けば寮にたどり着けますので」


それだけ言うと職員は門へ戻って行った

少々淡白過ぎる対応だが、まだまだ各地からやってくる新入生の手続きで忙しいのだろう

各々育成科の寮へ向かう新入生達を横目に背中の皮袋を背負い直し、特科に繋がる道を進む


「ジ、ジン君!」


最初の一歩を踏み出そうとすると聞き慣れ過ぎた声に呼び止められた


「こ…これ、私の大事なお守りなの。あ、あげる!」


差し出された手の中には小さな袋があった












肌を撫でる心地良い風

草木の運ぶ緑の香り

とても、とても慣れた静寂

轍の残る道を一人歩む


狩猟で金貨2枚を用意しようと考えたのは無意識だった

入学までの年月と獲物の買取価格を計算して何故か問題無いと判断した

狩りなどやった事も無いというのに

作った事も無い罠を自分の指が慣れた手つきで作り上げる様を見た時は

少々血の気が引いたものだ


記憶を失おうとも体が覚えているという事は聞いた事が有る

では体が知る筈の無い技術を淀み無く行える俺は何なのだろう

村人達の話では両親が死亡する前まで俺は狩猟など行っていなかったと言う


未だ思い出せない二人の内に狩人で生計を立てていた者が居るのだろうと

推測するのに時間は掛からなかった


彼ら(と言うのも妙な言い方かもしれないが)の事も何時か思い出す時が来るのだろうか


「ねぇ、君も特科の新入生?」


何度目かも分からない思案に耽っていると背後から声を掛けられた

振り向いた先には幼さの残る中性的な顔立ちの子供(恐らく男の子)が立っていた


「ああ、名前はジン、よろしく」


自己紹介をすると彼(?)は「ああ、良かった」と安堵の声を漏らす


「僕はゼハード、ゼハード・イーグルグラム、よろしくね」


この世界で苗字を持っているという事はそれだけで箔になる

特権階級以外で苗字を持つには、功績を立て、勲章を授与されなければならない

苗字は授与された本人が生存する限り、家族も名乗りを許される

一代貴族と良く似たシステムだ

彼の服装からして貴族では無いだろう

肉親が名の有る人物なのかもしれない


「もう特科の新入生に会った?」

「いや、他には誰も」

「そっか、あ、ジンはどこから来たの?王都は初めて?特科に入るって事は

やっぱり卒業後は冒険者になるの?」


ゼハードは矢継ぎ早に質問を繰り出してくる

目が輝いており、とてもテンションが高い

まるで新しい玩具を買って貰った子供の様だ

と、そこまで考えて今は自分も同い年である事を思い出す

記憶を引き継いでいる所為か、どうしても子供を大人目線で見てしまう

視線の高さは殆ど変わらないのに可笑しなものだ


ゼハードの質問攻めに対応しつつ道を進む

攻勢は絶えず続くが霹靂する事は無くかった

8年もの間まともな会話をしなかった事で、自分も話し相手に飢えていたのだろう

もしかしたら今の自分も彼と同じような表情をしているかもしれない


そうこうして暫くすると貫禄のある大きな建物が現れた


入り口には二人の人影がある

一人は線は細いが整った顔つきをしており、その佇み方に高貴さが滲み出ている

もう一人は額に一本の短い角が生えており、全身にはみっちりと筋肉が

詰め込まれているような大男だった

凄まじい強面で、体格と合わさって異様な威圧感を放っている

小さい子供が見たら泣き出してしまいそうだ


「こんにちは、君達も新入生?」


だというのにゼハードは物怖じする事無く二人に話しかける

随分と肝が据わっている


「ああ、俺はゼット、ゼット・バーンズハンド、見ての通りオーガだ

これからよろしくな」


彼(?)の問いかけに大男が野太い声色で答える

オーガとは亜人種の一種で、村人曰く、素手で岩を砕く膂力を持ち、肌は鉄の様に硬いとか

無論誇張混じりなのだろうが、実際に見ると納得してしまう


「やっぱりそうなんだ、僕の知ってるおじさんもオーガだからすぐ分かったよ」


ゼハードは初見では無かったようだ

もしかしたら色々な亜人を既に見た事があるのかもしれない


「オーガは分かりやすいからな、で、こっちが」


ゼットが隣の男子を紹介しようとするが、彼は背を向け何やらぶつぶつと呟いている


俺とゼハードは顔を見合わせ、首を傾げる

ゼットは俯き、大きく溜息を付いた

意を決しゼハードが声を掛けようとすると




















「お にゃ の こ で す か !?」













場を静寂が包んだ


「良い加減諦めろよ。今年は全員男子ってさっき聞いただろう?」

「まだだ!まだ学園側のミスの可能性が残っている!可能性がある限り、俺は諦めん!」


端正な顔立ちと(ここだけ聞けば)様になる台詞

そして鬼気迫る表情と場の空気の差が、今まで体験した事の無い空間を作り出していた


「ジン、生憎男だ」

「ぼ、僕も」

「ちぃっくしょおおがあアぁAあ!!!」


回答を聞くや否や今度は天に向かって叫んだ

その目からは涙がとめどなく溢れている


「あー…こいつはレオン、レオン・ヴァッデモルド

臣六位、ヴァッデモルド家の三男だ」


レオンと呼ばれた彼を他所にゼットが口を開く

先ほどまでの対応からして、これが彼の平常運転のようだ


「臣六位、って事はハイエルフなんだ」

「大分血は薄まってるがな」


臣六位とハイエルフというのは聞いたことが無い

名前は爵位、というよりは官位に近いようだが

(今はアレだが)先程までの佇まいは気品を感じるものだった

貴族であっても不思議では無い


「バーンズハンドって事はゼットはレッド・バーンズハンドの?」

「ああ、俺は次男坊だ。ゼハードもイーグルグラムって事は」

「うん、父さんはフィドラ・イーグルグラム、鷲の双眸っていう旅団の団長をしてるんだ。

僕はその長男だよ」

「成る程、盾の向こうで随分暴れ回ってるって聞いてるぜ」


三人とも家族が随分と立派なようだ

少々場違いな気がしてくる

さて、と言うとゼットは四つんばいになって「おろろろろ」と泣いているのか、

吐いているのか分からないレオンに「そろそろ戻れ」と言って拳骨を振り下ろす。

良い音が辺りに響き、レオンの顔が地面に埋まった


中々深く埋まったので少し不安だったが、すぐにレオンは起き上がり、顔と衣服に付いた

汚れを払う


「ふぅ…まぁそれぞれ家や名前は色々あるだろうけどさ、

ここではそんなしがらみを気にせず、仲良くしようぜ。

ただでさえ少ないクラスメイトなんだ、妙な諍いを起こしたく無い」


何事も無かったかのように先程までとは打って変わった態度に俺とゼハードは戸惑う


「でも彼女が居たり出来たりしたら殺すからな」


そう言うと彼の鼻から鼻血が垂れた

ゼットの苦労が少し理解出来た


ゼハード、レオン、ゼット

個性豊かなクラスメイト

愉快な学園生活になりそうだ


「そういえば他に新入生は?」


気になっていた疑問を口にする

周囲にはこの場に居る4人しかいない

特科とはいえここまで少ないのだろうか


「いや居ない。今年度は俺達4人だけだ。だからすぐに二人が新入生だと分かったんだ」

「育成科は3桁いるってのにな」


少ないのは分かっていたがここまでか

10人前後は居るかと思っていたが


「しょうがないよ、貴族は勿論高位の冒険者でも特科に子供を送るのは躊躇するから」

「ああ、俺以外にも入学した貴族はいるが全員育成科だ、お陰で出会いがねぇ…糞が!!!」

「こっちに来たら育成科連中と会う機会なんて滅多にないから卒業後は仲間探しから

しなくちゃならねぇし、貴族の坊ちゃん共じゃ授業で潰される」


特科が敬遠される主な理由が高額な入学費なのは間違い無いが

それだけでここまで少なくなる訳ではない

原因は2つ


一つはパーティーメンバー

学園の生徒は基本的に在学中に見知った生徒同士でパーティを作り、そのまま卒業後も行動を共にする

三年間で築いた信頼関係は後の人生を左右する程に重要な要素だ

未熟な冒険者が見ず知らずのヒトと組んで食い物にされるという前例は掃いて捨てるほど存在する為

学園側も推奨している

だが、そもそも交流する相手が限られる特科では在学中にパーティを作るのは難しい


2つ目は内容の過酷さ

育成科は幾つかある授業の中から好きなものを選び、他の生徒と共に実技や座学で学ぶ

年相応の内容を各教師が決めるらしく、単位制に近い

尤も、卒業に必要な単位数など無く、各々が必要と思う科目を受けるだけで良く

自由度は高い


対して特科は最前線で活躍出来る冒険者の育成を目的としている

元々は貴族の子弟用に開設したらしく、大層金を注ぎ込んだそうだ

現在の施設と金額はその名残らしい

当初は問題無く稼動していたらしいが、後に貴族専用の学園とでも言うべき

騎士養成学院が誕生

貴族の子弟が其方に流れた為、現在の方針に転換

『潜在能力を限界まで引き出す為の環境』

この謳い文句に偽りは無いが内容は拷問に近く、何人もの生徒が廃人になったらしい


「俺の溢れる才能を騎士学院で腐らせる訳にはいかんって事でこっちにこさせられたんだよ」


貴族が避ける中、何故レオンが特科に入ったのか聞いてみると、こう返ってきた

ゼットに視線を向けると


「性根を叩き直す為と、騎士学院で家の恥を晒す訳にはいかないって事で放り込まれたんだよ」


と、小声で返ってきた


「俺は修行して来いって放り出された。卒業後は親父の下に戻ると思う」

「僕も父さんの旅団に入って活動するから問題無いよ」


各々卒業後どうするかは既に決めているようだ


「俺も実家に戻るから問題無いとして、ジンは大丈夫なのか?」


レオンが少々心配そうに聞いてくる

最初の印象に騙されそうだが、彼は気遣いが出来るタイプなのだろう

起き上がった後の言葉も今考えると俺に配慮しての事だと思う


「ああ、信頼できる当てはある」


焦る必要は無い

今は力を付ける時だ


「その当てがおにゃのこなら殺す」


微妙な空気が流れた








その後割り当てられた宿舎の部屋に自分の荷物を置いたジンは図書館に向かいました


所狭しと並ぶ大きな本棚

その中から適当に取って読むつもりでしたが、机の上に無造作に置かれていた本を見つけた為、それを

読んでみる事にしました

少々痛んでいますが、文字自体はしっかりと書かれていたので、読むのに困る事はありませんでした

どうやら本は歴史書のようで、過去の事柄が年代と一緒に詳しく書き記されていました

パラパラとページをめくり、彼は文字が読める事に一安心します


村に居た時は身近に文字など殆ど無く、学ぶ機会もありませんでした。

精々父や母の私物に書かれていたものと、商品の名札程度です

尤も、入学書類の文字を理解し、書く事も出来たので大丈夫だろうとは思っていましたが


「その本は難しいですよ。別の物にしてはどうですか?」


暫く本を眺めていると何時から居たのか、一人の男性がジンのすぐ側に立っていました

手入れされていないぼさぼさの髪にビン底のような分厚い丸眼鏡、そしてよれよれの衣服と

清潔という言葉が頭から抜け落ちているかのような格好をしていました


「見ない顔ですね、どちら様ですか?」


ジンが口を開こうとすると男性はそれを手で制止し、「あ、ちょっと待ってください」と、呟き、

何やら考え始めます


「…ああ、そういえばもう入学の時期なのですね。成る程、どうりで…ああ、挨拶が遅れましたね。

この図書館の司書をしているウィトラ・ダルモラと申します。その本はもっと知識を得てから

読んだほうが良いですよ」


男性の自己紹介を受け、ジンも簡単な自己紹介を済ませます


「そう、ですね。他にも色々覚えたい事がありますし…歴史はもっと余裕が出来てからにします」

「それが良いでしょう。ちなみに読んでいた所は…ふむ、黄暦32年の辺りですか。

ベベル革命の起きた時期ですね」

「ベベル革命は黄暦ではなく赤暦の34年ですよね?」

「おや、そうでしたか?」


ウィトラの疑問に対し、ジンはページを戻しある一文を指差す

そこには確かに赤暦34年、ベベル革命と書き記されていた


「おっと…これは失敬。いやはや、司書として有るまじき失態だ。

バレたらまた学園長に小言を言われてしまう。確かこういう時は…そうそう、口止め料を払うのが

一般的なのでしたね。何か借りたいものがあるなら言ってみて下さい。良さそうなものを

見繕ってあげますから。元々そのつもりだったのでしょう?」


なにやら物騒な事を言われましたが、賄賂を渡される訳ではなく、司書として逸脱した行動でも無いと

思ったので、ジンはお言葉に甘える事にしました

本が読めるのなら勉強が出来ます

今まで罠や解体など、全て自己流でやってきた事ばかりだったので、しっかり学んでおきたい事が

山ほどありました


「では魔獣と生物の生態に関するものと罠、毒関係のもの…あとは解体術…法律関係もあれば

お願いします」

「ふむ、それならば…」


ウィトラはよどみない動きで図書館のあちこちに移動し、10冊の本を持って来ました

その動きはまるで全ての本の配置を知っているかのようでした


「この辺りが良いでしょう。1冊はリクエスト以外のものですが、貴方に必要になるであろう技術が

書かれています。後は歴史書を2冊ほど入れておきました。

余り量はありませんし、内容も簡単ですから余裕が出来たら目を通して見て下さい」


そう言って渡された本の塔は中々の重量でした

何か袋でも持って来れば良かった、とジンは少し後悔します


「さて、時間も時間です。そろそろ帰った方が良いですよ、明日から大変でしょうから

ああ、最後に一つ、その歴史書は本来貸出不可の物ですから

誰かに見られる事の無いようにして下さい。

見つかると私がうるさく言われてしまいますので」


外を見ると確かに日が落ち掛け、空が暗くなっています

慣れない場所での暗闇がどれ程危険なのかを山での狩りで理解しているジンは、お礼を言って自室に

戻っていきました

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