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彼女とネコは高いところが好き  作者: 二ツ木線五
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20】事後の違和感 -3

「……なあ。ありゃどういうことなんだ? どう理解したらいいんだ?」

「は? どういうこと? 理解?」

「お前、おでんを見つけた、て言ったよな。オレの方へ走ってきたんだよな、おでんはたしかに」

「うん、おでんは理塚くんの足下を抜けていったよ」

「なあ。織野。オレはさ、オレは……」

 理塚くんは僕から耐えられないように視線を外した。

「……オレには、なにも見えなかった」

「……は?」

「オレには、俺の足下を抜けてったって言うその猫が、見えなかったんだよ」

 ――。

「……見えなかった?」

「言っとくぞ、見過ごしたんじゃないからな。オレはお前が指さす方向をちゃんと目で追ったし、何度も周りを見直した。けど、オレにはこの猫っていう前に、猫そのものをあそこでは見なかったんだよ」

 ? ? ……?

 理塚くんはなにを言ってるんだ? おでんを見なかった? そんなはずがない、白と茶色の毛並みのネコが理塚くんの足下をするりと通り抜けて、その向こうへ走っていくのを僕は見ている。


 けれど、理塚くんは顔を横に振った。

「オレには、お前がなにもいない所を指さして、沢瑠璃がなにもいない所を走ってくようにしか見えんかった」

 僕は頬をかいた。かいて、少し黙って、そして――

「理塚くん、イマイチな冗談だね」

 にっこり笑った。

 理塚くんの言うことが本当だとすると、僕と沢瑠璃さんにはおでんが見えて、理塚くんにはおでんが見えなかったことになる。……いやいや、冗談でしょう。そんなことが起こるはずない。おでんになにか特殊な能力、それこそアニメやマンガで見るような特殊な能力があれば別だろうけれど、その可能性を考えるのと理塚くんがやっぱり見失った可能性を考えるのとでどちらが現実的かを天秤にかけると、その結果は決まりに決まっていた。

 理塚くんは、力の抜けた笑みをふんわりと浮かべた。


「……だろうな。分かってたよ、オレだってあのときのことをこれ以上説明できないし。お前の反応だって、たぶんそれが普通だわ」

「……」

「けどな。それ抜きにしても、分かんねぇことがいくつかあるんだよ。……沢瑠璃が、おでんが逃げた時の話を聞いてどう思った?」

 再び向けてきた理塚くんの視線に、僕はぐっと喉が詰まった。少しの間黙ってしまって、そしてその詰まったものをやがて飲みこんだ。

「……僕のと違った」

「違った? なにが違ったんだ?」

「僕が聞いたのは、おでんを抱えて散歩してるときに手から抜けだして、そのまま逃げたって」

 あのとき。

 沢瑠璃さんが理塚くんに説明してるのを横で聞きながら感じた違和感は、それだった。沢瑠璃さんは理塚くんに、家の窓から逃げた、と説明した。僕が聞いた内容とまったく違うことを沢瑠璃さんが説明したから、僕は違和感を感じたのだ。

 僕はあのとき聞き流すのではなく、沢瑠璃さんに尋ねるべきだったのだろうか。

「……あのとき、お前の顔がなんかつっぱってたのはそれのせいか」

「……理塚くんは僕の顔を見て、ヘンにおもってたんだね」

 少し、沈黙が訪れた。

 どこか遠くで、車のクラクションが短く聞こえてきた。


「もう一つある」

 そのクラクションに押されるように、理塚くんが口を開いた。

「これが一番分からねぇんだ。なあ織野、お前らはなんで猫を探しにマンションやらを巡ってんだ」

「え……それはおでんが高いところが好きだから……」

「なあ、なんでお前までが気がつかねぇんだよ」

「気がつかない? どういうこと?」

 理塚くんが、顔をぎゅっとしかめて組んだままの両手指同士を強くつかみ合った。

「だっておかしいだろ。その猫が高いところが好きだから高いところを探す、それは百歩くらい下がって納得するよ。けど、」

 理塚くんが僕を見つめた。

「なんで巡るんだ?」

「え……」

「一つのマンションで見失った。残念。じゃあ、次のマンション。……おかしいだろ? そこで見失ったら普通はその周辺を探しなおすだろ、なのになんで次のマンションへ、てなるんだ?」

 ……。

「あの地図だってそうだよ。なんで一度探し終えた所はそれで対象外になるんだ? また同じところへ来る可能性だって普通考えたら思いつくだろ」

 ……。

 僕は。

 なにも言えなかった。

 本当になにも言えなかった。

 理塚くんの言うとおり、そのとおりだった。あの地図を初めて見せたもらったとき、「スタンプラリーみたい」と言った。本当なら、そのときに気がつくべきだった。


 次のマンションへ移るのはまだ分かる。まだその場所にいるかもしれないけれど違うところへ行った可能性もあるから。でも、一度探したところは除外するのは……間違ってる。動かない物を探すなら正しい、けれどおでんは動くもの、ネコだ。同じところへまた現れない可能性なんか、ない。

 ……いや、沢瑠璃さんがたんにその可能性をすこっと抜け落としてる可能性だってある。そのことを伝えたら「もっと早く気づけ!」と鞄を振り下ろしてくる可能性がある。

 けれど。

 僕は、なにも言えなかった。

 また、沈黙が僕たちにのしかかってきた。

 やがて、理塚くんが呟いた。

「なあ。お前らが……いや。違う。なあ。沢瑠璃が探してるのは、本当に猫……いや。おでんなのか?」


 ――僕たちはそれからも、黙ったままだった。

 どのくらい座ってたかもわからない時間のあと。

「……悪い。オレは余計な詮索しちまったのかも」

 そう謝ったあと、理塚くんが立ちあがった。

「帰ろうぜ」

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