-6話- いきなり派遣?~ゴブリン系って誰もやらない糞仕事3~
ローマは一日にして成らず。大事業は長年の努力無しには成し遂げる事は出来ないという例えがありますな。人生も、コレと同じで人の成長も似た様なもんなんですわ。
——ただし派遣は違う。
契約は、三年にして切れる。
就活は、何日しても成らず。
散々苦労して生きてきても、不可能なもんは何やっても不可能な物言いだ。
お父さんお母さんおじいちゃんおばあちゃん。私は二十九歳住所不定童貞ですが、今ようやく、異世界で契約社員やっとります。必死に生きてます。
「胃に穴があきそうだぜ」
異に穴があいてるから俺はここへやって来たんだけどな。最近、文句言ってないと精神が持たない気がする。後ろには同じ様に文句を言いながらも後を歩いてくるケティが居た。
「なんでわたしがなんでわたしがなんでわたしがなんでわたしが、あうあうあうあうあうあうあう、こんなゴキブリと、ゴキブリと一緒に仕事しなきゃいけないんですか」
ツインテールという名の触覚が殺虫剤を噴射した虫の如くピクピクと動いていた。あの幼女の弟子だと自称していたが、幼女の弟子の割には、その体系はそれなりに女性らしく、弟子だと通じる部分は桃色のツインテールくらいしか無い。
「ねぇもういい加減に機嫌直して、上司の命令でしょ?」
「も、元はと言えば——」
「それはお前が悪いだろ」
「あう」
この女、一度暴走しだすと止まらなくなるので、早めにチョップで思考停止に追い込んでおく。
今回の派遣というのは、ゴブリンが巣くう洞窟の処理作業だった。人里からそう遠くもなければ近くもない、微妙な立地の場所に、この度ゴブリンの巣が見つかったんだとか。
“本当は連れて来た十数人の派遣と行かせるつもりだったんじゃが……”
——それ、俺一人で行くの?
“じゃから二人で行って来いと言っとるじゃろ”
そう言う訳で、ウルトラハードな無理難題を押し付けてくる幼女上司の独断で、今回のゴブリン地方出向が決定された訳だった。当の本人は、ケティも一応わしの弟子じゃし、なんとかなるじゃろ。とか楽観視してたんだが……。
「は、初めての実践がゴ、ゴブ、ゴブリンですか……一番弟子と認めて貰うには、コレを成功させるしか無いんですね」
と、意気込んでいる。
正直、不安要素しか無い。
「あの、冒険家ってやった事あるの? 俺一応あいつの下で派遣社員やってるんだけど、冒険家の仕事自体は二日前の荷物持ちが初めてなんだ」
「いえ、ありません。今まで魔法学校に通っていましたから。それにアリエル様と呼んでください、殺しますよ」
あれ、修行の身から帰って来ましたって言ってたけど。あのアリエルの言葉から察するに、これって体の良い厄介払いとして思えない。
「でも、ゴブリンの集落は基本的にEランクからでも攻略可能です」
彼女はローブの下でぷるんと揺れる胸を張って続ける。
「見てくださいこの制服を、私は一応オールドスタントと言う歴史ある由緒正しい魔法学校に通っていたんです。エリート魔法使いの卵なんですから」
白いブラウス、赤色のブレザーにチェックのプリーツスカート姿のケティは、胸のバッジを強調すると見せびらかす様にくるりとその場でターンした。
「あいにくだが、セーラー派なので」
「ちょ、ちょっと〜〜〜!」
俺はくだらない事だとばかりに無視すると、地図に従って道を進み始めた。
そう言えば、ゴブリン退治って異世界者では冒険者になった主人公が颯爽とチートで蹴散らすか、ゴブリンでもめっちゃ強いんですけどって風に蹴散らされるのが定番になってるよな。
駆け出し冒険家のいわゆる様式美というやつ。
でも、何故その仕事を派遣がするんだろう。
「まぁあの幼女が様式美という和の美徳心を心得ているはずが無いか」
「だから様付けろっていってんでしょう」
いやでも、奴の休憩所として使われている離れの一室には、何故かコタツとみかんが置いてあった。だいぶん異世界の日本通みたいな感じのありさまになってやがるのよ。
そんな誤解も、すぐに解ける事になる。
——ゴブリンの集落と呼ばれる場所は、とんでもなく臭かった。
「うおお、道理で誰もやらないはずだ! 特殊清掃なんてやった事無いぞ!」
鼻を抑えながらそう口走ってしまう。それくらい臭かった。森の中にある洞窟の一歩手前までやって来れたんだが、そこまで行くと既に漂ってくるおびただしい程の臭気。
「こ、これでは制服に匂いが付いてしまいます。もうやだ〜」
ケティは涙目になりながらも制服の事を気にしていた。そんなに大事にしてるなら、制服じゃなくてもっと汚れても良い服を着て来いと、そう思った。
人間と似た様な社会性を築くゴブリンでも、流石に衛生面で独自のやり方をもってるわけではなく、要するに垂れ流しという意味か。冒険者も道すがら排泄はする事があるが、集落に成ればその量も尋常ではなくなる。
これ、人間だったら変な菌が蔓延してよくある中世ヨーロッパの世界みたいに流行病が流行して大きく数を減らすんじゃ、勝手に自滅するんじゃないかと思ったが、そこは魔物クオリティ。
洞窟から跳び出してくる汚れたゴブリンの子供は、元気一杯だった。それを見て唐突に感じた、公園のガキ達とか親御さんらって、——俺を見る時こんな気持ちだったのか。
「ああ、なんか急に心臓が、その奥の大事な部分が痛くなって来た」
「ちょ、ちょっと貴方なんでもやる派遣ってやつなんでしょう? ならさっさと行って駆除してくださいよ!」
手ではなく、杖を使ってグイグイ押し出してくるケティ。
そんなに触りたくないのか。
「一言良いか、トイレでもそうだが、大体こういう菌って空気中にも一杯分散するから、近寄る近寄らない以前に、もう俺らは既にこの汚れの中にいるって事と同義なんだぞ」
「き、聞きたくありません! 聞きたくありません!」
鳥肌を立てながら耳を抑えて顔を降り続けるケティに言う。
「それよりも、ここは現代知識チートとやらを使うぞ。ゴブリンなんかそれで大体一発だ」
「……どうていひきこもりにーと?」
——何をどう間違えた。
この女の聴力に思わず身震いした。
「そんな事より、ほらお偉い魔法学校に通ってたんだろ? 何が出来るの、周り一帯を洪水にしたり、火の渦にしたり竜巻巻き起こしたり、土砂崩れ起こしたり」
「召喚魔法オンリーです」
「やっぱゴミは埋め立てるに限るからここは土魔法で洞窟の地盤を……へ?」
ケティはもう一度ゆっくり言った。
「……召喚魔法しか使えません。一体私を何だと思ってるんですか? 天変地異なんて使える魔法使いはこの世で数える程しかいませんよ」
オーケー。
おじさん、何でも良い。召喚魔法でも何でも良い。
「ならアリエル様の一番弟子、そして多分魔法学校でも首席の超天才召喚師よ、なんか強い系の魔物を召喚して早い所この無駄な時間に終焉を——」
「できません……。ひっぐ、うぐ」
そして彼女は膝を折って泣いた。
「どうせ私は三浪入学中退の落ちこぼれですよ、ふぐぅ、ひっぐ、アリエル様に憧れて召喚魔法習いましたけど未だ出来る召喚魔法なんてたかがスライム呼び寄せるだけの、うぐ、ポンコツ召喚師ですよぉ、ふえええええ」
「うおお、ちょっと待て、仕事中に泣くなよ打たれ弱い新入社員かよ、いや、確かに俺達は新人みたいなもんだけど流石に敵前泣き落としはどうかと思うよ。お願いだから泣き止んで」
二十九歳童貞は、女性の涙を見ても優しい言葉なんてかけれないという事が改めで実証された瞬間だった。一体俺の言葉の何が彼女の心を追ってしまったんだろうか。
「ほら、俺も大学中退借金地獄のフリーターして、派遣切りされた住所不定無職の時期もあったんだしさ、そんな糞みたいな境遇の奴がこうして生きてるんだし、君はまだまだやり直せるよ」
そう言うと、ケティは涙を納めた。
「それはめちゃくちゃ引きましたが、ありがとうございます。この世にそんなえげつない人生を歩んでた人がいるんですね……私もまだまだ頑張れます」
「お、おう……」
何だか全く腑に落ちない。だが、大人の余裕って事で受け取っておく事にした。こういう時はひたすら前を向いて歩くしか無いのさ。例え前にどんだけドブ汚れに塗れた道があっても。
そう考えると、なんだかこのゴブリン集落もマシな様に思えて来た。大体毎日同じルーティンワークで積もった埃みたいに何も考えず生きて来たんだから、こうやって考えて物事を進めるのは楽しかった。
「ってか、もう帰って良いよ。俺一人でなんとかするから」
ケティにそう言うと、俺はガサガサと集落を迂回したルートで進み始める。
「い、嫌です。アリエル様に頼まれたのですから。それより私も役に立ちたいです!」
意外に根性があった様だ。ケティも俺の後を付いて背の高い草むらの中をかき分けて進んで行く。そして俺達は、一通り廻ってゴブリン集落の周りを調べ終えた。
ツイッター@tera_father