-4話- いきなり派遣?〜ゴブリン系って誰もやらない糞仕事〜
日刊105位でした。
皆様のお陰です、ありがとうございます。
ええと、犬も歩けば棒に当たるという言葉があります。思いがけない幸運や、災難に会う事を言うんですが、そうですね。派遣社員で例えてみましょう、派遣も働けば派遣切りに当たる。はい、コレは一等当選確定されたミラクル宝くじみたいなもんなんですね。
ええ、わたくしめはもう三年前からその宝くじを買い始めてまして、ちょうど先日当選したんですよ。絶対当選しないだろうって高を括ってたんですけどね。
当選者は、もれなく異世界ご招待。
——ちくしょう。
「やってられっか! 何が寮完備だ! 蛸部屋じゃねーか!」
現在、絶賛逃走中である。死にそうな目にあってから一日だけの休憩を取った。異世界ライフを楽しむのかと思いきや、俺は派遣で疲れきっていた前の日常が如く、一日中寝て過ごしてしまっていた。
大分騒がしい道中だった為、精神的にかなり疲れていたと思う。もう二度とあのパーティの荷物持ちとして仕事は受けない様にNG申請を出しておいた。
「たわけ! こっちとそっちの文化が同じな訳あるか! 中には馬小屋に住み続ける異世界ライフもあるんじゃ! 町中に住めるだけありがたいと思わんか!」
冒険者ギルド敷地内の離れにある建物。俺が召喚魔法陣とやらを潜って来た部屋がある建物なのだが、どうやらアリエルはそこを改築して集めた派遣社員の住居にしようと思案していたらしく。
帰って来た俺は「ここがお主の部屋じゃ、どうじゃ? なかなかの物じゃろ?」と、たたみ二畳分程のスペースに、木枠のベッドにシーツが敷かれているだけの小部屋へと連れて行かれた。
初日はバタンキューだった俺は、そのままベットに転がる。その様子を見たアリエルは「気に入って頂けて何よりじゃ」とご満悦そうな声を上げていたが……。
「ホームレスだった奴があの程度で寝を上げるな! こらまたんか!」
「うるせー! ベンチに段ボール敷いて新聞紙に包まって寝た方が遥かに寝心地よかったわロリババアアア!」
ベッドは硬いし、夜は寒いし、シーツは臭い。待遇改善を求めて、俺は逃げる道を選んだ。二十九歳、今までフリーターや派遣社員をクソ真面目に続けて来て、初めて跳ぶ気になりました。
派遣社員の異世界ライフは、それだけ過酷なんです。
「く、無駄に素早い動きじゃ、まるで○○○○じゃの」
「ゴキブリって言いたいのかこの——ロリババア!」
売り言葉に買い言葉、俺は異世界召喚をやってのける程の自称スーパー召喚師に向かって、決して言ってはならない一言をついにぶちまけてしまった。
「拘束の御手、縛り上げろなのじゃ!」
「なっ」
動きを封じ込める様に魔法陣が起動する。そして身体を縛り上げる様に縮小するのだが、——パリンと弾ける音がして、魔法陣が効果を発揮する事は無かった。
「な、何だか知らんけどラッキー!」
「忘れとった。地球人に生半可な魔法は通じんかったのじゃ」
今がチャンスとばかりに俺は最初にやってきた転移魔法陣のある部屋まで辿り着いた。ドアを開けて部屋に入る。そういえば、着た時は混乱して全く持って部屋を見れなかったけど、部屋中に魔法陣が描かれている。それも壁や天井一面に渡って。
「ふふふ、散々手こずらせよってからに」
「げ」
異様な景色に目を奪われていると、悪魔幼女はすぐ後ろに迫って居た。
「魔法は通じないんだろ! どっちの立場が上かわからせてやるよ!」
二十九歳の大人が幼女に負けるはずなんて無い。圧倒的な体格と、あのヤギをぶっ倒したこの拳さえあれば正気はあるはず。——だと思って構えた。
「……まだ立場がわかっとらんのか」
逃げの一手ではなく、反撃の姿勢を見せた俺を見て、アリエルは大きく溜息を付いた。
「どれ、異世界の厳しさを教えてやろうかの。わしからすればお主は異世界で産声を上げたばかりの新生児にしか過ぎん、——契約の血判、指定する物を拘束せよ」
次は魔法陣は現れず、身体の内側から締め付ける様な痛みが発生した。身体中の筋肉という筋肉が締め付けられて動かせなくなっているのがわかる。息が出来なかった。
「うごごごごごご!!!」
「抵抗しても無駄じゃ。お主わかっとらんの、雇用主が労働者に鎖を付けておくのは当たり前の事じゃろ?」
それ、奴隷じゃねーか。雇用契約とか精神的に圧迫締め付けとかそんな生半可なレベルじゃなくて、重たい鎖にプラス鞭打ちの刑の完全なる実力行使じゃないか。
「ろ、ろうどうきじゅん、かんとくしょを、よべ」
「異世界にそんなもんないもーん」
まるでわしが神じゃ、法じゃと言わんばかりの憎たらしい表情をする悪魔。
俺は大人しく抵抗をやめた。
「なんじゃ、歯ごたえがないのう」
「はぁ、はぁ……もう良い歳だから無駄な抵抗はしないんだよ」
いつか絶対やり返す。もしこの世界に連れて来られる後続の派遣労働者がいるとしたら、俺は労基を設立して守る立場にありたいと思った。
「嫌な事から全力で逃げ出す二十九歳もどうかと思うがの……同級生に見られたら失笑物じゃぞ」
諸々の事情を知ってるのもアリエルくらいだし、最早この世界に恥と言う物は無い。元々派遣で住所不定無職だったんだ、笑われた所で鼻で笑い返してやるよ。
「さてと、昨日は急な休みを取ってやったがの、本日からまたガンガン働いてもらうぞ」
こんちくしょう、週休二日制を導入しろ。別に土日祝休みが欲しいとかそんな贅沢言わないから、週の内二回は休ませろ。そして最初の一ヶ月はその日の終わりに給料出せ、二ヶ月目からは週末に給料寄越せ、三ヶ月くらいたったら月給制にして年二回のボーナス最低三ヶ月分を保証しろ。
「たわけ、派遣社員にボーナスなんかあるか。あと給料は月末じゃ」
「大体異世界の日付すらわからんのに月末給料なんか信じられるか!」
待遇改善を求めるが、この幼女は口笛ふいて誤摩化していた。日本の辛い事情とか良くない所ばっかり真に受けやがって、こんなちっとも楽しくない異世界ライフったら無いよ。
俺だって魔法とか剣とか、ハーレムパーティとか最悪過酷でも良いからワクワクの冒険したい。異世界にしか無い七つの玉を集める冒険に旅立ちたい。
「ま、頑張り次第で待遇改善は認めてやらん事も無いがな」
工場派遣の時の上司みたいな言い草をする。これは、大人しく時期がくるまで頑張るしか無いのか。今の俺からしたら先が見えない労働ほど恐怖する物は無いぞ。
こんな調子ですっかり異世界慣れして、先日味わった死の恐怖なんかすっかり忘れているのだった。
ツイッター@tera_father