エピローグ〜新派遣先は異世界でした〜
——拝啓、異世界も住んでみれば都でした。と、言うよりも今まで渡り鳥の根無し草。人との関わり合いも、派遣同士の傷の舐め合いか、上司と部下、使うもの使われるものの関係にありましたもので。
“お前の人生、何が楽しいの?”
と、問われましたら、たちまち青いトマトのような顔になって逃げ出してしまう次第でした。
何にも楽しくない人生も、人間どうしようもない立場になれば、自然と本能が生きることを選択するようですね。これは現代日本社会でもしぶとく生きて来た私が言うことです。
間違いありません。
この日記もまだまだ続けて行きます。
もし、何らかの形でこれが日本に流れてしまったら、全て本当のことになりますので、無闇矢鱈とダストシュートはしないで頂けたら幸いです。
現代日本で、異世界斡旋事業を見つけましたら、それは一つのチャンスかもしれません。
私がチャンスをつかんだのかと言われたら、今日が栄えある給料日なので、また夜の日記にて粛々と気持ちの程を書かせて頂きたいと存じます。
一応魔物の暴走を止めた立役者として名を連ねてますし。
年功序列でも一番トップのまさに派遣長。
お願いです、こんなに丁寧に日記も書いてるし、部屋も掃除したんですからできれば色んな異世界手当がついた状態で給料マシマシに盛られろください敬具。
異世界に連れて来られて、半月程の時が経ったと思う。もしかしたらそんなに経ってないかもしれないが、どっちにせよ今日が特別な日であることには変わりない。
みんなでギルドの会議室の一室。要するに派遣事務所に揃って並び、うちの社長でありこの町のギルドマスターでもあるアリエルからの言葉を今か今かと待ち望む。
「なんじゃ? 揃いも揃っておかしな奴らじゃの」
ぴんと背筋を伸ばす俺達の顔を見て、アリエルはドッキリ番組じゃないかと疑うように自分の周囲に視線を送っている。
「おい、オーガストから聞いたぞ。一ヶ月三十日周期の十二ヶ月で一年だってな。そして今日が月末、契約の報酬、きっちり耳揃えて渡してもらおうか」
「シマ、それ脅しみたいになってますよ、師匠になんて口聞くんですか失礼ですよ」
思わずテンションが上がって口走ってしまった。
俺を叱咤するケティも初めてのお給料という奴に、高揚してる様だった。
「ふむ、冒険者は根無し草。他は一日働いていくらだからな、特に定食屋なんか客が来なければゼロ……、いや経費を抜いたらマイナスもある」
シンディが言う。
もはや設定を包み隠さずぶちまけてる。
「日当も時給も対して変わらんのじゃが……?」
アリエルの言うことはごもっともだった。
それでも、聞き慣れない響きにワクワクするのだろう。
「暴走以来、知名度が増えて何かと忙しくなったからね、信用重ねて依頼をこなさなきゃ一銭にもならない冒険者にとってギルドマスター経由で直接仕事を割り振られて稼げるのは少し安心かも」
ミスチェは猫耳を揺らしてそう言っていた。
冒険者ギルドがハロワだとしたら、アリエルがやっているのはちゃんとした雇用みたいなもんだ。
派遣だ派遣だ言ってても、ただ人材を紹介するくらいなら冒険者だってやっている。
ただ、アリエルオリジナルにしてる部分が、ギルドマスター権限で仕事を強制的に割り当てるというもの。信用性は高いが、そこに俺らが仕事を拒否する選択肢はない。
今日は気分が乗らないからやめとく、ってのが出来ない。要するに社畜なのだ。
そう、俺は正社員にクラスチェンジした。
「で……、そろいもそろって給料を受け取りに来たというわけじゃな?」
そう言うとアリエルは懐から一枚のカードを出して言った。
「お主ら、冒険家登録した時に説明うけんかったのか? 依頼報酬は全てギルドに保有され、全国どこでもこのギルドカードを使って引き下ろせるんじゃぞ。わし直属の派遣も、所属はギルドになっとるから例外無くこのギルドカードに振り込まれとる」
「なんだ手渡しじゃないのか」
「……落とすじゃろお主」
否定はしない。多分盗られると思うから、ギルドカードに振り込まれているのは正直助かった。
異世界の超絶技術というか、冒険者への依頼報酬の支払いはギルドを経由して行われる。
それを誰でもわかりやすく簡単に残高がわかるようにしたのがこのギルドカード。
ちなみにギルド直営の食堂は、このカードでピッと簡単決済が出来るようになっている。
なんだこの世界。
「そしてシマよ。お主は改めて管理職へ繰り上げじゃ」
「おお、ついに正社員か……、長年夢見てた!」
社長様から昇格の指令があった。
俺の喜びは最骨頂に達する。
「ええ、私は!? 師匠様! 私はなにか無いんですか!?」
「振れる仕事がないでのう」
縋るケティをアリエルはバッサリを斬り捨てた。
ケティは隅で縮こまると、ツインテールで床に文字を書いて拗ね始めた。
「アンタが上司? ……ま、悪くないわね」
ミスチェの態度が最近柔らかい気がする。
困った事があったら言ってねとミスチェは猫耳を嬉しそうに動かした。
「ついに部下と上司に……、これはドロドロとした禁断の愛憎劇が」
「ねーから」
シンディは平常運転だった。
その様子を見て「かわりなさそうじゃの」と一息ついたアリエルは、テーブルの上にドサっと大量の紙束を置いて言った。
「じゃ、最近業績も好調じゃし、依頼も入社希望も多くての。……任せたのじゃ」
「いやいや、社長そりゃないよ。俺は人事じゃないしただの管理職。だいたい仕事取って来るのって社長の役目でしょギルドマスター、あと面接も自分でやってたじゃないですか社長マスター」
「いやいやいや、じゃから昇格したじゃろうに? いいか、この世界で管理職に昇格ってのは、部署を持つ持たない以前に、仕事の振り分け、面接、実際業務、全てをこなす奴らのことじゃ。旅の行商人だってばっちり管理職。全部やれ」
「いやいやいやいや、理由になってねーよ。それ個人事業主だろーが。お前急に人気でで仕事料が多くなったから面倒くさいだけだろうが、よしなら給料決定権を寄越せ、それ以前に社則とやらを社内規定とやらをもっと十分に煮詰めようじゃないか?」
「……そこはアレじゃ。異世界クオリティじゃ。お主はしがない雇われ店長みたいなものじゃ。がんばれよ店長! 負けるなよ店長! ノルマクリアできなかったら残業地獄じゃからな!」
勢いに任せてそう言うと、アリエルはスタコラさっさと奥へと逃げて行ってしまった。
「…………」
残されたのは、山の様な紙束だけだった。派遣の依頼に交じって、ギルドで扱ってほしい依頼の分も含まれている。完全にはめられた。仕事押し付けられた。
「私は定食屋に派遣依頼が……」
と、シンディは出て行った。
「猫の集会いってくるわ! 夜には戻るわね!」
ミスチェは、ギルドの窓から飛び出して行き。
最後に残されたのはケティ。
「別に暇なんで手伝ってもいいですけど?」
「ちくしょう、この量を俺一人でこなせってのか!」
「いや、私がいますよ? ねぇ、聞いてるんですかゴミムシ。アリエル師匠の仕事ならなんだって、……ねぇ無視しないでください。……うぐ、ひっく」
「冗談だ、とりあえず仕分けでもするか」
異世界での仕事は充実している。
そこにご大層な冒険やら、魔物との激闘がある訳じゃない。
初めは騙されてやって来たけど、元住所不定無職の落ちこぼれ派遣社員だった俺には、それくらいの荒療治が無いと無理だったのかもしれん。
いや、あの時アリエルの出した求人に飛びついてなかったら。
誰からも見向きもされずに餓死していたんじゃないかと思う。
ドアが開いて、アリエルがばたばたと出てきた。
そして一枚のペラ紙を見せると、
「忘れとった。そういえばマダム・オオヅカのペットがまた居なくなったんじゃと」
……ケットンよく逃げ出すな。
ひょっとしてあの家嫌いなんじゃないのか。
「いや、今回はアレじゃ。また新しいペットなんじゃて……、うーんたまたま狭間の谷から逸れて来たドラゴンの子供を、殺処分か見せ物にされるくらいだったらと言って、貴族オオヅカが買い取ったんじゃと」
「おいそれ大丈夫かよ。親が取り返しに来たりとか言う王道的な展開が……」
「ドラゴン! 見てみたいですね! ねぇベビちゃん?」
「おいヘタレ召喚師、ドラゴンと言う物を知らないのか。きっとこの世界でもドラゴンつったらアレだよな? どうせ災厄とか言われる強烈な魔物なんだろ?」
「失礼ですね。それくらい誰だって知ってますよ」
「そうじゃな、赤ちゃんじゃから危険も少ないのう」
話しはいつのまにかドラゴンの赤ちゃんが可愛いか可愛くないかに発展して行った。赤ちゃんでもドラゴンだ、強烈な牙を持った肉食の魔物だろう。
「コドモドラゴンと名付けよう」
「うまくねーからそれ、ドラゴンキッズでいいじゃん」
「プラス4配合で生み出せるのは糞仕様じゃな」
アリエルは口を曲げる。こういう時だけ見た目相応の態度を取るのは頂けない。
「第一、ビビり過ぎじゃ。ここはかなり遠方の町じゃ。そんな所まで追いかけてくるドラゴンなんかおらんし、子供の泣き声もとどか——」
会議室のドアが開く。
ミスチェとシンディが駆け込んで来た。
「ねぇ! なんか空飛んでる!」
「おい、もしかしてドラゴンじゃないか? なんでこんな辺境に」
いわんこっちゃねぇ。
フラグ回収早過ぎ。
「よし、あれ倒せるのお前くらいしかおらんから、とりあえず何とかして来い命令じゃ!」
「もおおおおおお!!!!!」
第一章、完。
完ッ
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