-1話- いきなり派遣?~荷物運びは簡単じゃないお仕事です~
今日は昼夜でした。
明日も二話更新。朝昼で。
——拝啓、雑居ビルのボロい空き部屋に連れて来られたと思ったら、スーツ姿の幼女に異世界に飛ばされました。これは詐欺です。新手の詐欺です。皆さんも、130センチのツインテールのスーツを来た幼女にはお気をつけ下さい。
「ついたのじゃ」
「……ぇ、あ、ついたの?」
変な夢を見ていた様な気がする。
色々あって仕事に困って、頑張って働いたけど派遣切りにあって、寮追い出されて、住所不定無職になってからボロボロのスーツを身に着けて色々な所に面接にいけど、仕事は見つからず、挙げ句の果てに変な求人応募してホイホイついていったら——
「夢じゃねえええええええええええ!! いやああああああああああああ!! 返して日本んんんんんん!! 怖いよお父さんお母さんおじいちゃんおばあちゃん!! ちくしょおおおおおお!!!」
「黙るのじゃ、たわけ!!」
「うぐ、ひっく」
ガチ泣きする二十九歳を見て、ツインテールの幼女はカスを見る様な目つきをしていた。そこに憐れみなんて籠ってないし、なんか”世も末じゃの”って感じが伝わって来る。
「ふーむ、まぁ今日は流石にスーツじゃなくボロッちい作業服できとるし、早速仕事といこうかの」
「うお、息つく暇まで無いのか。で、仕事ってなんだ」
「変わり身速すぎるのう」
「まぁ、仕事しなきゃいけないのは嫌という程判ってるしな。はは、はははは」
俺のそんな様子に、「正直、妨害工作はすまんかったのじゃ」と一応の謝罪を入れた幼女は、指をパチンと鳴らす。
すると、フワァンとリクルートスーツが一瞬でよくある魔女の服の様な物に切り替わる。宅配便の魔女の服ではなく、ド派手なコスプレのコスチュームみたいなものだ。
「そ、それが魔法か? お、俺にもつかえるのか?」
「……努力次第じゃ」
幼女の一言で俺のモチベーションは再骨頂に至る。よっしゃ、工場派遣してたから体力には自身があるぞ。
五十キロの鉄の塊を八時間ずっと加工ラインに運ぶ仕事してたからな、その他にもコンビニバイトだって引越バイトだって、経理事務バイトだってスーパーの品出しだってなんだってやって来た。
「今ここで、俺のありとあらゆる熟練のバイト技術が火を噴くのだ。さぁ仕事を斡旋しろ魔女っ娘派遣業者よ、何でもこなしてやるぞ。あ、出来れば君の所の事務とかが良いな、安定してそうだし」
「こっちじゃ」と案内される。
魔法陣の備えられていた場所は、冒険者ギルドだとおぼしき建物より少し離れた所に建てられていた。それも敷地内の一つの施設であるという形で、石畳の道を歩いて行く。
【あでだす】と書かれたパチもんのエナメルタイプのショルダーバッグを背負った作業着姿の俺を怪しむ人間なんていなかった。と、言うよりも多分薄汚れてるから——
「うわ、アリエル様、なんだよあんな汚い奴隷連れて」
「んーまたどこからか拾って来たのかな? まだこんな待遇の奴隷が居るのね」
「かわいそう」
散々な物言いだった。
おい聞こえてんだぞ、もうちょっと言い方変えるか、声のトーン下げるかしてくれ。せめて俺に聞こえないように悪口言って、いじめ常習犯の糞中坊でも本人に聞こえない所で言うはずだぞ。
ああ、社畜、いや派遣社畜は奴隷だったのか。
それも、口減らししても誰も気に留めない。
「何絶望に打ち拉がれた人間の様なポーズとってるんじゃ? もしかして子馬の真似事でもしとるのかの? 日本人は本当にゆかいじゃのぅ」
「絶賛絶望に打ち拉がれてんだよクソッタレ!」
そして西部劇に出てくるウェスタンドアとか言うあのお洒落なドアを越えて行くと、そこには屈強な男達がやれ豪快に酒の入ったジョッキを持ち上げ、やれ腕比べだとか言いながらムキムキの腕を見せびらかし、やれどんな女を抱いただの下らん自慢話に華をさかせ——
薄汚れたいかにも、な雰囲気の俺に気付いて、
“おい兄ちゃん、初めてか? ならここでのルールを教えてやるからちょっと表に出ろよ”
とは、いかなかった。
「あ、アリエル様! お帰りなさいませ」
「へへ、今日は休日だったんでさぁ!」
まるでかなりランクの高い企業へ営業に行く、零債小企業の担当の様に、ガチムチが幼女に頭を下げる光景が連続する。
「えっと、なぁ一言いって良いか? ってかアリエルってお前の名前?」
「なんじゃ? お主は礼儀がなっとらんのう。で、なんじゃ?」
「アリエナ——」
「冗談でも殺すぞ」
ちょっと、語尾が抜けてると本気みたいに感じるから止めて。そう言おうと思ったが、目がガチっぽかったのでやめた。ネタが通じないなんてアリエル様マジアリエナイ。
ギルドは縦社会なのか、それともこのアリエルという幼女がとんでもない奴なのか判らないが、平身低頭を繰り返すガチムチを見てると、あんまりからかわない方がいいんじゃないだろうか。
「さて、最初じゃからな。お主は仕事を覚えてもらう事から始めるのじゃ」
ギルド内の一つの小部屋に連れて来られた。事務所とでも言った方が良いのか、いやテーブルと椅子だけおいてあるので会議室と呼んだ方が良いのだろう。現に、一つのパーティが話し合っているのが判った。
「ほら、連れて来たのじゃ」
「ありがとうございますアリエル様!」
顔つきからして若かった。
彼は、
「Eランクに上がったばかりのジョンです」
「あ、どうも志摩です」
「シマ? 変わった名前ですね。僕たちの依頼受けてくださってありがとうございます」
……依頼?
一体何の事だとアリエルの方を向くと、彼女は俺の襟を掴みかなり強い力で顔を引き寄せると言った。
「いいか、お主の雇用主はわしじゃ、お主の役目はEランクパーティのポーター代わりじゃ、しっかり勤め上げろよ?」
見た目幼女(年齢は不明)の顔がえらい近い。
これはかなり迫力がある。
「聞いてねぇよいきなり冒険に出ろって事か? こういう異世界の外って魔物とかいるんだろ? かなり危ないんだろ? おい、何でもやるって言ったけどさ、流石に魔物討伐はやったことないからちょっと怖いかな? ……せめてコンビニバイトくらいにしてもらえると」
「あるわけ無かろうがたわけ!」
そうか、コンビニは無いのか、あたりまえか。さて、ギャグパートはさておいて、ポーターって事は荷物運びだろう。アリエルは付け加えて言う。
「Eランクってのが少し微妙な時期でな、それまでのFランクやGランクと比べて、少し難易度が高くなる。良く陥るのがパーティの人手不足じゃ、ポーターってのが中々おらんでの、それも高価じゃからEランクパーティには手が出せん」
——じゃから、わしが代わりに人材斡旋してやるんじゃ。
幼女はそう言った。
「冒険者はお主のところで言うとフリーターじゃな。で、どこかにお抱えになれば契約社員みたいな立ち位置になる。そこまで行けば悪い話しではないんじゃが……何ぶん夢を追って無理する奴が多いんでの」
どこの世界も、夢を追う若者には厳しい。
アリエルは続ける。
「それと、派遣会社の元請けって意外と儲るんでの? ぐふふふ」
「お、お前異世界で変な知識身につけて帰ってきやがったな!!」
「いいからさっさと逝け。そのエナメルバッグは丈夫じゃし、かなりの荷物も入るじゃろう」
「漢字が違う! いや判んないけどさ、絶対お前意味違うよな!」
荷物は預かってやると、アリエルは俺の着替えを全部持って行きやがった。寮からパクって来た唯一の持ち物。俺の財産と言う物は、親父の形見の懐中時計とよれよれのスーツ、そして工場勤務の時、無理矢理購入させられた青いつなぎを数着と滑り止め付きの軍手を数ペア。
「もう、ご準備頂けてるようで流石です」
「あ、ああうん。いつでも働ける、社会人のマナーだよ」
パーティリーダーのジョンが目を輝かせて握手を求めてくる。
荷物を置いて戻って来たアリエルがその様子を見ながらこう言った。
「はっはっは、わし自ら見つけて来た人材での、大体五十キロくらいなら八時間は持って動き回れる奴じゃ。存分に使うが良い」
「それは凄いですね! 是非よろしくお願いします!」
「そうじゃろそうじゃろ! お前もしゃっきり行ってこんかい! なっ?」
「お、おう」
Eランクパーティが一体どんな依頼を受けているか知らんが、ポーターを雇うって事は討伐とか狩る系の依頼ではないよな。だったら荷物運びくらいならやれん事も無いはず。何かあったらライン工の体力を駆使して逃げるしか無いけど。
——頼むから安全なのでお願いします。
そう思っていると、幼女が耳打ちする。
「わしの信用と沽券に関わってくるからの、失敗したら派遣切りじゃぞ、異世界でも路頭じゃぞ?」
依頼主であるジャン達をにこやかに笑う幼女の微笑みが、俺には悪魔の微笑みにしか見えなかった。
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