プロローグ〜新派遣先は異世界です〜
今日は二話更新で。
——これ、異世界転移って奴?
魔法陣を抜けると、そこは見知らぬ建物の中でした。
おん歳二十九歳。最後のチャンスだと思ってクソ真面目に働いた三年間の工場勤務は、重さ五十キロの鉄板を加工ラインへと運ぶだけの仕事だったが、派遣先の上司に、
“あ、君今日で終わりだから、寮から荷物全部まとめといてね”
まさかの派遣切り。
何が従業三年で正社員登用保証だ。
何が『我が派遣登録会社は事業所同士の結束が強く、信用性も高いのでとにかく三年頑張れば正社員登用して頂けます』だ。
丁度三年。急遽上司に呼び出されたと思ったら、もしかして、そろそろ正社員登用を考えていると告げられるのかと思ったら、出た言葉は派遣切りのテンプレート以外の何ものでもなかった。
「ま、お気の毒じゃの」
ぶつくさ文句を言っていると、目の前の幼女が、ゴミを見る様な視線を送って来る。
そ、そんなに住所不定無職が悪いのか。
「別にゴミだとは思っておらん、ただ、今日集まった人数がお主一人だけというのが気に喰わんのじゃ!」
身長130センチのツインテールに凄まれても、何とも思わん。近所の公園の糞ガキが、ボロ切れ付けてベンチに座る俺に向けて『親父狩りだぞ』とか舐めた口聞いて来るのと変わらん。
派遣切りにあって——。
天涯孤独の俺は、住む場所も何もかもを失って、それでも心折れない今のうちにと、色んな派遣会社を駆けずり回った。だがしかし、よれよれのスーツを着た俺の信用性は皆無だった。
貯金。シャワー付きの漫画喫茶に住んでたらすぐに無くなる程度しかない。
そして一体どれだけ駆け回った事だろうか。
とある派遣会社の担当者に、
“本当に何でもやるんですね? 何でもやるんですね?”
と言われて二つ返事で承諾した。
今はとにかく、闇バイトでも裏バイトでも特殊清掃でもマグロ拾いでも、簡単作業で高時給のテレホンアポインターでもとにかくなんでもやる必要があったのだ。
担当が見せて来たのはいかにも怪しい求人票。
《特殊斡旋事業》
募集:誰でもなのじゃ
仕事先:うんと遠く
仕事内容:幅広い
時給:こっちの価値で多分最初は1300円
寮:綺麗じゃないがある
う、うわぁ――――――!!
怪しいぃ――――――!!
でも俺は飛びついた。
“でも志摩さん、池袋とかの番号日雇いにも断られる絶望の星に生まれて来た貴方には、もうこの仕事しか残されていないかもしれませんなのじゃ……あ、なのです”
妙に聞き覚えのある語尾だった。
今思えば、
「ほら、さっさと行くのじゃ。魔法陣に入られい」
俺の背中を押して、怪しげな魔法陣の中へと誘導して来るこの幼女だったのではないかと思う。おいこれ詐欺じゃない。詐欺じゃない?
「ちょ……、ちょっとまって一回考えさせて」
「なんじゃ、いきなり躊躇しおって、童貞か」
「どどど童貞ちゃうわ!!」
二十九歳にもなって童貞だなんて、あの世のお父さんお母さんおじいちゃんおばあちゃんに笑われちまう。魔法使いまでリーチ一発ツモになりそうだ。
「笑うよりも失笑ものじゃろな。この履歴書とかいうやつ見る限り、大学中退してろくな人生歩んどらん。そのくせ真面目になったら派遣切り……本当についとらんの」
うおおおお、言ってはならん事を、大学中退したのは親が事故を起こして死亡、そして多額の保険金は相手への慰謝料で払ってしまったお陰で、大学に通う暇無くバイトでもなんでも働く事を余儀なくされた結果だ馬鹿。
「じゃが、わしにあえてよかったのう、向こうのスーパー召喚師であるわしが、わざわざ地球へ人材求めて来とったから、近所の有名ホームレスとしてネットに晒されずにすんだんじゃろうに? ああ、良いことした時は心が爽快に晴れわたるもんじゃのー!」
「いやいや、詐欺だろお前。召喚師とかしらねーし、まぁお金無いから図書館でDVDとかラノベとか読んで過ごす休日もあったけどさ、流石に現実で事が起こるのは――」
魔法陣が光りだした。
「これを見てもまだそんなふぬけを申すか?」
幼女が妖艶に笑う。
畜生、マジだってのかこれ。
「そんな不思議パワーがまかり通るなら……、おいもしかして、俺がボロボロになりながらいくら派遣会社を回っても受け付けてもらえなかったり、バイトの面接はお釈迦になったり、挙げ句の果てに労働者が番号で呼ばれるという池袋の日雇いバスの抽選も――全部てめぇのしわざかもしれねぇのか」
「ぎく」
「おおおいいいいい!! 何がわしのお陰じゃよだよ。全部お前が仕組んだ事なんじゃねーかアホたれ!」
「しょうがないじゃろうが、比較的異世界に対してノリが良いこの国が、意外な事に仕事を選べる環境が沢山あったり、生活保護とかいう最低限の生活保障も取り組まれてるくらい裕福じゃったんだから!」
「それでこういう事して騙して連れて来ていいと思ってんのかクソガキ――」
と、言いかけた所で、急に幼女の雰囲気が変わってしまった。
「お主、立場が判っとらんようじゃな、もう契約書には血判が押されとる。まぁ、お主以外の連中は流石に仕事は求めとったが怪しがって押さんかったが、契約がある以上はこちらの世界へ来てもらう事に同意したとみなす」
「いや、それ文字読めねーから仕方ないだろ。大事な雇用形態とかは怪しいなりにも日本語で書いてあったやんけ」
幼女が見せて来たペラ紙は、少し古い紙が使われていて、雇用契約以外は全てわけのわからん文体で記載してある。
もしかしたら日本じゃない企業からの派遣依頼かと思って迂闊に押してしまった俺が馬鹿だったとしても、流石に全部騙されてましたとか、就活妨害されてましたとかだったら心に来る。
「いやの、お主だけは面白い様にわしの妨害工作が炸裂したんじゃよ」
「ま、まさか俺が三年間勤め上げた派遣先に切られたのも―――」
「それはお主が騙されただけじゃな」
「ち……、ちくしょおおおおお!!!!」
光行く魔法陣の中で幼女が言う。
「安心せい、次元層位を越える時に最低でも言葉と文字は判る様になっておる。わしがここへやって来てお主とコミュニケーションが取れとるのもそのお陰じゃ」
違う違う、そうじゃ、そうじゃない。
「特典だよ特典。しってるぞ異世界転生、異世界転移、召喚もの。どーせ日雇いとかそう言うのって冒険者ギルドとかそんな感じの所に行くんだろ? なんかすげぇ力とかすげぇ魔力とか、すごい道具とかすごい武器とか、ユニーク能力ユニークチートとかもう最悪エキストラスキルとかでもいいからなんか寄越しやがれええええ!!!」
「あるか馬鹿者! 別に世界の危機に直面しているとかそんな理由があったら異世界労働者なんて呼ばずに勇者の資質を持つ者の所へ直接お伺い立てとるわ!」
そうだった。あくまで何十人と募集してみた所の俺一人だけが騙されてのこのこ付いて来ただけに過ぎない状況なのだ。そして幼女は不敵に微笑む。ってかさっきから不敵にしか微笑んでない。
「まぁ、地球産の人間は――なかなかどうしてしぶといからの。特に日本産はじゃな」
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