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旋律の怪物  作者: ときあめ
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挿話「母の最期」

 雲の合間から差し込む日光が眩しく、積もった雪がその日光を反射し、さらに眩しくさせていた。

「異常気象…か」

 中学生卒業という行事を終え、自宅へと帰路についた清水 思織は、呟いた。

 三月だというのに凍えそうな寒さ。春先すら見えない寒気団が日本を覆っていた。寒すぎる卒業式は、素早い進行で進み、その後の生徒の写真会も、前年よりも早く終わった。

「思織」

 私の名前を呼んで、こちらに手を振っているのは、私の母、清水 奈央なお。大手の新聞企業の記者。今日も、何か大事な仕事があるとかで、卒業よりも仕事を取った。わざわざ迎えに来ているということは、その罪悪感があるのだろう。

「お母さん。仕事の方は、大丈夫?」

 思織は母に手を振り返しながら歩いて近づき、訊いた。

「うーん、上手くいってないかな?」

 母は苦笑いして、車に目線を移した。

「乗る?」

 母の言葉に、思織は首を振った。帰るまで遠足という言葉があるように、帰るまで卒業式は終わらない。

「そう。それなら、これ、預かっておいてもらえる?」

 母は思織の左の手の平に、右の手の平を被せるように何か載せてきた。

 これは、USB?

「じゃあ、お母さんは先に帰っているから」

 母は車へと足を運びだす。

「ちょっと待ってよ。これなに?どうして、私に預けるの?」

 母はこちらに振り向き、微笑みを返してきた。思織は、母が車で出て行ったあと数分、動けずにいたが、こんな所にいても仕方が無いので、再び、雪を踏みしめて歩いていった。

「お姉ちゃん。ブランコしよー」

 近くの公園で、姉弟二人遊んでいる。その光景を立ち止まって、横目で見た。姉と弟がブランコを漕ぎ合っている。

 弟か。私も欲しかったかな。

 兄弟姉妹もいなかった上に、両親は仕事ばかりで、毎日一人ぼっちでいた。そのことに、思織は少なからず不満を抱えている。悪い友達でもいたら夜遊びばかりして、不良少女にでもなっていただろう。しかし、思織の周りは全て良い友達で、夜遊びするようなことは決してなかった。

 思織はため息をついて、再び足を動かした。公園近くの広場には、雪合戦している子供たちもいて、思織には、子供たちが眩しく見えた。

「あ、思織姉ちゃん」

 雪合戦をしていた一人の女の子が手を振ってきた。手を振った瞬間、その隙を逃さなかった別の女の子が、雪玉をぶつけた。

 思織は、自惚れかもしれないが、ある程度、近所の子供に好かれていた。

「思織姉ちゃんだー」

 思織の周りに子供たちが集まってくる。

「思織姉ちゃん。あそぼー」

 思織は微笑んだが、首を横に振った。家で母親が待っていることを思い出したのだ。少しくらい待たせて、困らせてやろうかとも思ったが、そんなことをしても、母は仕事へ出かけてしまうだけだろう。

「ごめん。家に帰らないといけないの。また今度ね」

「えー」

 文句を垂れる子供たちに、とびきりの笑顔を見せ、公園から立ち去る思織。

 卒業最後の日でも子供たちに遊びを誘われたことが、思織の顔を緩ませていた。

 思織が自宅近くまで歩き終えたとき、珍しい車が自宅の駐車場に止まっていた。

「お父さん…?」

 思織は思わず呟いていた。父親が家に帰ってきたことは稀だったのだ。さらに言えば、昼間に家にいたことなどないに等しい。

 思織は自宅へ駆けて行く。この珍しい状況を見てみたいという好奇心が彼女を走らせていた。思織が生きてきた中で父と母が家で揃ったことは、物心ついてから初めてのことだったかもしれない。

「お母さん!お父さんいるの?」

 ドアを勢いよく開け、思織が家に入ろうとした瞬間だった。何かが倒れるような、そんな鈍い音が家に響き渡る。思織は目を見開いて、靴を脱ぐことも忘れて、中に入って行った。

 鈍い音のしたリビングに駆けていくと、その場には母が血を流して倒れており、傍にいた父は、駆けてきた思織に驚き、目を見開いて、拳銃を握っていた。

「お父さん?これ、なに?」

 父親は返事することもなく、大きく息を吐いて、こちらに拳銃を向けてきた。

「すまない。こうするしかないんだ」

 思織の息が荒れる。久しぶりに会った父親にいきなり拳銃を向けられているこの現状に、落ち着いていられるわけがない。何が起きているのか全く分からない。

 パン。

 拳銃の先に何かをつけていたからか、大きい音は一切しなかった。

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