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明鏡一心流

 耳鳴りにも似た機械の駆動音が耕介から響いてくる。それは左の義眼から発せられているようだった。彩夏がその音に気がついて顔を上げると眩しい光が周囲を照らし、眩しさに思わず眼がくらんだ。


 耕介の義眼に内蔵された変身装置と挿入したチップが連動し、耕介の音声と思念を認識し、ナノより細かいフェムトレベルまでに分解された特殊チタン合金の粒子が強化装甲を形成させる。光は強化装甲を形成する際に金属の粒子同士が摩擦して発光したものだ。


 光がおさまると、目の前には戦闘員たちと同様に、漆黒に染まった人間が一人、雨に打たれて佇んでいる。


 ただ、戦闘員と異なるのは、彼は胸部や腕に装甲のようなものを身に付け、左の腰には鞘に納められた刀のようなものが下がっていた。頭部にはゴーグルがついたヘルメットを被っている。左肩付近にイーグルを象った部隊章がついている。


「稲葉さん……?」


 彩夏が呆然とした問いかけに、耕介がキメラたちを見据えたまま僅かに頷いた。


 「コウスケなら大丈夫。安心して」


 傍らのアンナが彩夏の身体を抱きしめながら囁いた。アンナの言葉には力強さがあり、杏奈から伝わって来るぬくもりや腕に込められた力が、彩夏を支配していた恐怖を次第に解けさせていった。


 耕介がだらりと両腕をさげたまま、無造作に足を一歩踏み出した刹那、つむじ風が強烈な殺気を運んできた。


 それは耕介の左後方に身構えていた戦闘員が、猿のように襲いかかってきたものだったが、耕介は冷静にそれをかわして腰を沈めると、耕介の手元に閃光が奔った。


 下段から抜き打ちに放った高速の刃が戦闘員の胴を薙ぎ払った。戦闘員を包む戦闘服の破れ目から鮮血がほとばしり、道路上に叩きつけられるとその場からぴくりとも動かない。


「なに……?なにが起きたの?」


 彩夏は目の前で起きた光景が信じられず、前髪から雨滴が垂れ落ちてくる眼を何度もこすった。

 いつの間にか耕介の手には、柄が銃の形にも似た巨大な片刃刀を把持している。柄の部分はたしか腰に下げていたものだと見覚えがあったが、その時は刃などなかったはずだ。


「あれはガン・ブレード。強化装甲と同様に持ち主の意思で刃が形成されるイーグル・ファイブの標準装備」


 とアンナが彩夏の耳元で説明したが、それにしてもと小さく息をついた。


「速い。コウスケの剣、以前よりも鋭さが増している」


 冷静を装いつつもアンナの頬に赤味が差し、興奮を抑えきれない様子で彩夏の肩をつかむその両手に力が籠った。


 キメラも耕介の太刀さばきに思い当たるものがあったらしい、動揺を見せたキメラの口から呻き声が洩れた。「〝デッドマン″か……!」


 動揺は次の行動への遅滞を生み、耕介はその隙を見逃さなかった。


 耕介は得意の八双に構え直すと、耕介は指揮者であるキメラに照準をあわせ、その正面に立つ戦闘員の間合いを一息で詰めた。


 反応できない戦闘員を袈裟斬りから一太刀で仕留めると、沈み込む相手を確かめることなく、今度は剣を下段に構えたまま、キメラに向かって駆けた。


 だが、相手もさすがにキメラだけはあって、すぐに我に返ると、鋭い剣を次々に繰り出して耕介の動きを止めた。


 鞭のようにしなやかな鋭い剣に圧されたが、わずかな隙を見出した耕介は、上段から繰り出したキメラの攻撃を受け流して反転し、

 もしも、それ以外の攻撃手段を選ぶとするなら、戦車やバズーカー等の重火器を持ち出し、東京のように辺り一面焼け野原とする覚悟が必要となる。


「さあ、来いよ」


「……あの〝ナイトメア″を倒したというデッドマンが、こんな小娘の子守りをしているとはな。羽田か大阪にいるものと思っていたが」


「その小娘に何の用だ」


「貴様ごときに話すわけ無かろう」


「ま、おたくらごときなんかに元から期待してねえがよ」


 毒づきながらも、耕介はキメラに焦点を据えたまま神経を全方位に集中させている。視界には映らなくても、後方で身構える一体の戦闘員と電柱の陰で震える彩夏やアンナの姿がありありと浮かんでくる。

 耕介はじりじりと間合いをつめてゆく。

 ――さあ、来い。

 耕介はキメラたちの次の仕掛けを待っていた。


「耕介さん……!」


 突如、後方から悲鳴があがった。

 声の方向に振り向くと、彩夏たちを人質にとるつもりだっただろう、一体の戦闘員が彩夏たちに襲いかかろうとしていたところだった。

 瞬時に耕介は戦闘員との間合いを詰め、一太刀で戦闘員を背中から斬り倒した。

 その刹那、耕介の背後に尋常でない殺気と圧力を感じた。彩夏の表情が恐怖の色で歪んでいくのが見えた。振り向かなくともキメラが迫っているのはわかっている。

 彩夏から距離をとったのは耕介の誘いだった。

 耕介は振り向きざま、下段からガン・ブレードを斬り放っていた。キメラの剣が届く前にキメラの胸を深々と斬り、突き飛ばされるようにキメラは道路上に転んだ。

 だが、キメラが持つ剣の柄が、わずかに耕介の剣先を逸らさせたせいで致命傷までには至らなかったらしい。後方に退いたキメラは、青い血が流れる胸元を抑え、ウウと獣のような唸り声が口の端から漏らして耕介を睨んでいる。

 不意にキメラが片手を上げた。

 その三本指の手には球体のものが握られている。

 ――手投げ弾か?

 投げられる前にキメラの腕を斬り落そうとしたが、身構える間も無くキメラはそれを足元に叩き落とした。強烈な光に眼が眩み視覚が奪われたが、かすかにキメラたちが背を向けて逃げ始める姿が認識できた。


「このまま、逃がすかよ!」


 耕介はガン・ブレードを左手に持ち替え、「再形成」と呟くと、音声に反応してガンブレードは光の粒子となり、左手が筒状の物体に変化していく。

 光が消えると、バスターランチャーと呼ばれる銀色の光沢を放つ砲身が、耕介の左腕を包むように装着されていた。


「こいつで消してやる……!」


 耕介はすでに民家の屋根をつたって逃げるキメラに砲口を向けた。この距離なら、エネルギー最大出力に合わせれば、キメラを充分仕留められる。

 左腕は確実に損傷するだろうが、構わないと思っている。そのために、義手に装着しているのだから。


大気中から集められた電子エネルギーが砲身の内部に蓄積され、青白い光が砲口から膨れ上がり、砲身から溢れたエネルギーは激しいプラズマを発生させていた。

 ――ここで仕留めてやる。


「コウスケ、ダメ……!」


 アンナの悲痛な叫びが耕介を現実に引き戻した。


「こんなところで撃ったら、周りの家屋が吹き飛ぶ」


 アンナに言われ、耕介は漸く我に返った。耕介の身体中から力が抜けていくように、バスターランチャー内に滞留したエネルギーの光も、次第に縮小し消えていった。


 既にキメラ達の姿は点となり、追跡不可能な距離となっている。


「……」


 激しくなった雨の打ちつける音と、灰色に染まる静寂な世界が再び戻ってきた。

 目的がなんであるのか判然としなかったが、ジ・アークの残党が潜伏していたという情報は事実として残り、とにかく彩夏の安全確保を最優先に行わなければならない。


 耕介は彩夏の姿を探すと、先ほどの電柱の陰でアンナに寄りかかるようにしてへたり込み、倒れた戦闘員を虚ろな表情のまま路上を見つめている。 


 雨が彩夏の全身を濡らし、白いブラウスから水色の下着が透けてみえた。ふくよかな胸だと思った自分が後ろめたく、目を背けるように耕介は周囲を見渡した。傘を探したが、どれも壊れて使いものになりそうもない。


「浦部さん、大丈夫か?」

 耕介は彩夏に近づきながら変身を解いた。

 身にまとっていた強化装甲は粒子となって消え、元のスーツ姿の耕介が現れる。


 ジ・アークや彼らとの激しい戦闘を目の当たりにし、彩夏は相当なショックを受けているようだが、目立った外傷はなさそうだ。耕介は安堵の息を洩らして彩夏に手を貸して、アンナと二人で彩夏を立ち上がらせたのだが、足に力が入らず、耕介の腕にしがみつくようにして立つしかできないでいた。


「あ、あの……あの人たちって……」


「あれが、ジ・アークの戦闘員とキメラ。見るのは初めて?」


「テレビやネットなんかでは見たことあるけど、実際には……」


 

 喘ぐように話す彩夏の言葉を、耳をろうすような叫び声が遮った。

 振り返ると、戦闘員の斬り裂かれたタイツの隙間から、蒸気のような煙が立ち昇っている。まだ息のあった戦闘員が、破れた隙間や傷口を苦しそうに抑えながら地面を転げまわっていた。

 見ちゃ駄目だと耕介は彩夏の身体を抱き寄せた。アンナは冷ややか眼で見降ろしているが、右手で耕介の服の裾を強く握りしめていた。

 戦闘員の身体は光や外気に弱い。仮面に全身タイツ姿なのはそのためで特殊な繊維でつくられ、破れて外気に肉体が触れると身体は腐食し消滅してしまう。

 今も傷口から煙が上がり、お湯が沸騰するような異様な重低音を響かせている。そして数十秒もすると戦闘員の身体は完全に消失し、二枚の薄いタイツが路上に残っているだけの異様な光景が広がっていた。


 騒ぎを聞きつけた付近の住民がぽつぽつと現れ始めたのはその頃で、ずぶ濡れで身を寄せている三人と、路上に置かれているタイツを奇異な目で見比べて何ごとか話していたが、そのうち一人の中年女性が近寄ってきて何かあったんですかと好奇と不審が混ざったような口調で尋ねてきた。


 耕介は女性の質問に耕介は耳を貸さず、代わりにアンナが、走行中のトラックから突然、タイツが勢いよく落ちてきて、傘も壊されるし酷い目にあったと、例の無表情で適当な言い訳をつらつらと述べると、女性もそれで納得したのか、大変だったわねえと心配そうに眉をひそめて野次馬の群れに戻っていった。


 アンナは周りの住民にさっそくおしゃべりを始めている中年女性に冷たい視線を送りながら、警察と支局に連絡するため、携帯電話を取り出していた。


「稲葉さん……」


 抱き寄せられた姿勢のまま、彩夏が耕介にささやいた。


「私……、どうしたらいいですか?」


「さっきも言っただろ。君は普通に暮らせばいい。現役のイーグル・ファイブたちも応援に来てくれるから。警護も厳重になって多少、窮屈になるかもしれないけど、俺たちは全力で君を守る。だから安心しな」


 支局にこの件が伝われば、明日にでもイーグル・ファイブや専門的な調査チームの職員が応援に駈けつけるだろう。


 「……はい。お願いします」


 彩夏が蚊の鳴く様な声を洩らすと、耕介の身体を強く締めつけてきた。柔らかな身体の質感や体温が衣服を通して伝わってくる。戦闘直後のせいでもあるのだろうが、ここにきてこれまで蓄積してきた不安や恐怖といった感情が堰を切って溢れ出たようだった。

 目の前にいる女は、どこにでもいる普通の女に過ぎない。理不尽な運命に翻弄される彩夏を思えば、アークに対する怒りや彩夏への憐れみにも似た感情で胸が熱くなり、その思いが耕介の腕の力を強めた。

 その傍らで、通報を終えたアンナが、どこか寂しそうな視線を二人に送っていた。


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