稲葉アンナの手紙
稲葉耕介さんへ。
出産を前に、あなたが廊下で先生とお話している間、この手紙を書いています。
手紙は、耕介さんが病室に入ってくる時に、最初にチェックする着替えのなかに挟みますが、ちゃんと見つけてくれるか心配です。耕介さんて、けっこうそそっかしいから(笑)。
読んでいるということは、きっと見つけてくれているのでしょうけど。
それにしても、呼び捨てばかりなのにいきなり耕介さんへ、なんて柄じゃないですね。いつか“さん”づけで呼びたいな、と思ってましたが、今まで照れちゃって言えませんでした。今日ばかりは、耕介さんと呼ばせて下さいね。
それに、普段の私はこんなしゃべり方をしないから、この手紙を読んで、あなたはビックリしているかもしれません。耕介さんに手紙なんて書く機会なかったし、ほとんど報告書ばかりでしたからね(笑)。
でも、メールや手紙で文章を書くときは、けっこうやわらかい文章で書けるんですよ?依頼人の方でも、驚かれる人がけっこういるんです。
さて、書きたいことは他にも山ほどありますが、あまり時間もありませんし、本題に入ります。
あなたがこの手紙を読んでいるということは、私はきっと、この世にいないのでしょう。
あなたと過ごしたこれまでの3年間、とても幸せで楽しかった。あの小さな部屋で一緒にご飯を並んで食べて、お酒を飲みすぎちゃって、耕介さんに介抱されて。時々、些細なことで喧嘩したり、的場さんの厄介な依頼を解決したり。
悲しいことあったけど、今となっては、どれも大事な思い出ばかりです。
あなたから結婚の申し込まれた時、私はずっと黙ったままだったのは、心臓が止まっちゃうんじゃないかと思うくらい驚いて嬉しかったんです。だから何を言ったら良いのかわからなくて、言葉にも出来ず、あんなに時間が掛かってしまった。
即答して、あなたに抱きつきたかったのに、世の中てなかなか上手くいきませんね。
上手くいかないというのは今も同じで、私の体は新たな命と死の狭間で揺れ動いている。
私は同時に2つの命をこの体に授かることができました。
しかし、その日を境に、私の体は徐々に衰えていきました。
お医者さんでも原因が不明と診断したのは耕介さんも一緒にいたからご存知でしょう。先生はもちろん、耕介さんにも言わなかったのですが、その原因が何か、私には何となくわかります。
私は斎藤杏奈の細胞から生まれ、ジ・アークによって遺伝子操作されたクローン。その身体が新しい命をつくることに耐えきれず、身体の機能が異常が起きているのだと思います。
呪われた身体。
殺戮兵器として生まれ、多くの人々を傷つけ、命を奪ってきた。耕介さんの身体だって、私が傷つけたもの。
いつだったか、私がそんなことを言うと、耕介さんは私を優しく抱きしめて「闘いは終わったんだ」と慰めてくれましたね。かつて死闘を繰り広げ苦しめたあなたに赦され、私はどれほど救われたか言葉に言い表せません。
ですが、ジ・アークとの闘いはまだ終わっていなかったのです。
ジ・アークによってつくり変えられたこの肉体が、私とお腹の子どもたちの命を奪いにくる。
耕介さんは子どもを諦めようと言いましたが、私は諦ることなんて出来なかった。
人としての幸せをやっと手にすることができたのに、ジ・アークに屈するなんて。
新しくふたりの命を身ごもり、新しく産まれてくる命。
そして、失われるかもしれない命。
どちらも失うかもしれない恐怖。
どちらも助かるという希望。
見えない運命に、私たちはいつも翻弄されている。立ち向かって乗り越えるのも、挫けてしまうのも運命として決められている。運命を知っているのは神様しかいません。
私は生きたい。
生きて、あの子たちと会いたい。
だから、私は立ち向かうことを選びました。
これから、私はジ・アークとの最後の闘いに向かいます。
この子たちを産んで、私も生きる。
そして、耕介さんたちと一緒に、辛いことも楽しい悲しいことも喜びもわかち合う。
ちっとも怖くはありません。
だって、イーグル・ファイブ最強のブラック・イーグル“デッドマン”が傍にいるんですよ?
それにふたりの子どもたち。
希望。
わたしの中には、その言葉しかありません。
耕介さんと先生の話も終わったみたいですね。残念ですが、ここで手紙も終わりたいと思います。
では、行ってきます。
私はジ・アークに必ず勝ちます。見守っていてください。
未来ちゃん。
耕一郎くん。
おかあさん、頑張るからね。
耕介さん、ありがとう。 愛しています。
稲葉アンナ




