帰ろう〜この子どこの子・完
着ていた強化装甲を脱ぎ捨て、アンダースーツ姿となった稲葉耕介は木陰の下で激しく息を乱しながら地面に座り込んでいた。救護スタッフや、整備士があわただしく行き交い、耕介の義肢や強化装甲の状態をチェックしている。
「どこか具合の悪いとこは」
「水くれ……」
疲労困憊した耕介の訴えに救護スタッフの一人が2リットルのペットボトルを差し出すと、浴びるように水を喉の奥に流し込んだ。水は生温かったが、それでも人心地ついて、四肢に力が戻っていくのを感じた。
「どうします。戻りますか」
耕介の体に異常が無いのを確認すると、救護スタッフのひとりである、物腰のやわらかな若い男が訪ねてきた。救護室に行けばゆっくりと休める。そちらに行くかどうか聞いていると察し、耕介はいやと首を振った。
「もう少し休めば立てるから。水を置いてってもらえれば、あとは大丈夫」
そうですかと若い男はにこりと笑うと、ミネラルウォーター数本残し、他のスタッフを促して、別の負傷者の様子を見に耕介から離れていった。
整備班がしばらく耕介の周りで作業していたが、やがて強化装甲を回収してどこかに行ってしまった。
耕介の周囲は静けさを取り戻したが、見つめる先の射撃場内は騒然としている。先ほどまで戦闘が行われていたは焼け野原と化し、大破したオートアーマーが無言のまま横たわっている。そのオートアーマーを中心に、軍や警察がそこかしこで現場検証を行っていた。何が起きたのか、国防長官の護衛についてきた黒服のボディーガードが、自衛隊の幹部らしき男と何か言い争っているのが見えた。
「コウちゃんがいてくれたおかげで助かったよ」
ぼんやりと現場の様子を不意に頭上から声がし、見上げると、耕介と同じアンダースーツ姿の的場彰が、ペットボトルの水を飲みながら傍に立っていた。
「とんでもない訓練に付き合わせやがって」
「でも、良い経験したろ」
「したくもねえよ。次は訓練レベルを下げてくれ」
憮然と口を尖らせる耕介に、的場が噴き出すとつられて耕介もおかしくなってきて、2人は軽い笑い声をあげて笑った。やがて、笑い声もおさまると、的場は目元に優しい笑みをたたえたまま、ありがとうと言った。
「イーグル・ファイブ隊長として、改めて礼を言わせてもらうよ。負傷者がわずかで済んだのもコウちゃんのおかけだ。やっぱ、ブラック・イーグル“デッドマン”の強さは半端ねえな」
「……よせよ。恥ずかしい。止め刺したのはお前らだろ」
「いや、それまではコウちゃん一人でオートアーマーと渡り合ったんだぜ。並の隊員にできるこっちゃねえよ」
オートアーマーが暴走し、イーグル・ファイブが態勢を整え直すまでの間、耕介一人だけで応戦していた。暴走したオートアーマーのパワーはキメラを凌駕し、対キメラ用に装備された“アトミック・ボム”はイーグル・ファイブを吹き飛ばすほどの威力を持っていたが、“デッドマン”の俊敏な動きと、冴え渡る剣で見事に防ぎきった上に、オートアーマーの左腕を破壊までしてみせた。
態勢を整えたイーグル・ファイブが最後にアトミック・バスターを合体させた合体兵器“アルティメット・クラッシュ”で破壊に成功したものの、耕介の功績によるものであることは、誰の目にも明らかだった。
「コウちゃん。予備役なんて勿体ないよ。また復隊しろよ。手続きは俺がするから」
「……」
「な、そうしろよ」
「買い被りすぎだ。俺は時間稼ぎのつもりでやってただけ。お前らがいるから戦えた。予備役としてできる範囲のことしただけだ。それに……」
「それに?」
耕介が急に口をつぐんだのを怪訝に思い、視線を追うとリブ・フライヤーが秘書官らしき男を連れて歩いてくるのが見えた。途中、秘書官の男に何か告げると、秘書官はそのまま立ち止まり、一人でこちらに向かってくる。
訓練中とはまるで異なり、眉間の皺がなくなって明るい表情をしている。かなり機嫌が良さそうに思えた。
「……やあ、ご苦労だったね」
意外にも、リブは流暢な日本語で話し掛けてきた。的場はシャンと背を伸ばしたし、耕介も慌てて立ち上がろうとすると、そのままと制して的場と耕介を交互に見た。
「君たちの働きのおかげで助かった。個々の力と組織としての力が上手く噛み合っている。うちの“ビーグル”どもも見習って欲しいものだな」
「いえ、光栄です。長官」
ところで的場隊長とリブが言った。
「頼みがあるんだが、少し“デッドマン”とふたりで話がしたい。構わないかな」
突然の申し出に的場は一瞬、逡巡を見せたが、耕介がうなずくのを見ると、敬礼して耕介と軽く挨拶を交わして、その場から離れていった。チラチラと振り返る的場を見送っていると、リブがよいしょと言いながら耕介の隣に座った。
懐から煙草を取り出し、一本くわえると、「君は吸うかね」と煙草を差し出してきた。
「ええ。ありがたくいただきます」
礼を言って耕介が、煙草を一本抜き取ると、リブが火をつけてくれた。しばらく2人は無言のまま、慌ただしい現場の光景を眺めていた。沈黙の間がいささが長すぎると耕介が思い始めた時、話を切り出したのはリブからだった。
「あのオートアーマーは対キメラ訓練用という名目で今回持ち込まれたものだが、近々、軍用兵器として採用される予定になっていた」
「でしょうね」
「なんだ。驚かないのか」
「そりゃあ、機械が戦ってくれた方が楽ですからね」
耕介は煙草をくゆらせながら言った。リブは苦笑いして、白く濃い煙を吐き出した。
無人で、そして自動で戦ってくれる兵器など、軍が注目しないはずがない。対キメラ訓練用などという空々しい言い訳なぞ、誰が信用するだろうか。
「……だが、今回の失態で、それも白紙になりそうだ」
「え?」
不意に漏らしたリブのその一言の方に驚き、耕介はリブの横顔を凝視した。
「訓練中に突然の暴走。君とイーグル・ファイブのおかげで被害は僅少で済んだが、これが別の場所、しかも複数だったらどうなっていたか」
「長官はオートアーマーに、好感を持ってないようですね」
「反対派だ」
リブは即座に答えた。
「だが、幾ら国防長官でも、数には勝てん。兵士への被害が少なくなるなら、誰だって賛成するからな。戦場で部下を死なせたい上司などおらんよ。私だってそこは同じだ」
「じゃあ、何故、反対したんです」
「その前に聞きたいが、オートアーマーはキメラを倒すことに適しているか?」
いえ、と耕介は首を振った。
「あれでキメラと戦ったら、東京の二の舞です」
機械なだけにパワーや頑丈さはキメラを凌駕しているが、引きちぎる程度ではキメラの再生能力を停滞させることもコアを破壊することもできない。もしも完全に破壊するなら、細胞ごと死滅させるほどの火器が必要なのだが、まともに使用すれば辺り一面が火の海と化してしまう。それを証明しているのが、焼け野原となった現在の東京の中央区や千代田区の姿だった。
精緻な刃によってのみ再生を止め、コア破壊が可能で、秘密結社ジ・アークが滅びても、一流の剣術遣いが集うイーグル・ファイブの需要がいまだにあるのは、ジ・アークの残党が世界各国に潜伏しており、東京の惨状が人々の記憶に刻まれているからだった。
「他の連中だってわかっている。本当の目的は再燃しだした紛争地域に投入したいんだ。私としては、あんな玩具を軍に採用するなどできん。どうせ市民を無差別に虐殺、敵をつくり、そのうちテロリストに回収されて向こうの兵器として利用されるだけだからな」
「……」
「行き着く先は、ターミネーターの世界だ」
本来ならジョークとして笑って済ませばいいのだろうが、実際にオートアーマーというロボットが存在し、暴走した姿を目の当たりにし、闘った身としてはジョークとして笑うことなど出来なかった。
「だから、口実をつくってくれた君には感謝しているよ。“デッドマン”」
――このじいさん、わざとオートアーマーを暴走させたのか。
オートアーマーとの応戦中、リブが弄っていた万年筆を思い出している。あれは何かのスイッチだったのだろうか。
正面を向いたまま感謝の言葉を述べてくるリブに対し、耕介は横目でリブを一瞥した。
オートアーマーの計画を白紙に戻すために、暴走させるまでは良いとしても、暴走を停止させるには自国のイーグル・ファイブや軍では心許ないと思っている。そこでイーグル・ファイブでも随一と評される、“デッドマン”こと稲葉耕介がいる日本を選んだ。
耕介はそこまで推測したが、リブに問い質すつもりはなかった。どうせしらばっくれるだろうし、一国の軍を指揮する長官自ら兵器を暴走させるなど、辞任だけでは済まされない前代未聞の事態である。それなのに、耕介だけに打ち明けてきたリブを責めることなど耕介にはできないでいた。
「しかし、ジ・アークを名目に、いつまた計画が持ち出されるかわからん。そのためには、うちの“ビーグル”どもをもっと調教してやらんといかん」
いきなり、リブが自国のイーグル・ファイブを口汚く罵り始める。かなり憤懣しているが、単に嫌ってのことではなくイーグル・ファイブに対する期待からくるのだと、ここにきて耕介は漸く理解してきた。
「“デッドマン”。我が国のイーグル・ファイブに来てくれないか」
突然の申し出に耕介は返答も出来ず、目を丸くしながらリブの横顔を注視した。
「君を隊長として、うちの“ビーグル”どもを引っ張ってもらいたいのだ。予備役など勿体ない。さっきの“ジェネラル”的場彰も復隊か何か頼んできたのだろう?」
「……ええ、そうです」
「報酬もこれまでの倍も出すし、生活も保障する。本業は探偵やっていると聞くが、賤業などやっていても仕方あるまい」
「探偵は小さい頃から憧れた仕事です。賤しいなんて思ったことないですよ」
耕介の脳裏には、ある台詞が浮かんでくる。あのねえ、と耕介は言葉を続けた。
「職業蔑視しちゃだめだよ。どんな商売だってねぇ、売春婦だってなんだって同じ血が流れてるんだから。商売のこと言っちゃダメだよ。物の善悪はね、表向きで捉えちゃダメ」
いつかどこかで言おうと思っていた、探偵物語の名言が言えたことで耕介は満足感に浸っていたが リブとしては、耕介が突然、乱暴な口調になったのと、売春婦を持ち出したのか理解ができずに戸惑っていた。
「こちらに来る気も、復隊する気も無いということかね」
「申し出はありがたいですがね。俺が辞めたのは、責任の重さや闘いの緊張感に耐えきれなくなったからですよ。逃げたんです。俺の今の居場所はあの狭い事務所なんです。あそこが帰る場所なんです」
自宅を兼ねた狭い事務所。そこに一人の女が待っている。
「……」
「長官はそんな俺を過大評価しすぎだし、自国のイーグル・ファイブを過小評価しすぎですよ」
耕介は煙草の吸い殻を地中に埋めて、ゆっくりと立ち上がりながら言った。
「何度か一緒に戦いましたが、頼りになる戦友たちばかりです。期待しているからこそでしょうけど、もうちょっと向き合ってやって下さい」
「……わかったよ。名探偵」
リブは諦めがついたらしく、深いため息をつきながら、淋しそうな笑みを浮かべた。
「君がいてくれれば助かるんだがなあ」
耕介は無言のまま、ふっと軽く笑い返した。
「君が憧れた探偵が憎いよ。誰だね。君を探偵の道に引っ張りこんだのは。やっぱりホームズ?マーロウかね」
「いえ、工藤俊作です」
「クドウ?」
おそらく全世界の機密情報を握っているリブ国防長官であっても、日本の古い探偵ドラマまではさすがに把握できておらず、きょとんとした表情で耕介を見つめていた。
「長官。煙草、ゴチになりました。今までで一番うまかったですよ」
耕介はリブの返答を待たず、そのまま背を向けて歩きだそうとした。しかし、ある事が頭に過り、足を止めてリブに振り返った。
「長官、猫に興味ないですか?」
※ ※ ※
予想通りと言うべきか、オートアーマーの後始末に時間が掛かって、事務所に戻ってこれたのは夜11時を過ぎてからだった。車を降りて、外から事務所を見上げると、所内は真っ暗で私室の明かりも消えている。
――もう寝たのか。
疲労で重くなった足を運びながら階段を昇ると、静かな空間に響く音がやけに耳障りに感じた。疲れていると、耕介は改めて実感した。
「ただいま」
耕介は音を立てないように慎重に事務所の戸を開け、誰もいないはずなのにささやくように暗闇に向かって言った。やはり疲労で感覚が鈍くなっていたのだろう。人の気配に気づいたのは、靴を脱いで事務所に上がった時だった。暗闇に紛れて、来客用のソファーにアンナが座っている。
「……おかえり」
「どうした。明かりもつけないで」
アンナの声に力がないのを不審に思いながら、耕介は室内の電灯つけた。
さらに奇妙に思えたのが、まだ勤務時のスーツ姿でいることだ。まだ仕事をしていたのだろうか。
「何かトラブルでもあったのか」
「……お茶、淹れる」
アンナは耕介の問いに答えず台所に立った。寂しげな後ろ姿を見せながら、ヤカンに水を入れ、コンロに火を点けても、じっとそのままヤカンに目を落としている。
「コウスケ、今日は遅かったね」
「うんまあ……、後で詳しく話すけど色々あってな。始末で大変だった。疲れたよ」
「……」
「そういや、子猫のことなんだけどな」
「……」
「リブてアメリカの国防長官さんに話をしたらさ、興味持って的場に渡した写真見せたんだよ。そしたら、かなり気に入っちゃってさ。ウチで飼うなんて息巻いちゃって。あんな偏屈そうで意外だよなあ」
難しそうに眉をしかめながら、色つやが良いだの目が綺麗だの、子猫をしきりに誉めていたリブを思いだし、可笑しくてつい笑いが漏れてしまう。そんな耕介にアンナが何かを言ったのが聞こえた。
「え、何?」
「いない。あの子、もう、いない」
「なんでだ。別の飼い主見つかったのか」
そうじゃないとアンナは首を振った。
「私、あの子と公園に出掛けた」
アンナはぽつりぽつりと話始めた。
午前中に依頼人への報告をすまし、昼食を共にした後、アンナは子猫を抱いて外に出掛けた。子猫はアンナになつき、アンナの腕の中で語りかけてくるよいに、アンナを見上げながら、しきりと鳴いていた。アンナがそんな子猫をあやしながら、子猫拾ったあの公園に差し掛かった時だった。
不意に子猫が鳴くのをやめ、体を伸ばして辺りを窺うと、アンナの腕をするりと抜けて飛び出してしまった。子猫が向かった先には二匹の子猫を連れた猫が佇んでいたという。その後はアンナを見向きもせず、親猫とどこかに去ってしまった。
「捨て猫じゃなかったのか」
「確かに捨てられていた。でも、あの親猫が、一生懸命に探したんだと思う」
「……」
「引き留めたかった。あの子と一緒にいたかった。でも、あの親が必死で探したんだと思うと見ているしかなかった」
「それにしても、見向きもせずか。猫らしいな」
「そう、あの子は猫。それはわかっていたはずなのに、私の子どもに思えて……」
アンナがうっと呻き、小柄な体が小刻みに震えだした。耕介はリブに居場所はここにあると言った自分の言葉を思い出していた。
子猫は自分の帰るべき場所に帰っていった。自分がこの場所に、アンナが待つ場所に戻るように。
アンナにとっても、想いは同じはずだった。ただ、アンナは一緒にいたいというだけではなく、もっとしっかりとした形で、「家族」という形を望んでいる。
「……アンナ」
耕介はアンナの傍に寄り、後ろから静かに抱き締めた。小柄な体がいつもよりいとおしく思えた。
「結婚しよう」
耕介の言葉に、アンナの体がびくっと震えて硬直した。それから長い沈黙の時間が流れた。ヤカンが沸騰を知らせる合図を鳴らし、アンナが火を止めると、その手を耕介の手にそっと重ねてきた。
「……おねがい、します」
「ありがとな」
ううんとアンナは首を振ってみせたが、それ以上はロクな言葉が見つからないらしく、コウスケコウスケと、ただ耕介の名を呼び続けている。
――あの子猫みたいだ。
絶対に離すもんかと、耕介は両腕に力を込めた。




