後ろめたさが雨に濡らす 〜軒下で・完
的場彰は猛スピードで駐車場に車を止めると、「国立技術研究所」に駆け込み、受付で部屋番号を聞くやいなや、エレベーターを使わず階段を勢いよく駆け上がった。そして、3階に上がりロビーに出ると、無言のまま床にじっと目を落として、長椅子に座り込んでいるアンナ・クローデルを発見した。
頬には大きな絆創膏を貼りつけているが、特に目立った怪我はなさそうだった。
「アンナちゃん、コウちゃんは?」
的場が声に反応して、見上げたアンナの瞳は濡れていた。的場はまさかと呻き、全身の血が引いていくような感覚があった。
そんな的場を見て、アンナは静かに首を振る。
「左の義手が破壊された以外には、身体に問題はないらしい。ただ、事故直後は意識があったけれど、救急車で気を失って……」
アンナはそこで言葉を詰まらせ、俯くと小さな身体が震え始めた。
こういう子なんだと、慈愛にも似た愛情が的場のなかに溢れ、アンナの隣に座ると優しく背中を撫でた。
「知らせを聞いて驚いたよ。いったい、何があった?」
「それは……」
アンナが言い掛けた時、病室の扉が開き、中から若い医師が看護婦を連れて現れた。
「ああ、的場さん。お久しぶり」
「小野寺先生。コウちゃんの容態、どうなんです」
「強いショックを受けたせいで、まだ少し意識ははっきりとしてませんが、大丈夫。左の義手も綺麗に壊されているから、すぐに取り換えできます。さすが、“デッドマン”というコードネームを持つだけはありますね」
国立技術研究所は国連と政府の共同管理下にあり、イーグル・ファイブの隊員が訓練、身体機能のチェック、技術開発等行われる場所で、負傷した隊員が搬送される場所でもある。まだ現役隊員だった耕介が、ジ・アークの人型兵器ナイトメア――今のアンナ・クローデルと闘い、左半身を失う重傷を負いながらも、義肢手術を受けた場所もこの研究所だった。
「あいつに会えますか?」
「ええ、良いですよ」
的場とアンナは急いで病室の中に入ると、ベッドの上には青白い顔をして横たわる耕介がいた。露になっている義手の残骸箇所が痛々しく、思わず的場は眉をひそめた。
「やあ、的場。良くわかったな」
「イーグル・ファイブ関係者に関わる事件事故は、すぐ連絡が来るようになってる。ジ・アークの残党が現れたのも驚いたけど、負傷者にコウちゃんの名前があって、びっくりしたよ」
「俺も、こんな目に遭うとは思ってもみなかった」
「本当に大丈夫か?ダンプカーに衝突されたんだろ」
「見た目ほどは悪くない。今は、ちょっと鎮静剤が効いてるだけだ」
「そうか……。とりあえず大丈夫そうで良かったよ」
的場はほっとため息をついたが、事件のことを思いだし、再び表情を強張らせた。
「コウちゃん、何があった」
「俺が聞きたいよ。まさか、ジ・アークが絡んでいるとは思わなかった」
耕介は深呼吸をすると、ポツリポツリと説明し始めた。宮原香苗との出会いから、彼女の死と西千葉警察署への呼び出し。友人である沖田への聞き込み後の襲撃。
「……だから、俺を元イーグル・ファイブだから狙ったんじゃなく、邪魔な探偵と思って襲撃を掛けてきたんだろう」
一連の流れを説明すると、的場は腕を組み、しばらく考え込んでから口を開いた。
「それにしても、乱暴すぎるやり方だな。街を破壊してまで、たかだか探偵一人を狙ってくるとか」
「そんなに被害は酷いのか」
「運良く死人は出なかったがな。負傷者多数で、テレビもネットも大騒ぎだ」
「……そうか」
耕介は目を閉じ、息をついた。
不用意過ぎたと、感情に駈られた自分の軽率さに忸怩たるものを感じていたが、かといって悩んでいるわけにもいかない。
「ジ・アーク絡みてことは、イーグル・ファイブが動くんだよな?」
「もちろん。状況や関係者の情報も充分だし、問題は居場所だけだ。それでも、明日の朝までに態勢は整うはずだよ」
「……その時は、俺も呼んでくれないか」
馬鹿言うなと、的場は思わず失笑した。
「怪我人は大人しくしておけよ」
「怪我といっても義手だけだ。それも予備があるはずだから、明日までには間に合う」
「……」
「頼む」
的場は真っ直ぐに見つめてくる耕介の視線を、正面から受けていた。シンと静寂に包まれた空間に、時計の針だけがやけに大きく響いているように、耕介には感じられた。やがて、的場は諦めたように表情を緩めると、わかったと言った。
「敵の居場所が判明次第、コウちゃんに連絡する。それまでに、早く予備をつけてもらえよ」
そう言うと、的場は足早に病室から出ていった。
「……悪かったな、アンナ。お前のおかげで助かった」
「その前に、コウスケが腕を犠牲にして、隙間をつくってくれたから助かった」
ダンプカーが耕介たちが乗る軽自動車に衝突をしてきた時、とっさに使ったアンナの念動力のおかげで、耕介は一命をとりとめることができた。しかし、アンナが念動力を使えたのも、耕介が身体を張ってアンナを庇ったからだった。
「コウスケ、無事で良かった……」
アンナは耕介に寄り添い、胸元に顔を伏せた。胸元が次第に濡れていくのを感じながら、耕介は残った右手でアンナの頭をそっと撫でた。
※ ※ ※
『対策本部から“デッドマン”。聞こえるか、どうぞ』
「こちらデッドマン。どうぞ」
的場の声がヘルメット内に響き、漆黒の装甲に身をかためた耕介が応答する。
『現在、おとり捜査員から連絡が入った。今から敵の位置のデータを送る』
「デッドマン了解。しかし、ジ・アークの残党が、戦闘員一名て確かなの?」
『正確には相手は残党じゃない。“鳴斗会という暴力団が戦闘員を飼っている”という表情が近いかもな』
「人間のためにジ・アークと戦ったのに、その人間がジ・アークの戦闘員を飼っている、か。いやな時代だな」
耕介はバイザーの液晶モニターに表示された、対策本部から送られてきた倉庫内のデータを見ながら呟いた。
鳴斗会とは、主に麻薬や人身売買を中心に活動する暴力団である。
どういった経緯で手に入れたのかは調査中だが、ジ・アークの生き残りである戦闘員を、鉄砲玉として一名を“飼っている”という。
倉庫内の図面に表示される青い点は中にいる人を表し、赤い点はジ・アークの戦闘員を意味する。青い点は十数個あるのに対し、赤い点は奥の一つだけだった。戦闘員の位置を確認すると、耕介は地図を消し外の光景を眺めた。
重々しい銃火器を装備した機動隊員に混じって、スーツ姿で痩せた中年男性の姿が見える。男は苦々しげに耕介を睨みつけていた。
スーツ姿の男は、西千葉署の杉原刑事だった。イーグル・ファイブに不満があるから睨んでいるだけで、中身が耕介とまでは気がついていないようだった。
捜査の結果、ジ・アークの戦闘員数が一名ということで、イーグル・ファイブの出動も、的場が対策本部の指令役として来ている以外は、予備役の耕介だけとなり、倉庫への突入するのも県警主導で行われる。
それでも、杉原が恨みがましく“デッドマン”を睨むのは、事件自体が杉原の手から離れているからだった。
せっかく汗水垂らして捜査してきた事件なのに、横から奪われてしまったことに腹を立てているのだろうと、耕介は推測していた。
「文句言うなら、鳴斗会の連中に言ってくれよ」
耕介は苦笑いして、戦闘員他、宮原を殺害した連中が潜んでいるはずの倉庫に目を向けた。
宮原香苗を殺害した事件そのものは単純だった。
的場の指示で国連特別捜査官が動き、中里と沖田を拘束し脅しをかけると、あっさりと白状した。
耕介が推測した通りで、ドラッグに手を染めた中里貴史を知った宮原は別れ話を切り出したが、中里はそれを嫌がりストーカーまがいの行為をし、宮原にまとわりついていた。それを沖田に相談したのだが、ドラッグの発覚を恐れた中里と沖田はドラッグを売りつけた鳴斗会に話してしまい、鳴斗会の男たちが宮原を殺害した。
ただ、単純な事件が大袈裟なものになったのは、稲葉耕介がしゃしゃり出てきたことと、鳴斗会が“飼っていた”ジ・アークの生き残りである戦闘員の暴走のせいだった。
鳴斗会は戦闘員の力を試すつもりで、耕介の殺害を仕向けたのだが、街ごと破壊するとまでは予想ができず、恐れた構成員の一人が組を裏切って、国連支局と県警にそれぞれタレコミを入れて、潜伏場所が判明した。
宮原が殺された同じ千葉港内で、現場から数キロ先の古い倉庫だった。
『対策本部からデッドマン。そろそろ時間だぞ。お前は病み上がりなんだ。戦闘員は一名でも油断するなよ』
「……了解」
耕介は椅子から立ち上がると、倉庫東側から突入する部隊に合流した。東側出入口からが、戦闘員の距離と一番近い。
耕介は機動隊員のわずか後方にうずくまり、静かに刻を待った。隊員たちは扉に爆薬を仕掛け、緊張した面持ちで扉を注視している。激しい息づかいがヘルメット越しでも聞こえてきた。
そして、県警本部から突入の合図が下り、一斉に爆薬が爆発すると、隊員たちは倉庫内へなだれ込んだ。
機動隊と鳴斗会との間で激しい銃撃戦が始まった。
銃声に混じって悲鳴と怒号が飛び交う中、耕介は事務室にいるはずの戦闘員まで一直線に向かった。
だらりと両手をさげたまま、無造作に足を進めていく。
事務室の前まで来た時だった。
ジ・アークの接近を知らせる“警告”よりも先に、重い殺気が扉越しに伝わってくる。耕介は足を止め腰を沈めた。
刹那、バリバリッと胃の底に響くような不快な音が耕介の耳をろうした。鉄製の扉をぶち破ると、全身黒タイツ姿の人間が鋭い爪を向けて耕介に襲いかかってきた。
紛れもないジ・アークの戦闘員。
耕介は弾丸のように向かってくる扉の硬い破片をかわすと、次に戦闘員の攻撃を流れるように転身して逃れた。
そして、戦闘員の横に回り込むと、抜き放ったガン・ブレードが戦闘員の胴を薙ぎ払った。戦闘員はどす黒い血を噴き出しながら壁に叩きつけられ、床に沈みこむと、ピクリとも動かなくなった。
※ ※ ※
「また雨か」
依頼人への報告が終わり、千葉駅に向かう途中だった耕介は、突然降りだした雨に閉口しながら、近くのビルの軒下に駆け込んだ。見上げる空から降り注ぐ、冷たい雨が街中を濡らしている。
その光景に既視感があり、見渡すと今いる場所が宮原と出会った場所と同じビルだと気がついた。
――あれから、1年になるのか。
事件後半年くらいしてから、杉原に呼び出され、中里と沖田は共犯者として立件はできず、反対に哀れな薬物中毒者としてケアをしなければならなくなったと散々、愚痴を聞かされた。
就職先も内定し、沖田は大手の出版社、中里は市役所の職員に決まったと、杉原は寂しそうに笑っていた。
その時には、耕介も宮原をまだ覚えており、心を痛めたものだったが、次々と探偵事務所に持ち込まれる大小様々な不幸事や悩み事は、過去の記憶を埋もれさせてしまうのに充分で、最近では宮原を思い出すこともなくなっていた。
降りしきる雨は、山積した記憶の中から久しぶりに宮原を掘り起こすとともに、耕介の心に痛みを生じさせていた。
あれだけ明るい笑顔と人柄だった子が無惨に殺され、人々の記憶からも忘れ去られていく。
忘却は避けられないものにせよ、耕介には忘れていたということが後ろめたく、慚愧の念が胸に溢れ、いたたまれない気持ちで暗い空を見上げていた。
「……ごめん」
耕介は一言呟くと、軒下から雨の中へと駆け出していった。
〜軒下にて・完
連休のおかげで最後まで書けました。
今回はジ・アーク絡みでしたが、こんな感じの短い話を書ければいいなと思います。




