表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
10/27

神林町、燃ゆ

 アンナから連絡を受けた時、耕介は神林警察署の会議室で、国連支局から応援で派遣された三名の〝国特″の職員たちや県警本部の特捜班に混じり、一昨日の戦闘時の状況説明やこれからの対応、浦部彩夏をかくまう移送先について協議を行っている最中だった。


「これからそっちに戻る。浦部の様子はどうだ?」


 しばらく空白の間が起きた。

 酷く怯えているとアンナが言った。


 『時間はどれくらいになる?』


 「三〇分……、いや、二〇分くらいかな。浦部から目を離さず、俺が来るまで傍にいてやってくれ」


 早く戻って来てと緊張した声で言って、アンナは電話を切った。


「何かあったのか?」


 アンナとのやりとりに注意深く耳を傾けていた、後藤という羽田から派遣された〝国特″の職員が鋭い眼を向けて言った。ジ・アークの残党狩り捜査を任務とするだけに、油断のない目つきをしている。もっともここ数日寝ていないというから、血走った目のせいで余計、悪相に映る。


「警護対象のケアについている者から連絡で、彼女が身につけているネックレスからメモリーカードらしきものが見つかりました。モノは斎藤優香の遺品。おそらくジ・アークが探していたのもそれなんでしょう」


 耕介の話を聞いて周囲の男たちは目を見開き、思いつめたようにそれぞれ口を固く結んだ。

 男たちの間から息を呑む音が聞こえた。


「しかし、そのペンダントも、以前に警察が調べたんだろう?何故、発見できなかったんだ」


「わかりません。ですが、今のとこ外部に特殊なコーティングがしてあったくらいしか推測できませんね」


「警察の不始末か……。こんな適当だから、警察は不祥事がなくならないんだな」


 不快感を露わにしてチッと後藤が舌うちすると、近くで話を聞いていた神林署や県警本部の刑事たちは一斉に色をなし、刺すような目で後藤を睨みつけた。

 おいと彼らのなかから中年の太った刑事の一人が声を荒げた。


「コクトクさんが素人任せでぼんやりしてっから、手間が掛かって後手に回ってんだろが。状況、わかって言ってんのか?」


「それだけ、お前らが無能だってことだろうがよ。これまで幾つ冤罪、誤認逮捕やってんだ?」


「なんだと、この野郎。おめえこそ、大阪羽田で役に立たねえからハブられて、こっちにとばされたじゃねえのか」


「なんだと……?」


 険悪な空気が二人の間に生じ、睨みあったまま互いに詰め寄った。

 ジ・アークを前にして苛立ちもある。そしてそれぞれの矜持がある。一歩も引くつもりもなく、もう少しで揉み合いになるところを耕介が割って入った。二人を素早く脇から固め、完全に動けなくなったのを見計らって怒鳴るように叫んだ。


「とにかく、これから対象者の自宅に行ってモノを確保してくるから誰か車を出してください!俺の車は緊急車両じゃないんで、早く用意をしてくれ!」

 

 耕介は刑事と後藤をそれぞれ突き飛ばすように離すと、自分の上着を羽織って、会議室を足早に出て行った。その後を若い刑事が案内しますと言って従ってついてくる。昨日のキメラとの戦闘から徹夜で一睡もしていないせいか身体が重い。節々に痛みを感じていた。


 その頃、神林町の浦部宅でアンナは耕介の帰りを待っていた。

 浦部彩夏は居間の片隅で膝を抱えて座っている。

 毛布を被り、虚ろな目で畳を一点に凝視している。肩が小刻みに震えているのは、耕介に伝えた通り怯えているからだった。先ほどまでの酔いはとっくに醒めていた。

 アンナは慎重な手つきで小指の爪ほどのメモリーカードを小さなポリエチレン製の袋に入れると、それを内ポケットに納めた。


「浦部彩夏。コウスケがこっちにむかっている。外には腕利きのSPが何人も待機して周りを見張っている。怖がらなくていい」


「でも……。あれが、ジ・アークが探しているものなんでしょ?もしわかったら、あの黒づくめの人達がここに襲って来るんじゃないの?」


 彩夏は涙目になってアンナを見上げていた。


「うん。知れば間違いなく襲ってくる」


 アンナが小さく頷くとひっと悲鳴をあげ、毛布に顔を隠した。気の毒だと思ったが下手な嘘をついても仕方がない。


「あなたを守りたい。みんなそう思っている。だから、コウスケがくるまで静かにしていて」


「タっくん……。ここにタっくん呼んでいい?」


「駄目。どこからあいつらが見ているかわからない。彼も巻き込まれるおそれがある。それに、相手の狙いはこのメモリーカード。あなたではない」


「でも……」


「ごめん。我慢して。でも、SPの人達があなたを、命を掛けて全力で守るから」

 アンナの言葉がどこまで通じ信用したのか不明だったが、彩夏が黙って頷く仕草を見せると、アンナは紅茶をいれると言って台所に入っていった。

 アンナが台所に消え、時計の針の音だけが静寂に満ちた居間に響いていた。普段、気にも留めない針の音がやけに耳障りで、それは次第に内にひそむ恐怖や孤独をほじくり返してくるような感覚があった。


 結局、アンナの励ましは彩夏に大した効果ももたらさず、姉が何故こんなものを自分に託したのかと、怒りにも似た疑念が胸中に渦巻いていた。


「タっくん……」


 愛しい幼馴染の名を口にすると、それまでせき止めていた感情が押し上げて来て、自分でも止められそうもなかった。今までよりも大きな震えが彩夏の身体を襲った。いつしか、彩夏はポケットから携帯をとりだすと震える指先でメールを打ち始めていた。

 混乱して文章がまとまらず、普段の自分が同様のメールを受けたら、〝三行で〟と返信しそうな支離滅裂な内容だったが、拓真なら自分の危機を察して要点を組みとって理解してくれるはずだと彩夏は信じていた。

 数分も経たないうちに返信が着いた。


〝傍にいたい。今からそっちに行っていいか?〟


 彩夏のなかに熱いものがこみ上げてきて、画面の文字が滲んで読めなくなった。特にこの数週間、これほど心強さを感じた言葉はない。

 やっぱり、私にはこの人しかいないんだと。

〝うん〟とだけメールを打ち、紅茶を淹れ終わったらしいアンナの足音が近づいてくるのを耳にし、急いで涙を拭うと携帯をポケットに納めた。


「淹れてもらった紅茶、とても美味しかった。元気出して」


 アンナがカップを差し出すと、彩夏は小さな笑みを失せてカップを受け取った。僅かな間に交わされたやり取りを知らないアンナは、少しは落着いたらしいとほっと胸をなでおろす思いがした。


「私ね。この事件が終わったら、タっくんに結婚のプロポーズするんだ」


「……」


「そんな豪勢にはできないだろうけど、結婚式には稲葉さんやアンナちゃんも呼ぶからね」


「……そう」


 彩夏が何故、突然こんな話を始めたのか理解ができなかったが、瞳は正気を保っている。嬉しそうに目を輝かせ、必死に見えない未来に希望を見出そうとしている瞳だった。


「アンナちゃんも稲葉さんとの結婚式には呼んでよね」


「……」


 アンナは自分でも、顔がどんどんと熱くなるのがわかった。彩夏が優しく微笑んでいるのも、顔が赤く染まっているからだろう。


「確かに、私とコウスケの関係は特別。一緒にいてほっとする。でも、普通の生活は難しい」


「どうして?」


 これ以上は彩夏の問いかけに答えるつもりはなく、アンナは無言で首を振った。余計なことを喋り過ぎたと後悔さえもしている。耕介が奔走して戸籍を取得してくれたおかげで、運転免許証を取得し、堂々と陽の下で暮らすことができ、結婚という法律上手続きをとることも可能となっているが、所詮は斎藤杏奈のクローンであり、遺伝子操作を受けた人工生命体の肉体が、普通の人間の子どもを産めるのか、それはアンナにもわからないことだ。


 そろそろ時間と話を逸らし、アンナは柱の時計を見上げた。電話をしてから二〇分が過ぎようとしている。もうすぐ耕介が到着する頃だ。

 表で甲高い音が響いた。音の様子から車のブレーキ音だと判断しアンナはメモリーカードを内ポケットにしまって、耕介を出迎える為に玄関へと向かった。

 彩夏は居間の隅で座ったまま、拓真はまだだろうかと時計を見上げながらぼんやりと考えている。

 時刻は既に0時を廻っている。

 突然、外から銃声が響き渡った。物が壊れる音や誰かの鋭い悲鳴が上がり、やがて玄関のドアが激しく叩かれると、年配のSPらしき男の叫ぶような声がした。


「ここから逃げろ……。連中が……!」


 SPの声がそこで途切れた。どさりと小さくも重い音が喧騒に混じってアンナや彩夏の耳に届いた。さらに玄関の遠く先から悲鳴や爆発音も聞こえてくる。異様な緊張感がアンナと彩夏の身体を包んだ。


「ここにいて」


 アンナは窓に寄ると、慎重な手つきでカーテンをそっと開いた。

 闇に紛れて、ガラス越しに血走った眼が仮面の下から覗いている。


「……ジ・アーク!」


 アンナが窓から退くと同時に、戦闘員の繰り出した爪が窓ガラスを砕いた。細かなガラス片や破壊された窓枠が周囲に飛び散った。

 アンナの後方で、彩夏の悲鳴が毛布の隙間から漏れ聞こえた。


「じっとして!」


 アンナはにじり寄る戦闘員を注視したまま彩夏にむかって怒鳴った。戦闘員は容易い獲物を得た喜びで、小躍りするように身体を揺らしている。アンナは足を踏み直し、両手をだらりと下げ、戦闘員にほぼ正対する形で向き合った。

 獲物が自ら身体を投げ出した。

 戦闘員はそう判断したのだろう。それがアンナ独特の構えと気がつかず、華奢な身体を八つ裂きにしようと猛然とアンナに襲いかかった。狂気と殺意に満ちた戦闘員の攻撃を、アンナは身じろぎもせず悠然と佇んでいる。


「……アンナちゃん!」


 彩夏が目を塞いだ瞬間、何かが折れるような異様な音がした。次に静寂が訪れ、恐る恐る目を開くと、戦闘員の首が奇妙な方向にねじ曲がり、床に伏せた状態で倒れ込んでいる。周囲には大量の血が飛散していた。


「あなたは大事な人。私が守る」


 彩夏が見上げた先に、先ほどと変わらない姿勢のままアンナが立っていた。彼女を取り囲む空間が、陽炎のように揺らいでいる。地面から数センチ浮いているように見えたし、僅かに振り向いた時、アンナの瞳が金色に輝いているのは、錯覚だろうかと彩夏は自分の目を何度も擦った。

 ――ゴメン、コウスケ。約束を破った。

 アンナは呼吸を整え、自身の〝念〟を全身に集中させる。

 窓が破壊されたせいで、外の状況がようやく確認できた。玄関口に倒れている男は、やはり年配のSPだった。他のSPたちも血まみれになって倒れている。

 SPだけでなく、路上には巻き込まれた付近の住人らしい人間もその中にいた。


 無差別に攻撃を仕掛け始めた戦闘員たちによって路上までひきずりだされ、老若男女関係なく一人一人が処刑でもするように無慈悲に殺されていた。戦闘員は死体を弄ぶようにその死体の部位を切り取り、それを片手に炎に向かって小躍りしている。地獄絵図と片付けるにはあまりにも無残な光景が広がっていた。

 周囲の建物からは火の手とともに、耳を塞ぎたくなるような悲鳴がそこかしこから上がっていた。激しい罵声がどこからか聞こえてくるが、おそらくキメラのものだろうとアンナは推測した。

『旧人類の浄化』を掲げるジ・アークにとって、目に映るものは『浄化』の対象でしか無く、特に闘争本能のまま行動する戦闘員は、一旦制御が離れると、キメラが力づくにでも従わせるまで抑制が効かない状態となる。

 攻撃目標であるはずの彩夏の家の前でキメラの姿が確認できないのは、戦闘員を制御するので手一杯なのだろう。


 アンナは眼前に広がる光景に気をとられ、上空から重いものが圧し掛かってくる感覚に反応が一瞬、遅れた。

 見上げると、二体の戦闘員の姿が夜空に浮かんでいる。戦闘員の攻撃には勢いがあり、辛くも避けたが機先を制され、〝念〟を使った掌底によるカウンターで、二体の戦闘員を弾き飛ばすので精一杯だった。だが、戦闘員が優勢だったのもそこまでで、体勢を整えて反撃に転じたアンナに、一体は脇腹を深く抉られて絶命し、もう一体は浅手ではあったが、タイツを斬られ、隙間から蒸気を噴きだしながら苦しそうにもがいている。

 あと何体だろうかとアンナは視線を外に向けた。

火の手はますます激しさを増している。小雨が周囲を濡らすが火の勢いを弱めるには何の役にも立っていない。

 

「……?」


 不意にアンナは足元から尋常でない熱エネルギーを感知していた。まだ息のある戦闘員からだ。その身体は内部から高熱を発しながら、風船のように膨れ上がっていく。

 アンナの本能が危険信号を告げていた。

 アンナは身をひるがえし奥の彩夏に向かって叫んだ。


「伏せ……!」


 アンナの声がそこで途切れた。

 耳をろうす爆音とともに、凄まじい熱量や爆風と衝撃波がアンナを襲った。〝念〟が身体を保護したものの、軽い身体は衝撃に耐えられず、アンナの身体は家の奥まで吹き飛ばされた。真っ暗な世界のなかで背中を何かに打ちつけ、床に崩れ落ちると、アンナのからだに瓦礫が振りかかってきた。

背中に受けたダメージと積み重なった瓦礫の重さに身体が動かず、僅かに聞えてくる声が自分は助かったらしいと認識させた。


〝馬鹿め!自爆など誰が許可した!ここにモノがあるんだぞ。早く探せ!〟

しわがれた男の声に続き、複数の人間が床を激しく踏み鳴らす音が聞こえて来た。しわがれた声はキメラのものだった。無声だがガスマスクでも被っているかのような息使いをするのは、戦闘員特有のものだ。

どこから知ったのか不明だったが、声の主の内容を察するに、狙いはアンナが持っているメモリーカードなのだろう。


 足音はアンナの近くまで聞えたが、瓦礫に埋もれているからかアンナの姿に気づく者はいなかった。

 クソとキメラが呻いた。

〝時間がない。この女を連れていけ〟

 女とは彩夏のことだろうか。アンナは身をよじり這いだそうとしたが力が出ない。

 やがて、男は怒号を喚き散らしながら、慌ただしく駈け去る足音が遠ざかっていく。

 彩夏を守れなかった。

 無念さや懸念など様々な思いが交錯していた。

 ――守れたのはこれだけ。

 アンナは内ポケットにしまったメモリーカードが無事かどうか確認し終えると、目眩を覚え急速に意識が遠のいていった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ