嘘吐きレイニー
明日は晴れだよ。
嘘、本当は降雨率90パーセントだった。
宿題は無いよ。
嘘、本当は古典の課題がある。
何時だって楽しいさ。
嘘、本当はつまらない。
友達がいっぱいいるんだ。
嘘、友達なんて一人もいない。
恋人がいるんだ。
嘘、いない。
うちの家族は絵に描いたように仲がいいんだ。
嘘、両親は離婚寸前だ。
お兄ちゃんはいつも優しいよ。
嘘、この前裸にひん剥かれて写真撮られた。
私ほど正直者はいないよ。
嘘、誰よりも嘘吐きだ。
そう、私は嘘吐きだ。
嘘、偽り、狂言、空言。
私が吐く言葉はそれの塊。
ホントウの事なんて一つも無い。
雨がザーザー降っている。
あ、これは本当、嘘じゃないよ。
なんて、私が言ったら、そんな見たら当然の事も全部嘘になりそうだ。
それくらい私は嘘吐きだ。
降雨率90パーセントというのは本当の事だったみたいで、すさまじい雨が体中にあたる。
寒くは無い、むしろぬるい、そりゃそうだ、なんてって今は真夏だ。
嘘だよ、本当は真冬、何時雪に変わってもおかしくは無いだろうね。
寒い………寒いなあ、本当に。
それにしても、私ほど本当と言って、如何にも嘘っぽい人間はそうそういないだろうなぁ。
ぼんやりと空を見上げてみる、学校の屋上の周りにはそれほど高い建物が無いからだろう、何にもさえぎられていない。
これは本当。
私は柵の上に腰掛ける、背が高いから簡単だったよ。
嘘、本当はチビだ、見栄張ってゴメンナサイ。
よいしょっと。
危なげもなく腰掛ける。
あぁ、これも嘘、バランス崩して落ちそうだった。
それはまだ気が早い。
腰掛けた柵は冷たい、なんてたって真冬だ、冷たすぎて手の感覚が無くなってきた。
これは本当。
さてと、時計を確認すると午前五時、嘘、午後四時半。
あと三十分ほどしたら帰ろう。
嘘だ。
と、ここで背後のドアがガチャリと開く。
本当だよ?
振り返って見ると、そこにはパンダの着ぐるみが。
嘘、学校一の美少女が息を切らして立っていた。
嘘嘘、地味な眼鏡男子が立っていた。
彼が何かを言っているよ?
でも聞こえないや。
だってほら、ヘッドホンで音楽聞いているし。
聞く気も無かったりする、そんな午後四時半。
顔を元に戻して、知らんふり。
私はなーんも見てません。
はい、嘘ね。
耳元からは相変わらず般若心経が大音量で流れている、観自在菩薩、行深般若波羅蜜多時。
………………嘘だよ?
そんなの高校生である私のアイポッドに入ってるわけないじゃないか。
実は嘘、何でか入っている、何でそれをいれたのか自分でも意味不明だ。
肩を叩かれたね。
叩かれた肩の方を見ると眼鏡男子がすぐそばに立っていた。
ああ、吃驚した、吃驚して落っこちるかと思った、嘘だ。
何かを言っているけど、相変わらず聞こえないね。
というわけでヘッドホンを取ってみましょう。
取ったヘッドホンから大音量の音が流れる、バッテリーがもったいないからスイッチはすぐにオフにする。
これで眼鏡男子君の声が聞こえるようになったね。
さて、彼は何と言っているのでしょうか?
「田中ぁ! この前の落とし前はつけさせてもらうぞっ!! 勝負だ!!」
「はははは、かっかってこいやぁ!!」
嘘だよ。
こんな会話はいたしません、だって私チキンですから。
弱虫さんですから。
幼児に笑いながら踏み潰される蟻んこのように弱っちいですから(こんな例え出してゴメンナサイ蟻さん)。
ついでに私、田中じゃないし。
私の名前は佐藤、佐藤ジェニーだ。
嘘だよ、私の両親は流石にそんな痛い名前は付けないでいてくれた。
おっと、見知らぬ眼鏡男子君が何かを言っているね。
嘘、本当は知り合い。
「お前、何やってんだよ……」
「日光浴」
嘘である、こんなクソ寒いうえに豪雨では日光浴ならぬ冷雨浴だ。
ん? ちょっとうまいこと言った?
そうでもないか。
「嘘吐け、何が日光浴だ……こんな雨の中………」
呆れたように言う眼鏡君。
当然だよね。
「嘘だよ、本当はただ単に風景を見ていただけ」
それも嘘。
言っただろう? 私は嘘しか言わないんだって。
「なんでそんなとこ座っているんだよ」
「座っていた方が楽じゃないか」
嘘、まあ、楽っちゃ楽だけどさ。
嘘に若干の真実をいれるとより本当の事っぽくなるのは誰でも知っている話だ。
「危ないだろう」
「危なくないよ、だってほら私、運動神経良いし、こんな所から落ちるようなへまはしないさ」
嘘だよ、本当は運動神経ゼロだ。
「お前………死ぬ気なんじゃないだろうな?」
「何言ってんのさ、人生バラ色の私が自殺何てするわけないだろう?」
大嘘だ。
「大体自殺なんてものはね、心が弱い人がするものなんだよ、分かってるかね、君? 鋼鉄の様に強い精神と体を持つこの私がそんな事をするわけないじゃあないか」
嘘。
「たとえ私が弱くったって自殺するような理由は何も無いのだよ」
嘘。
「私の人生は最高さ、これほど幸せな奴を私は私以外に一人も見た事が無いよ!」
嘘。
全部嘘だ。
あぁ、私は結局。
死に間際まで、嘘を吐くんだなぁ………
根っからの嘘吐き人間、そんな16歳(享年)。
眼鏡君は私の事を見続けている。
その目はなんだか、よく分からない感情で染まっていた。
「………嘘、だな」
ぼそりと眼鏡君は呟いた。
「嘘、じゃないよ」
けろりと私は笑った。
「嘘だ、お前の言っている事は基本的に全部嘘だ」
「何を言っているのさ、私ほど正直な人間を私は一度も見た事ないね」
「よくもまあそんな口が利けるな、根っからの嘘吐きのくせして」
「だから嘘吐きじゃないって、正直者だよ?」
「嘘だ」
「嘘じゃない」
「嘘」
「違う」
埒が明かないね、これじゃあ平行線だ。
時計を見る、四時半ちょっと過ぎ。
「それで、お前は死ぬ気だったんだな?」
今までの会話を全部打ち切ってそんな事を言ってきた。
今から私が嘘吐きであるなんていう不名誉な言いがかりを、格好よく一蹴するつもりだったのに。
にしても、核心をついてきたなぁ。
「だからそんな事無いさ、私がそんな事をする人間に見えるかい?」
「見える」
即答だった。
私はいったいこの眼鏡君にどのように思われていたんでせうか?
「君、見る目が無いなぁ………私が死ぬわけないじゃないか」
「死ぬんだろう?」
「しつこいなぁ………もしかして私に死んで欲しいのかい?」
「死んで欲しくねーよ」
「へえ……そうなんだ」
「死ぬなよ?」
「死なないよ」
「それでも死ぬんだろ?」
「だから、死なないって」
「死ぬんだな?」
「死なないって」
「死にたいんだろ?」
「死にたくはないよ」
「死ぬ気なんだろう?」
「そんな気は無いって」
「飛び降りるつもりだったんだろう」
「飛び降りなんてするつもりないよ」
「嘘だな」
「違うよ」
「嘘だ」
「本当」
あぁ、また平行線だ。
全く、しつこいなあ………
しつこい男は嫌われるんだよ、君。
だからモテないんだ。
「本当のわけあるか、お前が言っている事は全部嘘、本当の事を滅多に言わないお前の嘘を見破るなんて簡単だ、言ってる事が全部嘘なんだからな」
「君、随分とぼろくそに言ってくれるじゃあないか。酷いなあ、この正直な事で有名な私をそんな風に言うなんて……本当に見る目が無いねぇ、君」
「お前のどこが正直者だ…………まあ、かえってただの正直者よりもわかりやすいけどな、言っている事が全部嘘ならその反対が真実だ、お前は単純な奴だよ」
「あはははははははは、私が単純だって? この私が? 私ほど単純という言葉からほど遠い人間はいないと思うけどなぁ………君、本当におかしな事言うね」
「本当の事だろう」
「違うよ、全くね」
私達の会話は何時でもこう、何時だって平行線で、何時だって空回る。
嘘しか言わない私と、それが全部嘘だと知ったうえで話し続ける彼。
それでも話しかけてくる彼の考えがよく分からない、これは本当。
「もういい、さっさと降りて来い」
こんな風に埒が明かない、と会話を彼から打ち切られるのもいつもの事。
「分かったよ」
そう言って、私は降りない。
こんなのもいつもの事だ、私の言葉は逆さまで反対で裏返しだ。
「………分かったとか言って、降りてこないのはどういう事だ?」
「嘘はついていないよ、何時かはここから降りるさ。その何時かが今では無いってだけの事だよ」
「屁理屈を………」
「ふふふ、ところで君、そろそろ帰ったらどうだい? いやあ、君と話しているのはとってもとっても楽しいんだけどさ、楽しくて仕方ないんだけどさ。君、そろそろあれだ、塾の時間だろう? 遅れない方がいい」
「塾は無い」
「あれれ? そうだったけ? 知らなかった」
嘘、知っていた。
「嘘吐け、知ってたくせに」
「本当、知らなかった」
「“嘘、知っていた”………だろう」
「……………」
思考を読まれた!?
何だってこう思っていたことを正確に当てやがったんだこの眼鏡君は。
恐いよ。
「何言ってんのさ、人生バラ色の私が自殺何てするわけないだろう?
鋼鉄の様に強い精神と体を持つこの私がそんな事をするわけないじゃあないか。
たとえ私が弱くったって自殺するような理由は何も無いのだよ。
私の人生は最高さ、これほど幸せな奴を私は私以外に一人も見た事が無いよ!
……………だったか?」
長々とそんな事を言われて、一瞬何を言っているのか分からなかったが、少し考えてそれが先ほど自分が言った言葉だと理解した。
確かにそんな感じの事を言ったような気がする。
記憶力良いな、この眼鏡君……
「ええと………何が言いたいのさ?」
「本当は
“そうだよ、人生真っ黒な私が自殺しないはずないだろう?
脆く弱い精神と体を持つこの私がそんな事して当然じゃないか。
たとえ私が強くても自殺するような理由があるのだよ。
私の人生は最悪さ、これほど不幸な奴を私は私以外に見た事が無いよ!“
…………だろう?」
「…………」
ハイ、その通りでゴザイマス…………
そう思ったけど口には出さない。
沈黙は金なり、うん、いい言葉だね。
ぐうの音も出ませんよ(本音)。
「だから、お前は死にたくてここから飛び降りるつもりだったんだろう?」
「いやいやいや、何を言っているんだね君、この私が飛び降り自殺なんてするわけないじゃあないか、はははははは」
とても爽やかな声で笑ってみせた。
………嘘、かな? 若干笑顔が引き攣っていたような……
「飛び降り自殺するわけあるんだな?」
「だから違うって言ってるやろ」
「……やろ?」
「おっと前世の方便が出てしまった」
「……それを言うなら方言だろう」
関西人風にぼけてみたが冷静に訂正された。
しかもボケ自体が全く面白くない。
何ともいえない空気になってしまった。
話題が逸れるかなーと思って言ってみたが、物凄い後悔した。
気まずい。
ああ、嫌だなあ、この空気。
本当だよ?
「まあ、冗談は置いておいて」
「お前が言い出したんだろうが」
そうなんだけどさ。
「でさ、真面目な話、天気予報では雪になるって言っていたし、本当に君そろそろ帰った方がいいよ? 風邪引いちゃうよ?」
「それはお前もだろう」
「私は大丈夫さ、今まで16年ちょっと生きてきたけど、何があっても一度も風邪をひいた事無いし、私って超健康なんだよね」
はい、嘘。
そんな人間いないと思う。
「一週間くらい前に風邪こじらせて授業中にぶっ倒れたのは誰だ?」
「え? 君だろう?」
「お前だ!!」
……………その通りでゴザイマス。
ちなみに今言われるまで、そんな事があった事は忘れていました、これ本当です。
………嘘じゃないよ?
まあ、信用無いか。
私ほど信用の無い人間ってそうそういなそうだよね………
自分でもそう思うんだから。
「…………そんな事はもうどうでもいいから、さっさと降りて来い」
「君が帰ったら降りるよ」
これは本当、ただし降りた後に私は生きていないけど。
「お前が降りたら帰る」
ありゃりゃ、大変、膠着状態に陥った。
このままじゃ埒が明かないね?
このまま粘り続けても仕方ないか。
私の事なんて別にどうだっていいけど、眼鏡君がこのままだと風邪引いちゃう、それは何か嫌だ。
嘘じゃないよ、本音だよ。
ああ、こうやっていちいち注釈付けるのいい加減面倒になって来たなあ………
もういいや、終わらせちゃえ。
「………………仕方ないなあ、分かったよ、今から降りるね」
「……………」
眼鏡君が無言で手を差し出してきた、掴め、という事なんだろう。
だけど、一応聞いてみた。
「なんだい、その手は?」
「…………掴まれ、お前どんくさいから、手を貸してやる」
「そうかい、それはありがたい、だけど一つ訂正してくれないかい? 私はどんくさくなんかない」
はい、嘘ね、私はどんくさい。
「嘘吐け、俺はお前ほどどんくさい人間を見た事が無い」
「それは流石に嘘だろう」
いや、本当にね、私よりどんくさい人間なんていっぱいいるって。
本当………だといいなあ。
「嘘じゃねーよ、いいから掴まれ、それでもう二度とこんな事するな」
「こんな事って?」
分かってて聞いてみた。
「もう二度と自殺なんかしようとするな」
そして私は最後の嘘を吐く。
人生最期の、大嘘を。
「分かったよ、もう死のうなんて考えない」
「…………嘘じゃないな?」
「嘘じゃないよ」
「本当だな?」
「本当、本当」
「信じるぞ?」
「うん」
そこまで言って、眼鏡君は私の言う事を信じたらしい。
ううん、多分信じてはいない、私が二度と自殺をしようとしないなんてこれっぽっちも思っていない。
それでもきっと、私が今この時、死ぬ事は無いという事を信じたのだろう。
だからだろうか、少しだけ、ほんの少しだけ眼鏡君の表情が穏やかになっている。
強張っていた顔が解れている。
全く、相変わらず詰めが甘いなあ、君は。
「嘘だったら承知しねーからな」
「うん、好きなだけ罵ってくれていい」
そうして私は笑いながらその手を取ろうと動いて。
そうする振りは一応しておいて。
前のめりに倒れ込んだ。
体が柵から完全に離れる。
愕然とした顔が視界に映って、消えた。
馬鹿だなあ、知っているんだろう、私が根っからの嘘吐きだって事は。
知ってたんだろう? 私の言う事は全部嘘だって。
信じちゃあ、駄目じゃないか。
騙されちゃあ、馬鹿じゃないか。
本当に、君は馬鹿だよ。
本当に、本当に。
私は君ほど愚かな人間を見た事が無いんだよ。
だから私はそんな君が××だった。
それは本当だ。
嘘だらけの私の一生の中で、それだけは確実に真実だ。
信じなくてもいいけどさ。
信じられないだろうけどさ。
信じたくもないだろうけどさ。
あぁ………
落下していく。
落ちていく。
墜ちていく。
地面が近づいていく。
遠くで叫び声が聞こえた。
怒っているような、泣いているような、啼いているような、そんな絶叫が。
聞こえて、消えた。