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クッキングサリー

作者: nisho

「げっへっへっへ! これは良いハーブだ」


 ああっ!? 大変。

 悪の組織「台所は男のもの」団が、花壇のハーブを勝手につんでいるわ?!


「くくく。料理とはもともと男のもの……! 女の味覚なんて信用できん! 男が働いて稼いだ金を、クソ不味い料理の材料に変えられてたまるか!」


 ぶちぶちと花壇のハーブがつまれていきます。可哀想に。あんなに滅茶苦茶にちぎられたらきっと痛い。ハーブちゃんたち、泣いているわ。


「くくく。次は魚だな……今日はヤマメの香草焼きだ……」

「待ちなさい!」


 あ! アレを見て。戦う乙女戦士、クッキングサリーよ!


「誰にでも料理をする権利はあるは。でもね、人の権利を踏み潰していく奴らは、その権利を自分から放棄しているようなものなのよ!」

「また邪魔しに来たなクッキングサリー!」


 男達が、現れたクッキングサリーを取り囲みます。あいつらはいつも、サリーにその悪行を潰されているので、サリーを目の敵にしているのです。自業自得なのです!


「サリー。お前は女にしては見所がある。俺達の軍門に下れば、給仕くらいにはさせてやるぞ!」

「だまらっしゃい! 美味しい料理のためには、ヤマメを取るのもザリガニを取るのも手伝うわ。でもあなたたちのしていることは単なる暴力よ! 台所から女の人をいなくして、あなたたちは一体どうしようというの! 男も女も大事なの。翼は二つ無いと飛べないのよ!」

「黙れ黙れ!」


 あっ、リーダーらしき男がサリーを殴りました! 最低です! サリーはクッキング以外のことに関してはとても非力なのです。サリーがまるでダンプカーに撥ねられたスーパーボールみたいに、壁という壁にバウンドして大地に倒れ臥しましたよ……?!


 がんばってサリー! 立ち上がってサリー! 泣かないでサリー!


「あ、すまねえ。厨房の男だってのに、牛肉をやわらかくする以外のことに拳を使っちまった」


 男が悲しい顔をして、自害しました。あの首の骨を折る鮮やかな手つきは、きっと凄腕の料理人だったに違いありません。サリーがむくりと立ち上がり。


「ふふふ、思ったとおりだわ」


 黒いわ、サリー?!

 「台所は男のもの」団の男達がざわつきます。

「ひでえ!」「サリー、なんてやつだ」「副コック長が!?」「今夜のサラダどうするんですか!」


 え? いま、変な言葉が聞こえたわ。


 なんてこと、この男は副リーダーだったのです!


「ふふふ、サリー。その程度の男を倒したぐらいで、良い気にならないでもらいたいものだな」


 人垣のむこうで、巨大な男が立ち上がりました。今まで座っていたみたい。なんででしょうか。


「あなたも私を殴るの? ふん、私は殴られるのが好きだから、ちょっとやそっとのパンチじゃ効かないわよ」

「勘違いするなサリー。俺たちは厨房人だろう。……ならば勝負のつけ方はたった一つ!」


 くわっとリーダーが目を見開きました。なんという形相でしょう。こわいわ!


「そうね……っ」


 サリーが魔法瓶を取り出します。さっとお皿を広げて、魔法瓶の中身をもりつけました。

 ああっ! ビーフシチューだわ!?


「うふふ。ただのビーフシチューじゃないのよ。お肉にはタンを使ってるの」

「タンシチューだと?」「そんな! ただの女子高生が……」「しかもこの香りは……百パーセント手作り!?」


 ざわめく男達。ざまあみろです! サリーは最強のコックさんなのよ!


「うふふ、料理は愛よ。さあ、食べて御覧なさい」


 リーダーがフォークを丁寧に使って、ビーフシチューを食べます。一口一口を。いいえ、一噛み一噛みを大事に味わい、目を瞑り、鼻腔の香り、歯の食感、あわ立つ肌、刺激される第六感。全てを総動員して料理を味わっています。「いまから舌を噛むからやさしくして」と、そんな感じです。


「ふむ」


 五口ほど味わってから、リーダーが不満そうに鼻息を漏らしました。


「少し塩気が足りないな」

「なんですって?!」

「やはり、女の味覚などこの程度。おい、アレをもってこい」


 リーダーの男が手を上げます。出されたのは白い、シーフードシチュー!?


「これを食べてみろ」


 サリーがごくりとのどを鳴らして、

「い、いやよ。そんなの不味いに決まっているわ」

 と、後ずさりしました。


 その気持ちも分かります。シチューは完璧すぎて、身もよだつほど完璧すぎるのです。

 シチューの見た目が白銀ならば、その匂いは黄金でした。おいしそうに浮かぶニンジン、ブロッコリー、ジャガイモ、タマネギ。ああ……なんてことでしょう。


「食わせろ」


 リーダーが指図すると、サリーを後ろから数人の男達が捕まえます。前から一人の男が、木のスプーンでシチューをすくい、サリーの口に入れました。


「ああ……っ!?」


 サリーの口から溜息が漏れます。赤くてかわいい唇が割れ、充血した真っ赤な舌がスプーンについたシチューを隅々まで舐めとります。木のスプーンがすっかり舐め取られると、サリーは口の中全体でシチューを味わっているようでした。しかし誰もが知っているように、美味しいものほど、喉を速く通り過ぎてしまうものなのです!!


「そんなっ、こんなの、ちっとも美味しく……」


 口では強がるサリーでしたが、その視線はシチューのさらに釘付けでした。


「素晴らしいだろう。小麦粉は最高のものを使用している。牛乳も取れたてのものだ。牛のどの部分が一番素晴らしいか。ミノでもタンでもない。ミルクだ」

「そんなっそんなっ、認められない!!」


 息を粗くして、髪を振り乱して、サリーが首を振ります。でも、そんな抵抗も、男の一人が皿をサリーの目の前に持ってくるまででした。後ろから腕も体も拘束されたサリーは、精一杯力を入れて上体を前に突き出すと、シチューを犬食いで食べ始めたのです。


「ああっ。美味しい?! 何でこんな……ああっ?! もぐもぐ!」

「ホタテは天然モノ、もちろん野菜はすべて無農薬だ。ジャガイモには形の崩れにくいメイクイーンをつかってある」

「すごい……こんなシチューがあったなんて……」

「調味料にもこだわっている。塩一粒、胡椒一粒の狂いが、シチューをダメにしてしまう。わかるか?」


 お皿の中のシチューが無くなってしまったのでしょう。サリーが顔を上げました。直接顔につけて食べたのに、口の周りはまったく汚れていません。長いまつげの先に少しだけ白いシチューがくっついていましたが、それにしてもしかし、あんな食べ方なのに汚れないというのはサリーという少女の尋常でなさを如実にあらわしているようでした。でも……今回の敵は強敵すぎる!!


「まだおかわりはあるぞ?」

「お願い! 頂戴?!」

「分かっているじゃないか。どうだ? 男が女よりも優れていると認めたか?」

「そっ、それは……」


 まだサリーには理性が残っていたようです! 言い淀むサリーに、リーダーはにんまりと笑いかけました。


「まだシチューが足りないようだな」


 男達が列に並び、サリーの前にシチューの皿を持ってきます。

「ああ止まらない……もうおなか一杯なのに……」

「ふふ、やまない雨はない。だが食べ終わらない料理はある」

 リーダーは自己陶酔に陥っているようでした。


 そのとき、ざわざわとサリーを取り囲む男達がざわめきました。


 あっ、見てください! サリーが! うずくまってシチューを食べていたサリーが、シチューの皿を投げ捨てて立ち上がりました。まだ中にシチューが入っているのに!


 リーダーの男もその光景を見たのでしょう。驚いたように目を剥きます。


「なんだと!? 何故だ!」

「やまない雨は、ないってことよッ」


 サリーが手元のシチューを周りの男達に投げつけます。

「熱いッ」「この女、バカか!」「新調のコック服なのにっ」「世界には食べたくても食べられない子が……うわああーー!」

 男達がサリーの周りから離れました。


「なぜだ! なぜ食べるのを止められる?!」


 リーダーはまだ分かってないようです。


「ふん、こんなことも分からないで料理長気取り?」


 びしぃ!っとサリーがリーダーを指差します。


「どんなに美味しい料理も、ずっと同じ料理ならそのうち飽きるのよ!!」

「な、ん、だ、と……」

「それにね、食べて御覧なさい」


 サリーが持参したビーフシチューをリーダーの前に持って行きました。意気消沈したリーダーは言われるままにビーフシチューを一口食べます。


「……?! おかしい! このビーフシチューは塩が薄かったはずだ?! だがそれが今は……ちょうど良い美味しさ!? どういうことだ?!」


「ふふ……分からない? 冷めたのよ?」


 冷めた?


「冷めると、物の味はより濃く感じられる。ここみたいな屋外で食べる料理の場合、すぐに料理が冷めてしまうことを考えて、少し薄めの味にしておくとちょうど良いのよ。ただし、運動部のカレは、疲れていて濃い物を体が要求しているから、わざと普通より濃い味付けにする」


 サリーが得意げに話しました。


「わかる? 料理って言うのは完璧に作れるとかが問題じゃないの。いつも同じ味が食べたいのならば、レストランに行って既成の料理を食べれば良いわ。そっちの方が美味しいもの。手作りってのはね、味が濃かったり薄かったり、人によって味をかえたり、日によって味を変えたり、気分によって味が変わるの。だから、飽きない」


「何てことだ……」


 リーダーが膝をつきました。


「俺達の負けだ……」


 サリーがリーダーの肩を叩きました。

「立って。あなたのシチューも素晴らしかった。あなたがどんなヤマメの香草焼きを作るのか、楽しみになっちゃった」

「サリー……俺にまだ、料理を続けて良いというのか」

「当たり前じゃない。私は言ったわ。どんな人間にも、料理を作る権利があるって」


 ああ、素晴らしき友情が芽生えたようです。リーダーとサリーががっしりと肩を組み合いました。


 シチューは美味しい料理です。一つの鍋に入ったシチューは、テーブルのみんなに分けられます。分け合った料理をみんなで食べるということはどんなに素晴らしいことでしょう。


 ありがとうサリー。君は私達に、大切なことを教えてくれました。


 食べると言うこと。それは生きると言うこと。愛するということ。

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