Sister
「おつかれー」
「お疲れさまです」
梅雨もそろそろ終わるであろう六月二十日の夜、ファミレス「はーとすとーん」で先輩やバイト仲間に挨拶をした一宮和真はファミレスを出ようと自動ドアの前に立った、そこでふと向こう側で一人良く見知った人影が映っていることに気づいた。
「結衣か?」
和真は少女の顔を覗く、赤毛のツーサイドアップに赤い瞳の彼女は弘前結衣と言って和真が住む孤児院「愛の鳥学園」に同じく住む女の子。
彼女は和真の自称妹として昔から和真のことを慕っている、その結衣が振り向きざまに笑顔を和真に向けた。
「兄さん、お疲れさま」
「どうしたんだ? こんな時間までいると姉さんに怒られるぞ?」
「あ、そんなこと言っちゃうんだ」
「なんだよ……」
結衣はジッと和真を見据えている、和真は不信に思いながらも結衣を見つめ返す。
「はい、これ」
「あ……」
結衣が手に持つ二つの傘の一つを和真に差し出した、和真は外を見ると雨が降り始めていたことに気づいた。
「――はぁ、雨か……まっ梅雨だしな」
「ありがたく思ってよね、わざわざ兄さんに届けるために来てあげたんだから」
「はいはい、ありがとさん」
和真は傘を受け取ると傘を広げて歩を進める。
「兄さん」
「なんだ?」
結衣が神妙な面持ちで口を開く。
「今日は命日だね……」
「あぁ、そうだな」
二人はうつむきながら歩道を歩く中で沈黙と言う名の空気が二人の間を包み込んだ。
「もう終わったことだ、今更俺たちが悩んで落ち込んでもあいつは帰ってこない」
「そうだね、ごめん……変なこと言っちゃって」
「いや、いいんだ」
和真は無理に笑顔を作ろうとしている結衣の頭にポンッと手を載せて撫でてやると結衣は目を細めて安心したような表情になる。
「早く帰って姉さんを安心させなきゃな」
「うん」
「それにしてもさー、俺の店の店長ちょっとあっちの気があるんじゃないかって思うんだよな」
「あっちって?」
突然会話内容を変えて和真は結衣に話しかける、これは結衣自身があまり思いつめることを和真は極端に気にしていた――
そう、これは和真なりに気を使ったのである。
「ほら、あれだよあれ」
「あれって?」
「同性愛って言うかさー、オカマって言うかさー」
「あー、わかる気がするけどあんまりそう言うこと言っちゃダメだよ」
「だってさ本当のことだから仕方がないだろ?」
「兄さんがバイトするって言った時にバイト先の店で姉さんが必死に頼んでくれたんだからそれを無下にしちゃだめだよ」
「わかってるけどさ」
結衣は和真をたしなめるように釘をさす。
しばらく歩くと丘の麓にたどり着く、この丘の上に小さな建物が建っているのが見えた。
そう、あそこが俺たちの住む孤児院の愛の鳥学園だ。
「さぁ、行こうか」
「うん」
和真と結衣は手を繋ぎながら丘を登って行った。
「ただいまー」
「おかえいー! おにー、おねー!」
愛の鳥学園の門をくぐり玄関を開けると元気良く和真たちを出迎えるこの子は那居莉子と言って年は和真よりもだいぶ離れた四歳の女の子だ。
「莉子、ただいま」
「ねーねー、おにーお土産は?」
「おぅ、お土産はこれだ」
和真は手に持った鞄を開けて小さなクマのヌイグルミを出す。
「わー! クマさんらー! あいがとー♪」
莉子はとても笑顔で喜んでいる、莉子は今年保育園にあがったばかりだが可愛いものならなんでも好きなとても可愛らしいやつだ。
そして和真は毎回莉子の喜ぶ顔を見るためにこうしてバイトで貰ってくるヌイグルミなどを持って帰ってくるのだ。
「和真? おかえり、バイトどうだった?」
「あ、うん。
まぁ、ぼちぼちかな」
「そう、それなら良かったわ」
奥から栗色の腰まで伸びたストレートロングヘアに肌がとても白く気立てのよさそうな女性が姿を見せる、この人が和真たちの保護者とも言うべき人で白河月子、俺たちの間ではお姉さんと呼んでいる。
「俺ちょっと着替えて来るから晩御飯温めておいてくれる?」
「えぇ、わかったわ。
それじゃあ、着替え終わったらキッチンへ来てね」
「うん」
和真は返事をすると颯爽と二階へと階段を上っていく。
「うりゃー!てめぇか! 人のしっししっ下着パクッたやつは!!」
「ぐぬぉおおお!」
大声とともに部屋の前で一人の男が女の子に思いっきり蹴られて扉の向かいの壁に体を打ち付けて悶絶している。
「いいか! 今度またやってみろ、タダじゃおかねぇからな!」
「は……はひ……」
「またやってんのかよ……」
呆れ気味に和真は鞄を置いて男のもとへと歩み寄り抱き起こす。
「飽きねーな、お前も」
「よっよう、和真。
バイト終わったのか?」
「終わったからいるんじゃねぇか、それよりも懲りずによくやるな司も」
「兄貴! 帰ってきてんだったら早くこいつなんとかしろよ! 毎回毎回こいつだけは……」
「あぁ、わかったから落ち着けよ姫亜」
和真は古くからの友人である上野司と反抗期真っ盛りの自称妹の一人である犬神姫亜の間を取り持つ。
「とりあえず着替えてくるからさ、少しは静かにしろな」
和真は少しきつめに言うと自分の部屋に戻って行った。
姫亜は和真がまだ幼い頃にこの学園の前に捨てられていたと言う経緯をもった子だ。
まだまだ乳飲み子だった姫亜の入ったかごの中には紙切れに「犬神姫亜」と書かれた紙切れが一枚入っていただけ、あまりにも不憫に思った学園長もとい姉さんが引き取ったのだ。
今ではすっかり反抗期に入って憎たらしいやつになってしまった、髪もセミロングなだけマシだがすっかり男勝りな性格になっている。
(あの頃はまだ可愛げもあったのにな……それが反抗期に入ってからは……)
なんてことを考えながらも和真は制服を脱ぎ私服に着替える、すると――
コンコンっと和真の部屋の扉を誰かがノックをする。
「どうぞ」
「兄さん入るね」
扉が静かに開けられて入ってきたのは結衣だ、お風呂にも入ってきたのかほのかに柚子の香りがしている。
「結衣か、どうした?」
「うん、姉さんがご飯温まったから来なさいって」
「そうか、わかった。
ありがとう」
和真は携帯をポケットに入れると結衣と一緒に階段を降りようとすると――
「和真……」
そっと部屋の扉が開いたかと思えば銀色のくせのついたウェーブロングヘアの髪に蒼い瞳、どこか洋風の人形ようないでたちの少女が扉からひょこっと出した。
「アデルか、どうした?」
「う……うん、ちょ……っと」
彼女はバルシュミーデ・アーデルハイド愛着を込めてアデルと呼んでいるドイツ人だ、理由は和真自身も聞かされておらず何かと謎めいた少女だ。
彼女もまたこの学園へ来てもう五年も経つ、日本語もやっと話せるようになりみんなともコミュニケーションが取れてきたが人見知りが激しく学園内の人にしかあまり心を開かないのが最近の和真と姉さんの悩みだ。
「なんでよおおおお! どおおおしてえええ!?」
「おーい! 和真早く来てくれえええ!」
っと突然姉さんの声が一階から聞こえて騒がしくなり始めた、和真はまさかなとは思いながらもアデルに顔を向ける。
そして彼女もまた目は涙でうるうるとさせていて今にも泣き出しそうな表情をしている。
「少し待ってな、先にご飯食べてくるからさ」
「う……ん、わか……った」
「それじゃあ、また後でな。
行くぞ結衣」
「あ、うん……じゃあまたね」
和真と結衣は手を振りアデルもまた和真と結衣に手を振った、和真は結衣とともに階段を降りていった。
そう、一回では悲惨な状況に陥っていることも知らずに――
「かーずーまー!」
「姉さんいったいなにを――ってうぉ!!」
階段を降りてキッチンへと入るなり和真は驚きの声をあげる、いきなり姉さんこと白河月子が和真に抱きついてきたのである。
彼女は俺たちの母代わりであり姉代わりでもある人でいつも俺たちのことを気に掛けてくれている。
だがなぜか男運がないらしく恋愛をまともにしたことがないときていた……なんと言うかとても残念な人。
「どうしたんだよ、姉さん」
「ちょっと聞いてよ! また彼にフラれたのぉ!」
「またって……姉さん……」
「和真……あとは頼んだ……ぞ……」
っと司がバタリと床に倒れこんだ、どうやら羽交い絞めにされたようだ。
「――はぁ」
「兄さん、どうする?」
「どうするって聞かれてもな……姉さんがこうなったら手の負えないんだけど」
「ですよねー……」
「ねぇ、かずまぁ~、姉さんってやっぱり恋をしないほうがいいのかしら~」
(いやぁ……俺に聞かれても……)
「そっそんなことないって。
お姉ちゃん、ちょっとしっかりしてよぉ」
「結衣ちゃんは優しいのねぇ」
結衣のフォローに目に涙を浮かべて感激する姉さん、どっちが姉かわかったもんじゃないと言いそうになるがここは我慢する和真。
「ちょっとうるさい! 少しは静かにするってことができないのか!」
二階から姫亜が降りてくるなり物凄い血相を変えて怒鳴り込んでくる。
「うわっ! お酒臭さっ! 姉貴また飲んでるのかよ」
「うぇ~ん……姫ちゃ~ん……あたしって……あたしってぇ~」
「あぁもう! わかったからちょっと結衣姉! お水!」
「あ、うん」
結衣は水をコップに注いですぐに姫亜に手渡すと姉さんの口にコップをつけてゆっくりと飲ませた。
「姉貴はお酒に弱いんだからさぁ……」
「兄さん、お姉ちゃんを部屋まで運ぶから手伝ってくれる?」
「あぁ、わかった。
とりあえず後片付けはお前らに任せるからな」
和真は結衣と二人で姉さんを抱き起こして両側から支えるように階段を上って行った。
「………ってなんであたし一人だけ片付けなきゃなんないんだよ!」
「俺がいるからさ、一緒にやろうぜ?」
「うっさい! 言い回しがエロいんだよ! このバカ野郎!」
「ひでぶっ!」
一階にいる残された姫亜と司の夫婦漫才のような駆け引きが二階まで聞こえてきていた。
そして二階の姉さんの部屋では――
「スー……スー……あ、かず……まぁ~」
「やっと寝たな、まったく姉さんときたら」
「ふふ、そうね。
そろそろ私たちも出よっか」
姉さんがやっと寝て一安心する和真と結衣はそっと部屋を出て二人顔を見合わせるとなぜか笑いがこぼれた。
「ははは、姉さんにも困ったものだな」
「ふふ、そうだね。
お酒に弱いくせに飲むんだもの」
「まぁ……今に始まったことじゃないしな。
俺としては早く姉さんには姉さんの幸せをと思っているんだが」
「私たちがしっかりしないと」
「そうだな」
和真と結衣は苦笑いをしながらも一階へと降りる、するとキッチンはすでに綺麗に掃除されておりダイニングデスクにへばりつくように姫亜と司がぐったりとしていた。
「お疲れさま、私なんか作るからちょっと待っててね」
「おー……ありがとー」
「結衣姉……あたしはもう寝るわ」
「姫亜、ありがとうな」
姫亜は手をひらひらと振りながらふらふらと階段を上って行く。
「結衣」
「ん? なに?」
「後でさ、未来の部屋に行くんだけど一緒に行こうか」
「……そうだね、今日は命日だもんね」
「…………」
和真たちの間に再び沈黙が流れる、司もまた黙り込んでしまう。
「司、買ってきてくれたか?」
「あ、あぁ……もちろんさ」
「すまないな、頼んでしまって」
「いや、バイトだったし仕方がないさ」
「じゃあ、私は先に行って花を取り替えておくね」
「あぁ、頼む。
司、今日はもう遅いし泊まっていけよ」
「すまないな」
和真は頭の中でずっと未来と言う名の少女のことばかりが頭に過ぎった。
俺たちは静かに椅子から立ち上がると階段を上り廊下の隅にある一部屋へ足を運んだ。
そして扉を静かに開けると仏壇の前には既に結衣が正座で座っていた。
「兄さん」
「…………」
和真は結衣の隣に座ると線香を一本手に取り火をつけて消すと線香のいい香りが部屋に漂い始める。
「未来、俺たちはこの通り元気に毎日を過ごしているぞ。
まぁ……お前がいなくなってから少しの間ぎこちない毎日だったが今じゃもうみんな普段通りさ」
和真たちは目を閉じ手を合わせて合掌する。
「なんにも心配いらないから未来はゆっくり眠ってね、私たちは未来のこと絶対に忘れないから」
「未来ちゃん……」
「あの頃はさ、司とよくケンカしたよな」
「そうだったか?」
「してたよ、二人ともすごい剣幕だったもの」
「したさ、お前が未来を殺したとかさ」
「そーそー」
「えぇえええ? そうだったかー?」
司が思い出そうとする素振りをするが和真はそれがとぼけているのか本当に忘れたのかは判断しづらかったようだ、肩をすくめて結衣の顔を見ると結衣も同じく肩をすくめた。
しばらくして合掌し終えると俺たちはゆっくり立ち上がり電気を消して部屋をあとにした。
「兄さん……」
「ん? あぁ、俺は平気だよ」
和真は結衣に微笑むと結衣もまた笑顔になった。
「そろそろ寝ようか」
「そうだな」
「うん、じゃあ私は先に部屋に戻るね」
「おやすみ」
「おやすみなさい、兄さん、司」
「おう、おやすみー」
俺たちはそれぞれ部屋に戻った。
(いろんなことがあったな、明日からはまたがんばろう。 なぁ……未来)
和真も自身の部屋に戻るとバイトの疲れもあったせいかすぐに深い眠りについた。
みなさんこんばんは、折紙鶴と申します。
さてさて、「Secret Sister Complex」を読んで頂いて本当にありがとうございます。
今作はシリアスとコミカルの要素を五分五分の割合で書き上げましたので楽しんで頂ければと思います。
そして今回の小説のタイトルは妹たちの複雑な秘密と言うことでですね、主人公の和真を中心に彼を取り巻く妹たちに対していろんな出来事がおこります。
あまり言うとネタばれになるので気になる方は次回作を待て!ってことで楽しみにして頂ければ幸いです。
それでは次回の更新に会いましょう。




