毒杯か王太子の側妃かと迫られた公爵令嬢、王位を狙う男と結婚しました。
フェランディア・ソルデ公爵令嬢は、テーブルの上に置かれた杯を見つめていた。
毒々しい紫色をした液体が銀の杯に並々と注がれている。
銀の杯に刻まれているのは王家の紋章。
父ソルデ公爵は、青い顔をして杯をテーブルに置いた使者を見つめていた。
使者の男は顔色を変えることなく、淡々と、
「国王陛下のご命令にて毒杯をお持ちしました。王太子殿下に婚約破棄されたソルデ公爵令嬢。ご令嬢はあまりにも王家の秘密を知り過ぎた。ですから、毒を飲んで命を絶てと国王陛下がおっしゃっておいでです」
ソルデ公爵は、使者に向かって、
「あまりにも勝手ではないのか?婚約破棄はアデル王太子殿下が、浮気をした男爵家の令嬢と婚姻したいが為に婚約破棄をしたのだろう。それも、娘に冤罪をなすりつけて。娘に死ねと?娘に何の罪はない」
使者は淡々と、
「しかし、婚約破棄をされたのですから。アデル王太子殿下は、マリーア・ミール男爵令嬢を新たな婚約者に選ばれました。毒杯が嫌ならば、側妃としてアデル王太子殿下に尽くせと国王陛下は申しております」
ソルデ公爵は怒った。
「我が公爵家に対する何たる侮辱」
使者は毒杯をちらりと見てから、フェランディアに向かって、
「さぁ、如何致します?毒杯を賜りますか。それともアデル王太子殿下の側妃になりますか?」
フェランディアはあっさりと、
「死ぬのは嫌です。アデル王太子殿下に許しを請い、側妃になりますわ」
ソルデ公爵はフェランディアに向かって、
「お前には我がソルデ公爵家の娘として誇りがないのか?」
「誇りも死んでしまったら、どうしようもありませんわ」
フェランディアは、はっきりと使者に向かって、
「毒杯は片付けて下さいませ。国王陛下と王妃殿下の望む日にわたくし王宮に参ります。
アデル王太子殿下の側妃の件、承りましたわ」
使者の男は、それはもう美しい自分の銀髪を掻き上げて、
「ひとつ、私から提案があるのですが、聞いて頂けますか」
「なんでしょう。提案とは」
「私と婚約を結ぶ道もございます」
ソルデ公爵は使者の顔を見て、
「宰相子息、ジークハルト・アウグスト公爵令息でしたな」
フェランディアもこの男の事を知っている。
やり手のアウグスト宰相の嫡男ジークハルト・アウグスト。
氷の月と言われている研ぎ澄まされた美しさを持つ男だ。
フェランディアはジークハルトに、
「わたくしとの婚約を?それによりわたくしは毒杯を免れると?」
「国王陛下を説得します。マリーア嬢の為に働きたいと。その上で私と婚約を結びたいと。国王陛下は説得を飲むでしょう」
「説得を飲むかしら」
「説得を飲まざるを得ない、隠し玉がもう一つあります。アデル王太子殿下に子種がない。私の叔父が宮殿の侍医をしておりますから、確実な情報です。そしてその事をまだ国王陛下に報告しておりませんし、アデル王太子殿下は知りません。そして、私は国王陛下の甥にあたります」
フェランディアとソルデ公爵に声を潜めて、ジークハルトは囁いた。
「王族の血を引いた子を私との間に作り、アデル王太子殿下に転がり込んでくる王位を奪い取りませんか?フェランディアは毒杯を賜った。悔しいでしょう。我が公爵家と組んで、アデル王太子殿下を追い落としましょう」
ソルデ公爵は頷いて、
「私はジークハルト殿の誘いに乗ろうと思う。我が娘に毒杯?側妃?馬鹿にしている」
フェランディアも扇を手に微笑んで、
「そうですわね。わたくしは毒杯を賜るところでしたわ。そして側妃?許せませんわね。いいでしょう。ジークハルト様。わたくしと婚約を結んで下さいませ」
「有難うございます。フェランディア。では、明日、国王陛下にこの事をご報告致しましょうか」
翌日、フェランディアとソルデ公爵は、ジークハルトを伴って、
国王陛下と王妃殿下、アデル王太子殿下と広間で面会した。
ジークハルトは、
「国王陛下にお願いがあって参りました。フェランディアと私との婚約をお許し願いたい。フェランディアはアデル王太子殿下と婚約を結んだマリーアの力になりたいと申しております。王家の為に力を尽くしたいと」
フェランディアは国王に向かって、
「わたくしは、王立学園でマリーア嬢を虐めてはおりません。婚約破棄をされ、王太子殿下においてはマリーア嬢と婚約を結んだとの事。わたくしは王家から教わった秘密を外に漏らす事は致しません。王家の為にマリーア嬢の力になりたいと思っております。ジークハルト様と婚約を結ぶことをお許し下さい」
アデル王太子は、
「お前は私の側妃になって、愛されずに泣きながら、マリーアの為に仕事をするのではなかったのか?それか不敬の罪で毒杯のはずだ」
ジークハルトは、
「名門公爵家の娘を、冤罪で毒杯?それはあまりにも酷い話ですな」
国王が慌てて、
「冤罪で毒杯ではない。王家の秘密を知り過ぎた娘を生かしてはおけぬ。だからジークハルトに毒杯を命じた。側妃として王家に仕えるなら死を許すと……しかし、ジークハルト。そなたの妻に?」
「我が父、アウグスト宰相は王国の為に尽くしております。私の母は国王陛下の妹、私が責任を持って、妻になるフェランディアを監視致します」
ソルデ公爵も頷いて、
「我が公爵家としましても、アウグスト公爵家と縁を結ぶ事に異議はありません」
国王は仕方が無いという顔で、
「この婚約、認めよう。ジークハルト。お前が望むなら仕方ない」
「有難うございます」
ジークハルトが頭を下げた。
フェランディアもカーテシーをする。
馬車で王宮から公爵家に戻る中、
ジークハルトが、
「まだ国王陛下にアデル王太子殿下が子種がない事を報告する必要はない。叔父にも口止めしている」
ソルデ公爵が、
「それならば、マリーアとかいう小娘と婚姻した後……子が出来ないその頃に、我が娘を愚弄した罪、思い知らせてやりましょうか」
馬車が屋敷に到着した。
帰る前にジークハルトと共に公爵家の庭を散歩することにした。
彼の事を良く知らない。
フェランディアは、
「わたくしは助かりましたわ。毒杯も側妃も嫌でしたから」
ジークハルトは月に照らされた氷の月と言われている美しい顔で微笑んで、
「私はずっとあの男に貴方はもったいないと思っていたのだ。婚約者も探さず、ひたすら時を待った。こうして手に入れられた」
彼に抱き締められた。
フェランディアは胸がどきりとした。
こんなに力強く男性に抱き締められた事は無かったからだ。
ジークハルトは耳元で熱く囁いた。
「あの男を地獄の底へ突き落としてやろうか。貴方を馬鹿にしたあの男を。そしてあの女を」
「え、ええ。楽しみにしておりますわ」
顔が赤くなっていないだろうか。
夜で良かった。
でも、庭に灯された灯りの中で、美しい銀髪と端正なジークハルトの顔だけが、やけに印象に残った。
アデル王太子とマリーアは豪勢な結婚式を挙げた。
国中が二人の結婚を祝福した。
ほぼ、同時期にジークハルトとフェランディアも結婚した。
教会の式に付き合いのある高位貴族達を招き、式の後、披露の豪華なパーティをアウグスト公爵家で行った。
アウグスト宰相は、この時とばかり、ジークハルトとフェランディアを伴い、貴族達に挨拶をする。
ソルデ公爵もこの時とばかり、交流を広めた。
そう、いずれ、王位を奪い取る為に‥‥‥
高位貴族達に更に顔を広めておくことは重要なのだ。
皆、アデル王太子の出来の悪さには眉を顰めていた。
彼は一人息子で、国王陛下もアウグスト公爵家に嫁いだ妹がいるが、他に兄弟はいない。
だから、アデル王太子が王位継承権第一位、ジークハルトの母が第二位であった。
ジークハルトの母オーデリアも、それはもう、華やかな笑顔で夫アウグスト宰相に負けぬ社交家。色々な夫人達に挨拶をして。
フェランディアは思った。
この人たちは着々と王位を狙っているんだわ。
披露パーティが終わって、初夜を行う為に夫婦の寝室でフェランディアはジークハルトが来るのを待った。
美しい花柄の薄い夜着を着て、長い金の髪を肩まで垂らす。
綺麗に見えるかしら。ジークハルト様が満足するかしら…
部屋に入って来たジークハルト。
ベッドに座り、二人は話をした。
ジークハルトはフェランディアの金の髪を指先で撫でながら、
「私は貴方の事をずっと見ていた。アデルにはもったいない。ずっと思っていた。こうして想いが叶って嬉しい」
そして抱き締められて、
「毒杯かアデルの側妃かと言う命を聞いた時、国王陛下に殺意さえ覚えた。だから、私が使者役を買ってでて、貴方に婚約を申し込んだ。ああ、愛している。どうかこの腕からいなくならないで欲しい」
フェランディアはジークハルトの顔を正面から見つめて、
「いなくなりませんわ。わたくしは貴方の傍にずっといます。ずっと」
「愛しているよ。愛してる。愛しているっ」
ジークハルトは呪文のように唱えながら、フェランディアの事をベッドに押し倒した。
「大丈夫。わたくしは貴方の傍にずっといるわ。だから貴方もわたくしの傍にずっといてね」
そう優しく、ジークハルトの耳元で囁いたら、夫となった彼は嬉しそうに微笑んでくれて。
その笑顔がとても素敵だとフェランディアは思った。
我儘のマリーア王太子妃は本当に大変で。
フェランディアが傍にいて、マリーア王太子妃のフォローをする日々。
「本当にマナーとか難しくて良く解らないわ」
マリーア王太子妃はそう言って、いつも不機嫌で。
それをフォローするのが大変だ。
しかし、二月後、子が出来た。
だから、マリーアの傍で仕事が出来なくなった。
国王陛下は、
「子が出来たのなら仕方が無い」
そう言って、屋敷でゆっくり過ごす事を許可された。
アデル王太子が、マリーア王太子妃を連れて、とある日、屋敷を訪ねて来た。
夫であるジークハルトは留守だった。
アデル王太子はフェランディアに向かって、
「子が出来たくらいで、マリーアを助けないとは。お前はマリーアにした事を償うためにも、マリーアを助けて働く義務がある」
フェランディアはわずかに膨らんだお腹を撫でながら、
「わたくしはアウグスト公爵家の子を産む為に、屋敷に籠る事を許されております。国王陛下に。ですから、王宮には参りません」
マリーア王太子妃が、
「私が困っているのよ。私がっ。王宮に来なさいよ」
そこへ、アウグスト公爵夫人オーデリアが優雅に部屋に入って来て、
「アデル。何です。我が公爵家の嫁に王宮に出て来いと?お腹の子に何かあったらどうするのですっ」
アデル王太子はこの怖い叔母を苦手としているらしく、
「しかし、叔母上。マリーアが困っているのです」
「マリーアがしっかりと勉学に励んでこなかったからでしょう。さっさと王宮に帰りなさい。これ以上、居座ったら兄上に言いつけます」
アデル王太子はマリーア王太子妃を連れてすごすごと帰って行った。
フェランディアはアウグスト公爵夫人に、
「助けて頂き有難うございます」
「当然だわ。我が公爵家の大事な子がお腹にいるのですから。身体を冷やしてはいけないわ。さぁ部屋に戻って温かくして頂戴」
「有難うございます」
アウグスト公爵夫妻はとてもフェランディアの事を気遣ってくれる。
父ソルデ公爵も時々訪ねて来て、
「順調に腹の子が育っていてよかった。身体を大事にするがいい」
「お父様。有難うございます」
父と娘、肉親はこの二人だ。
親戚から養子を取って、ソルデ公爵家は継ぐ事になっている。
王太子殿下の婚約者にならなければ、ソルデ公爵家を継いでいた。
ジークハルトと結婚することもなかっただろう。
不思議な縁である。
翌年、男の子が生まれた。
アウグスト公爵夫妻もジークハルトも大喜びで、
ジークハルトはベッドで寝ているフェランディアの手を握り締め、
「無事に生まれて良かった。よく頑張ってくれた」
額にキスをしてくれた。
嬉しかった。無事に男の子が生まれた。
その頃、マリーア王太子妃もお腹に子が出来た。
ジークハルトが息子を抱くフェランディアに、
「子が出来るはずがない。ソルデ公爵がマリーア王太子妃に男を近づけると言っていた。王宮で侍医をしている叔父によって国王陛下に爆弾を投げつける事にするか」
アデル王太子殿下の子ではない。
マリーア王太子妃が不貞をして出来た王家の血を引かない子。
それから一月後、子をあやしていたら、アデル王太子がいきなり訪問してきた。
フェランディアが客間で応対すると、アデル王太子は叫んだ。
「私に子種が無いって父上から言われた。マリーアが不貞をしていたと。お前か?お前が仕組んだことか?マリーアの不貞は?」
「知りませんわ。わたくしは何も」
「私はマリーアに裏切られた。あの女は牢に入れた。王家を裏切った女。相手の男は誰だか全く解らない。私を裏切ったマリーアに父上は毒杯をと。あああ、お前の子は王家の血を引いているんだったな。どうだ?ジークハルトと離縁して私の妻になれ。その子を引き取ってやる。そうすれば、王家は安泰だ」
「何を言っているのです。わたくしの夫はジークハルト様。離縁なんて致しませんわ」
「お前は私を愛していたはずだ。だから、マリーアに嫉妬をして害を与えていた。当時は頭に来たから婚約破棄をしたが……私はお前を再び愛してやると言っているんだ」
「ですから、お断り致します。貴方と婚姻するなんて絶対に嫌ですわ」
何て酷い事を言うのだろう。
自分にはジークハルトという夫がいると言うのに。
ジークハルトが部屋に慌てて飛び込んできて、
「困りますな。王太子殿下。我が妻を誘惑して。国王陛下から正式に、王位継承権、我が息子が第四位だと。第三位は私ですね。いずれは我がアウグスト公爵家に王位が回って来るという事になりますね。なんせ、貴方には子種が無いのですから」
アデル王太子は頭を抱えて、
「ああああっ。私は私には子種がないーーーっ。王位がアウグスト公爵家にっ。マリーアが毒杯っ」
錯乱したアデル王太子は、迎えに来た近衛騎士達に連れられて行った。
アデル王太子は後に離宮へ送られた。
錯乱してとてもではないが、正常な状態に戻らなかったからだ。
アデル王太子は金髪美男だったが、
「錯乱した屑はつまらないよな」
「確かに正義の教育を施してもなんだかな」
「触手も萎える」
「高位な男が泣き叫ばないとつまらないからな」
と屑の金髪美男が好きな変…辺境騎士団も攫いにこなかった。
マリーア元王太子妃は不貞を犯したとかで、牢に入れられた末、毒杯を賜った。
「こんなはずじゃなかったっ。嫌よ。死にたくないっ」
牢の中で、死ぬ前に叫んで、毒杯を嫌がったので、無理矢理飲まされて亡くなった。
いずれ国王陛下が亡くなれば、次はジークハルトの母で王妹のオーデリアに王位が。
でも、オーデリアは、
「わたくしは女王になんてなりたくないわ。ジークハルト。貴方が次期国王になりなさい」
アウグスト公爵は、
「私は宰相の仕事と、領地の仕事とまだまだ現役で頑張れる。お前達、子をもっと産みなさい。王家と公爵家と両方継げるように」
と言われた。
次期国王になるジークハルト。
次期王妃になるフェランディア。
以前受けた王太子妃教育は大変だった。
まさかこんな形で役に立つようになるとは思わなかった。
これから先、忙しい日々になるだろう。
でも、愛する夫と子供となら、きっと乗り越えられる。
愛しいジークハルトと共に、ベッドでスヤスヤ眠る息子を見ながら過ごす夜に、幸せを感じるフェランディアであった。




