二十話 妹さんは今日もイライラ・後編(ブラコン注意!)
次の朝も兄貴の奴は二度寝。
私は兄貴の部屋に入るとベッド脇に立った。
兄貴はぽかんと口を半開きにして眠りこけている。
バカ丸出しの顔。
私は膝立ちになるとそっと前屈みになった。
兄貴の顔が近付いてくる。
唇と唇が迫り合う。
「兄貴……起きないとキスしちゃうぞ……」
「へぇっ!」
「ぎゃっ!」
「ぐぁっ!」
「くぅぅぅぅ……」
こめかみの辺りを押さえてベッド脇にうずくまる私。
兄貴もベッドの上でおでこを押さえている。
「何するんだよ、兄貴!」
「それはこっちの台詞だ! なんて起こし方するんだ、お前!」
「ふんっ! バッカみたいにうろたえやがってからにっ!」
私は言い捨てて兄貴の部屋を出た。
階段で顔の火照りを冷ましてからダイニングに戻る。
木、金、土と、私はずっともやもやしながら過ごす。
メイちゃんは相変わらずの天然で、兄貴はバカ。
思ったとおり兄貴はなんにも行動を起こさない。
もやもやはやがてイライラになり、日曜になる頃には全てがどうでもよくなっていた。
もう知るもんか。兄貴もメイちゃんも好きにするがいいさ。
それよりも家事である。
前庭の手入れをしていたらTシャツとジャージの兄貴が出てきた。
「ん? どこ行くの、兄貴?」
「ジョギング」
「精の出ることで。家事もせず」
「そう言うなっての。行ってくるわ」
そのまま走り去る。
我が家を支える私はあいかわらず庭の手入れだ。
「茉莉ちゃーん、おはよう!」
向かいの家からメイちゃんが出てきた。
ぶんぶん手を振ってくる。
「おはよ。どっか行くの?」
Tシャツに短パンと思いっ切り部屋着だけど。
「コンビニ~。何かいる?」
「別にいいや。でも雨降りそうだよ?」
「すぐ帰るし大丈夫だよ。またね~」
ぶんぶん手を振りながら去っていく。
いい子だよねぇ、兄貴が好きになるのも仕方がない。
絶対に応援はしてやんないけど。
なおも手入れを続けていると、ぽつりぽつりと雨が降ってきた。
徐々に勢いが増してくる。
「言わんこっちゃない」
メイちゃんもまだ帰ってきていなかった。
「仕方ねぇ」
私は傘を三本手にして家の外へ出た。
強くなった雨の中を傘を差した私は歩いていく。
まずはコンビニを目指そう。
コンビニへの道筋は兄貴のジョギングルートと重なる。
メイちゃんに傘を貸した後はそのままジョギングルートを逆にたどればいい。
兄貴は同じルートを何周も回るので、距離的にはそれほどなかった。
向こうにバス停が見えてくる。
屋根の下にはベンチに腰掛けている人影が二つ。
見覚えがある……どころの話ではない。
メイちゃんと兄貴だ。
手間が省けたと安堵した次の瞬間、とてつもなくイヤな感覚に襲われた。
私は声を出さないといけなかった。
今、二人に声をかけないと。
しかし私は何も言えないまま、ただ二人に近付いていった。
数歩進めば手が届く。
そこまで来て私の歩みは止った。
足が動かない。
声が出ない。
二人は顔を寄せ合い、唇を重ねていた。
バカみたいに突っ立っていると、兄貴の目が私の方を向く。
「よう、兄貴」
やっと出た声は間抜けな調子で。
「茉莉……」
気まずそうにメイちゃんから離れる兄貴。
メイちゃんも私の方へ顔を向けたが、私はどうしてもそっちを見られない。
「傘持ってきた」
どうにか近付いて兄貴に傘を。
「サンキュ」
兄貴は相変わらずぎこちない。
きっと私は兄貴以上に強ばった顔をしているだろう。
「おめでと、兄貴」
精一杯笑い顔を作ってみる。
多分、失敗。
「おう」
兄貴の頬が緩む。
「じゃあ、先に帰ってる」
「おい、待てよ」
二人に背を向けた私の耳にはもう何も聞こえてこない。
傘はいつの間にか手から離れていた。
アスファルトを蹴って私はただひたすら家へと走る。
雨が降っていてよかった。
頬が濡れるのを雨のせいにできる。
ベッドの上に伏せったまま、私は身動きひとつできない。
頭の中はぐちゃぐちゃで、昔のこと最近のこと未来のこと、いろんなイメージが過ぎっていく。
キスなんて小さい頃に何回もしてたじゃん。
私はムリにそう思い込もうとした。
私と兄貴、私とメイちゃん、兄貴とメイちゃん。
何回もした。
何回も見てきた。
でも違う。
さっきのは違う。
小さい頃とは全然違う意味のキスを、あの二人はしていた。
なんで?
メイちゃんは兄貴のことなんて好きじゃないんでしょ?
兄貴は好きなくせに告白する度胸なんてない間抜けじゃないの?
なんでキスなの?
しっかり者の私はもうどこにもいない。
小さな子どもみたいに声を出して泣き喚いた。
誰かに声をかけられて意識を取り戻す。
いつの間にか寝ていたらしい。
「茉莉ちゃ~ん。茉莉ちゃ~ん」
私の部屋の扉には鍵が掛けてあるので母は入ってこれない。
すぐには返事をする気にもなれず、ただぼんやりとする。
泣いたなんていつ以来だ?
高校に合格した時?
あ、結構最近だ。
なんであの時泣いたんだろう。十五才にもなって。
なんでだろう……兄貴と一緒の高校に入れたから?
私はようやく追いつけたんだ。
でも、また遠くに行っちゃうんだ?
「茉莉ちゃ~ん、ごは~ん、お夕飯作って~」
あ、もうそんな時間なのか。
お昼ご飯食べそびれている。
「茉莉ちゃ~ん、ごは~ん、おゆうは~ん」
「自分で作りなよ」
力なく答えた。
怒鳴る元気が沸いてこない。
「ダメ~、作れな~い、茉莉ちゃんよりおいしいごはん、作れな~い」
あの人は作ろうと思えば本当は作れるのだ。
私が家事をし始める前は自分でしていたのだし。
だからムシ。
私は自分の心の傷を一人で癒やすのだ。
「ごは~ん、茉莉ちゃ~ん、ごは~ん、茉莉ちゃんのおいしいごはんが食べた~い」
クソッ! あの女。
いい加減イラついた私はベッドから下り、部屋の扉を開けた。
目の前には情けない顔をした母。
「あのさ。私、家事する気分じゃないの。だから……」
ふいに母が身を寄せて、私の背中に手を回してきた。
「よ~しよし、茉莉ちゃん」
背中をぽんぽんと叩いてくる。
身体を少し揺すりながら。
「こういう時だけ母親面するとか卑怯だよ」
「だって母親だも~ん」
私の頭にほっぺをなすりつけてくる。
「だったら家事くらいしなよ」
「それとこれとは別~」
私は母の胸に顔を埋めてもう少しだけ泣いた。
兄貴の顔を見たらまた泣いてしまうかと思ったけど、そうはならずに済んだ。
母が後ろから私の肩に両手を置いてくれていたおかげかもしれない。
そのまま母に押されてダイニングからキッチンへ。
「あのさ、茉莉」
「今はやめて、兄貴」
「そーそー、まずはご飯ですよ、まーくん」
久し振りに母と一緒に料理をする。
もっぱら主導したのは私だが。
食事の間中、私は『喋りかけてくんな』オーラを放ち続け、兄貴の干渉を防いだ。
食べ終わってすぐに兄貴が話しかけてくる。
「なぁ、ちゃんと話させてくれよ」
「イヤだ。聞きたくない」
私は立ち上がり、階段を上っていく。
すぐ後ろからついてくる兄貴。
私は階段を上りきったところでダッシュして自分の部屋に飛び込んだ。
扉を押して閉めようとしたら兄貴が向こうから押してくる。
「何すんの! 入ってこないでよ!」
「話させろって。ちゃんと話させてくれよ」
私がどんなに力いっぱい押しても扉はびくともしない。
それどころか少しずつ開いていく。
覚悟を決め、私はいきなり後ろへ飛び退いた。
ふいを突かれて前のめりにぶっ倒れる兄貴。
「ぶっざまぁ~!」
思いっ切り嘲笑ってやる。
「お前なぁ……」
頬をヒクつかせながら兄貴が身体を起こす。
私は自分のベッドの端に腰かけた。
「座っていいか?」
「ベッドはダメ」
私は机のところにあるイスを指さす。
今の兄貴には私のベッドに触れて欲しくなかった。
兄貴がイスを私の真ん前に持ってきて腰を落とす。
「メイに好きだって言った」
まず兄貴はそう言った。
「返事は?」
「何も言わなかった。黙ったまま」
「ふーん」
「で、キスした。メイは受け入れてくれた」
「ふーん。まぁ、キスとかしなれてるもんね、メイちゃんと兄貴」
そんな遊びのキスではないと分かってて言ってやる。
「向こうはそんなつもりだったのかな?」
兄貴がうなだれる。
「さぁね。私の知ったこっちゃないね」
横を向いて言う。
メイちゃんもちゃんと分かっていた。
兄貴に傘を渡した時、メイちゃんの顔が目に入ってしまったのだ。
そこにいた幼馴染みははいつもの幼馴染みではなかった。
メイちゃんは爆弾みたいなボディを持つが、本当のところ、私はあの子には色気がないと思っていた。
全てを台無しにする天然があの子の魅力だ。
なのにあのバス停のメイちゃんには、女の私がドキッとしてしまったくらい色気があった。
男子からのキスを女子として受け取ったのだ、メイちゃんは。
「好きだって言って、キスして。全部うまく行ったはずなのに、心の中にはヘンなもやもやがあるんだよ。何でだろ?」
「私を裏切ったからだよ」
自分でも思いがけないことを言った。
「裏切る? お前を?」
「私の気持ちなんてお構いなしに好き勝手したからやましさが残ってるんだ」
「お前の気持ちか……。そうだよな、俺たちは仲よし三人組。お前だけ置いてけぼりになっちまうもんな」
「そんなんじゃないよ!」
私は怒鳴ってしまう。
「え?」
「なんでメイちゃんなの? 私、兄貴の面倒ずっと見てきたよね? いっつも側にいたよね? なんで私じゃなくて、メイちゃんを選んだの!」
「茉莉を選ぶ? どういうことだよ?」
自分でも何を言っているのか分からなかった。
なのに胸の中から何かがあふれ出て、それを吐き出さずにはいられない。
「私を見てよ! メイちゃんじゃなくて、私を見てよ! 兄貴のことを一番想ってるのは私なんだ!」
何言ってるんだ、私?
それじゃまるで……
「ヘンなこと言うなよ。想ってるってなんだよ」
「私は兄貴のことが好きなのっ! 分かってよ!」
私は自分の言葉に愕然としてしまった。
でも、私がこんなにも悲しんでいるのは兄貴がメイちゃんとキスしたから。
私以外の女と、キスをしたから――
「いや、好きっておかしいだろ? 俺たち兄妹なんだぜ?」
「関係ないっ!」
視界がにじんでいるのは泣いてるせいだと気付く。
いっつも気丈に振る舞っていたのに、みっともなく兄貴の前で泣いている。
「そう、なんだ……」
兄貴がうなだれる。
兄貴はメイちゃんが好き。
私の気持ちは迷惑なだけ?
ううん、兄貴にとって私は大事な人。
きっと、私の気持ちに応えてくれるはず。
「茉莉、悪い……」
「え?」
兄貴が顔を上げる。
「俺はメイが好きだ。好きなんだ。お前の気持ちはありがたいと思うけど、お前の想いには応えられない」
「なんで? メイちゃんなんかより私の方がずっと一緒にいるじゃない。私の方が想ってるのに……」
「それでも、だ。お前には悪いと思うけど。今までずっと面倒見てくれてて、それは感謝してるけど。でも、俺が好きなのはあくまでメイなんだ」
「私は捨てちゃうんだ?」
悲しい。
私の何もかもが悲しさで一杯になってどうにかなってしまいそう。
兄貴は私じゃなくて……メイちゃんを選ぶんだ?
「捨てるなんてことはないって。お前は相変わらず俺の大切な……」
「いいよ! もういいよ! 出てって! 兄貴なんて大嫌いだっ!」
「茉莉あのさ……」
「出てってっ!」
私が扉の方を指さすと、兄貴はゆっくりと立ち上がった。
そのままのろのろと出ていく。
なんで出てくの?
優しく抱き締めてよ……。
ベッドの上で仰向けになり、私はただただ呆然とする。
思ってもみなかった自分の気持ちをどうしていいのか分からない。
いろんな兄貴が思い浮ぶ。
小さい頃から今に至るまで。
私を振った時の真面目に引き締めた顔も。
胸が締め付けられる。
そう、私は兄貴が好きだ……。
好きだったんだ……。
でもそう気付いたところで私の心は相変わらず重かった。
だって兄貴は私じゃなくてメイちゃんを選んだから……。
そのまま私は眠ってしまった。
目が覚めたら朝。
朝ごはん作らなくっちゃ。兄貴のために……。
ダイニングの扉を開いたらいい匂いが漂ってきた。
キッチンにメイちゃんが立っている。
「メイちゃん?」
何してるの?
そこは私の場所だよ。
「朝ごはん作ってるんだよ。茉莉ちゃんが……調子が悪いって聞いて」
「へぇ……メイちゃん、ごはんなんて作れるの?」
「へへ~、最近ちょっとずつ練習してるの。まだあんまり上手にできないけどね」
「そっか……」
上手にできないんならどいてよ。
私は兄貴好みのごはんを作れるんだからさ。
「おはよ、メイ……茉莉」
「おはよう、真君」
「……兄貴? 起きたの?」
私、まだ起こしに行ってないよ?
「ああ、たまには自分で起きないとな」
「そうなんだ……」
兄貴起きちゃった。
朝ごはんはメイちゃんが作ってる。
私、することないね?
何のために私はいるの?
「できたよ、二人とも」
メイちゃんがにっこり笑う。
ご飯にお味噌汁、さつま揚げ。
我が家の朝はパンなのに。
「うまそうだな、いただきます」
メイちゃんも私の隣に座って三人で朝ごはんを食べ始める。
お味噌汁は味噌の入れすぎだった。
食べられないことはないけど、私の方がずっとおいしく作れる。
兄貴はおいしそうに食べていた。
「あー、ちょっと辛かったかな、茉莉ちゃん」
「ううん、おいしいよ」
メイちゃんが苦笑いしてきたので私は微笑みを返す。
全員が食べ終わってからメイちゃんは話し始めた。
「茉莉ちゃんあのね。昨日、真君に好きだって言われたんだ」
「うん」
「その後キスした」
「見てた」
「あのな、メイ」
兄貴が話に割って入る。
「何? 真君?」
メイちゃんの声に緊張が含まれていると気付いて、私はメイちゃんの顔を見た。
メイちゃんはほとんど兄貴を睨むようにしている。
「今だから言う。このまま中途半端なのはダメだと思うんだ」
「うん。言って、真君」
「お前が好きだ、メイ。付き合ってくれ」
兄貴は言った。
私の前で、言ってしまった。
あえて私の前で言うのが兄貴のケジメだと分かっていたが、私が傷付くことには変わりない。
メイちゃんが口を開く。
「イヤ。絶対にイヤ。絶対に真君とお付き合いなんてしない」
「え?」
私は思わずつぶやいた。
メイちゃんがこんなふうに断言するなんて滅多にない。
本当にイヤな時だけ。
「なんでだよ、メイ。お前、俺のキスを……」
「イヤ。絶対に、イヤ」
すがるような兄貴の言葉を遮りメイちゃんは強く言う。
「なんでなの、メイちゃん?」
私も隣にいるメイちゃんに聞く。
メイちゃんは相変わらず兄貴を睨んでいる。
「私は、三人一緒じゃないとイヤなの。茉莉ちゃんだけ置き去りにするなんて、絶対にイヤ」
そして私の方を向いて微笑む。
「私たち三人はずっと一緒。それは変わらないんだよ、茉莉ちゃん」
「それっておかしくない?」
私は言葉をこぼす。
「別におかしくないよ。私たちは三人一緒。今までずっとそうだったし、これからも。茉莉ちゃんを悲しませる真君の自分勝手なんて、私は許さない」
メイちゃんは強い意志を感じさせる表情を見せてくる。
「自分勝手って……俺は……」
「うるさい黙れ! 茉莉ちゃんを泣かせる真君なんて、しばらく口利いてあげないっ!」
兄貴の方は見ずにメイちゃんは怒鳴る。
「それっておかしいよ……」
私の中にもやもやが広がっていく。
「おかしくないよ、茉莉ちゃん。私は真君に恋愛感情なんて持ってないもん」
「ホントに?」
キスされた時、あんなに女の顔をしてたのに?
「ホントだよ。私は恋愛なんて知らないもん」
「嘘言わないで!」
私はもやもやを吐き出した。
「え? なんで怒るの、茉莉ちゃん」
「キスされた後、そのことを何回も思い返したんじゃないの?」
「……うん」
私もそうだ。それで泣いた。
「ずっと兄貴のことばっか考えてたんじゃないの?」」
「……うん」
私もそうだ。もっと泣いた。
「今日だって、自分が作ったごはんを兄貴に食べてもらいたくて来たんじゃなの?」
「……うん」
私もそうだ。でもメイちゃんが作ってた。
「兄貴の顔見てたら、ドキドキして仕方がないんじゃないの?」
「……うん」
「それが好きってことなんだよ! メイちゃんは兄貴のこと好きなんだよ! ホントはずっと前から好きなんだよ!」
「え? そうなの?」
メイちゃんの顔が強ばった。
「そうだよ! ずっと前から好きだから、キスされてうれしかったんだよ! 自分に嘘つかないでよ!」
「そう……なんだ……」
メイちゃんがうなだれてしまう。
「なのに三人一緒って何? もうそんなのあり得ないんだ! 私一人を置いてけぼりにして、二人仲よく付き合うんだよ!」
「そんなのイヤだよ! 三人一緒がいいの! 茉莉ちゃんだけ置いてくなんてイヤなのっ!」
下を見ながらメイちゃんも叫ぶ。
でも、そんなのまやかしだ。
「ホントにそう思ってる? 兄貴に好きって言われてうれしかったんでしょ? もっと仲よくなりたいって思ったんでしょ?」
メイちゃんが黙り込む。
「……そうかも」
絞り出すようにつぶやく。
「じゃあ、付き合えばいいじゃん! 私を置いてさ!」
「でも、茉莉ちゃんも真君が好きなんでしょ? 恋してるんでしょ?」
メイちゃんが顔を上げて私を見る。
つらそうな顔。
そう私も兄貴が好き。でも……。
「ホントに好きなんだら、好き同士なんだったら、私の好きなんて関係ないでしょ! それが恋なんだ!」
「そんなのって……」
メイちゃんが涙を流し始める。
私のせいで好き同士の二人が付き合えないなんてイヤだった。
なんで私は好きなんて感情に気付いてしまったんだろう。
兄貴がキスをしてるのを見て、胸が張り裂けそうになって、それで気付いてしまったんだ。
ずっとずっと前から兄貴が好きで、一緒にいるだけで胸をドキドキさせていた自分に。
……
……
……してない。
ドキドキはしてないな。
好きなのは確かだ。
兄貴のことばっかり考えてるし、世話ばっかり焼いている。
一緒にいたいし、独占したいし、愛し合いたい。
愛し合いたい?
それってつまり、兄貴とセッ……
キモチワルッ!
想像力のブレーカーが一瞬のうちに落ちた。
つまり……
私は兄貴が好き。
これは確か。
でもこれ、恋愛感情では……ないっぽい?
ヤ、ヤベェ……。
「私は茉莉ちゃんを傷付けたくないの……。だって、好きって気持ちが分かったから……。好きが受け入れられないと、どんなにつらいか分かるから……」
「あの……メイちゃん……泣かないで?」
「茉莉ちゃん悲しいよね? 真君はヒドいよね? 私もヒドい。なんで真君なんて好きになっちゃったんだろ? 茉莉ちゃんを傷付けるなら、こんな気持ちいらないよ……」
「ダメだよ、メイちゃん。自分の好きって気持ちを否定しないで?」
「でも茉莉ちゃんが……茉莉ちゃんが……」
純真なメイちゃんがひどく傷付いている。
このままにはしておけない。
……仕方ない。
「あの……違うんです、メイちゃん」
「え? 何が?」
かわいい顔を涙にまみれさせている。
この顔に笑顔を取り戻すためなら、私の恥くらい……。
私はメイちゃんから視線を逸らす。
「私のは、ただのブラコンです」
「えっ!」
声を出したのは兄貴。
「ブラコン?」
メイちゃんが首をかしげる。
「兄貴のことは、あくまでお兄ちゃんとして好きなだけです。大好きなお兄ちゃんが取られちゃうからって、ショックを受けただけです。ただのガキッぽいワガママです」
「へぇ?」
メイちゃんの声が裏返る。
「私のことなんてお気になさらず、両想い同士お付き合いくださいませ。私はブラコンとしてブンむくれますが、お気にはなさらずに」
「なんだそりゃ!」
兄貴が叫ぶ。
「え? 茉莉ちゃん、あんなにツンケンしてるのに、ホントはブラコンなの?」
「どうやらそのようです。今気付きました」
「へぇ~~~」
ほっとしたようなメイちゃんの声。
今の私は顔が真っ赤に違いなかった。
「ごめんなさい、ご心配をおかけして」
「あはははははははははは!」
大笑いするメイちゃん。
私の肩をばしばし叩いてきた。
「茉莉ちゃんブラコンなんだ! ブラコンだ! ブラコン!」
「ええ、高校生にもなって、ガチガチのブラコンです」
「あはははははははははは!」
大笑いした後、メイちゃんはぎゅっと私を抱き締めてくる。
「よかった。茉莉ちゃんが失恋しなくて」
「うん。メイちゃん、お幸せにね」
私もメイちゃんの背中に手を回す。
ちらりと見ると兄貴はバカみたいに口をぽっかり開けている。
しばらくは居たたまれない日々になりそうだ。
さて、高校生にもなって恋愛のことをさっぱり分かっていなかったガキな私は、自分の中にある「お兄ちゃん大好き~!」を恋愛感情だなんて錯覚してしまった。
いわゆるひとつの穴があったら入りたいという奴だ。
それでも私はホッとしていた。
自分にとって大切な二人の恋を邪魔しないで済んで。
さて、今朝も兄貴は起きてこない。
起こしにいかねば。
「兄貴~、起きろ~」
扉をどんどんとノックする。
しかし返事は帰ってこない。
仕方なしに扉を開けて、兄貴が寝こけているベッドの脇に立つ。
昨日私が厳命したのでTシャツと短パンと着ている。
でもTシャツはめくれてしまっていて、乳首が見えてしまっていた。
その乳首に手を伸ばす
ここでハッと気付いた。
コレの所有権はメイちゃんにあるのでは?
前にタケオから押し付けられたBL漫画に思いを馳せる。
そもそも乳首攻撃を思い付いたのもあの漫画がヒントになっていた。
改めて思い返せば、なんてはしたない真似をしでかしていたのだろうか。
ココはやめておこう。
代わりにほっぺを力一杯ひねった。
「起きろ兄貴!」
「ひたいひたいひたい!」
どうにか目を覚ます。
「さっさと起きろ! 朝ごはんはできてるよ!」
「分かったっての……」
ぼんやり眼のままどうにかベッドから下りる。
そしてパンの朝食を食べた後、二人して家を出た。
「おはよ~、茉莉ちゃん、真君」
後ろから抱き付いてきたメイちゃんのおっぱいが、私の両肩にずっしりとのし掛かる。
「おはよ、メイちゃん。離れてよ」
「ん~、もうちょっと。茉莉ちゃんの髪、いい匂~い」
「離れてやれよな、メイ。見てるだけで暑苦しい」
「そういうこと言うの、真君? えーい、真君にも抱き付いちゃえ~」
「ダメッ!」
私はふわふわした幼馴染みを後ろから抱き止める。
「え~? 別にいいじゃない。お付き合いしてるんだし~」
「ダメです。天下の往来でイチャイチャしないように」
「ちぇ~っ、これだからブラコンは」
「ちょっとメイちゃん! それ、他の人には絶対言っちゃダメだからね!」
「え、なんで?」
きょとんとした顔。
「いやいや、私にも恥とか外聞とかあるの!」
「う~ん、どっしょっかなぁ~」
ニヤニヤしながらわざとらしく視線をさまよわせる。
よけいな弱味を握られてしまった後悔に歯がみする私。
「いいから早く行こうぜ。遅刻したくないっての」
兄貴が先に歩き出す。
「あーん、待ってよ、真く~ん」
追いかけたメイちゃんが兄貴の手を握った。
そのまま二人は手をつないだまま歩いていく。
……三人は相変わらず仲のいい幼馴染み。
でも兄貴とメイちゃんは恋人同士になってしまった。
なんだか寂しい。
今までメイちゃんに偉そうなことを言っておきながら、小さい頃の関係がいつまでも続けばいいと思っていたのは私だった。
三人仲よくお手々つないでたあの頃はもう過去のもの。
手をつなぎ合ったとしても、何かあったら兄貴はメイちゃんの方を強く引っ張るのかもしれない。
どうにかこうにか今を受け容れていかないと……。
私は二人の後ろ姿を眺めながら少しだけ離れて歩いた。
「あーあ。私も彼氏、作ろっかなぁ」
「何?」
兄貴が焦った顔で振り向いてくる。
こいつはこいつでシスコンか?
いやいやホント、兄妹って奴は難しいもんなんですよ、はい。
(「妹さんは今日もイライラ」 おしまい)




