平和という名のループ(反復処理)
王宮を脱出したあかねの前に広がるのは、のどかな田園風景。 ですが、彼女の瞳に映るのは「豊かな自然」ではなく、低コストで回される「効率的なデータ」の群れでした。
「……見てなさい。この世界の平和の正体を」
あかねが指先でシステムを弾いたとき、人々の幸せな日常は、無機質なバグへと姿を変えます。 彼女が抱える横浜での記憶と、この世界を「沼」と呼ぶ理由。 世界の美しさに絶望した人へ贈る、冷徹な真実の物語です。
王宮の騒乱が遠ざかり、私たちは王都の端にある、古びた水路の影に身を潜めた。
「……はあ、はあ。……ここまで来れば、……大丈夫だと、思います」
手を引いていた女の子が、力尽きたように石壁にもたれかかった。
私は彼女の手を離し、無造作にその顔を覗き込む。
「……何でついてきたの? あなた、王宮の人間でしょ」
「私は……ミューズ。この国で、過去から未来への『運命の糸』を記録する一族の末裔です。……でも、私の見てきた運命は、あまりにも……」
私は彼女の言葉を遮り、網膜に浮かぶシステムログを指先でスワイプした。
ふと、横浜での日々が脳裏をよぎる。
私の仕事は、空調の温度設定に不満を持つ市民や、歩道で立ち止まる「非効率な個体」をログから見つけ出し、システムが彼らを『再教育』するための報告書を作成することだった。
(……あの時も、こうして冷たい画面の向こう側で、誰かの人生を『エラー』と決めつけていたっけ)
だから、今の私にはわかる。
目の前に広がる豊かな麦畑も、歌う農夫たちも、横浜の「感情調整ブース」で見せられたホログラムと同じ、ただの効率化されたデータの反復に過ぎない。
「……見てなさい」
私は、村の入り口にある水車に視線を固定した。
「――ターゲット:水車の回転周期。プロパティ:繰り返し(Loop)命令を解除」
ミューズには、私の言葉が「神をも恐れぬ不気味な呪文」に聞こえたはずだ。
カチッ、と脳内でエンターキーを叩く音がした瞬間、村の「平和」が壊れた。
水車が止まり、農夫たちがゼンマイの切れた人形のように静止する。
追いかけっこをしていた子供たちは、同じ場所を何度もぐるぐると回り始め、虚空に向かって意味のない言葉を繰り返し始めた。
「な、……何をなさったのですか!? 皆が、まるで魂を奪われたように……」
ミューズが、絶望に顔を白くして私に詰め寄る。
「……別に何もしてないわ。この世界の『台本』を少し止めただけ」
「す、すくりぷと……? それは、どのような禁忌の魔術なのですか?」
「……魔術じゃないわ。ただの『手抜き』よ」
私は、動かなくなった農夫たちの間を、無機質な足取りで歩き始めた。
「リソース……つまり世界の維持コストをケチるために、目立たない場所は短い反復処理で回してる。……あなたたちが『平和』と呼んでいたのは、ただの自動化されたお芝居の積み重ねに過ぎないのよ」
私は、震えるミューズを振り返ることもせず、吐き捨てた。
「……この世界全体が、巨大な『沼』なの。一度浸かれば、自分という意識さえも物語の一部に溶かされ、永遠に同じ幸せを演じさせられる……。それ、私がいた街と同じで、反吐が出るわ」
『くくく……。主よ、実に見事な解体だ。貴様の冷徹さは、この世界のどの賢者よりも深いな』
肩の上の小さな龍が、愉快そうに喉を鳴らした。
お読みいただきありがとうございます。
今回は、あかねによる「世界の構造解体」の第二弾です。 RPGの村人が同じセリフを繰り返すように、この世界の平和もまた「短いループ命令」で維持されていた……という、メタフィクション的な恐怖を描きました。
「ただの手抜きよ」と吐き捨てるあかね。 彼女がかつて横浜で「エラー」として排除してきたもの。その罪悪感と、同じ構造を持つこの世界への嫌悪感が、彼女をさらに「デバッグ」へと突き動かします。
そして、運命の記録者である少女・ミューズ。 彼女が見てきた「あまりにも残酷な運命」とは何だったのか。あかねの冷徹なハッキングは、彼女を救うのか、それともさらなる絶望に叩き落とすのか。
「この世界全体が、巨大な沼なの」 その言葉の意味が少しずつ明らかになっていくこれからの展開も、ぜひお見逃しなく!
もし今回の「世界の壊し方」にゾクッとした方は、ぜひブックマークや応援をお願いします。




