さよなら、退屈な神聖秩序
守護龍を「トカゲ」に変え、王の怒りを買ったあかね。 四面楚歌、数百の近衛兵に包囲された絶体絶命の状況で、彼女が選択したのは「逃走」でも「戦闘」でもありませんでした。
「……やっぱりね。この世界の理、脆すぎるわ」
彼女がコンソールを叩いた瞬間、騎士たちの誇りも、王宮の威厳も、文字通り「足元から」崩れ去ります。 あかね独自の「戦わない戦い方」をお楽しみください。
王宮の謁見の間は、一瞬にして殺意の檻へと変わった。
「捕らえよ! その娘は勇者などではない。我らが守護龍を穢し、世界の理を冒涜する魔女だ!」
エドワード王の絶叫を合図に、広場を囲んでいた数百人の近衛兵が一斉に槍を構えた。先ほどまで跪いていた民衆は、蜘蛛の子を散らすように出口へと殺到する。彼らにとって、私はもはや「救世主」ではなく、自分たちの安寧な物語をぶち壊しに来た「不具合」でしかない。
「……やっぱりね」
私は、肩に乗った小さな龍の重みを感じながら、網膜に浮かぶシステムログを指先で弾いた。
私の視界では、迫りくる兵士たちの頭上に、無機質なステータス・ウィンドウが浮遊している。
『オブジェクト:近衛兵。属性:物理攻撃。脅威レベル:低。……一括削除(Delete)しますか?』
(いや、消去(消去)はまだいい。リソースの無駄よ)
私は、おじさんのコードをさらに深く潜らせ、この謁見の間という「空間のセキュリティ設定」を検索した。
「あかね様! お逃げください!」
不意に、一段低い場所から声が上がった。フードを被った小柄な女の子だ。彼女は周囲の兵士たちの動きを縫うようにして、私の方へ駆け寄ろうとしている。
一方で、あの目つきの鋭い男は、身の丈ほどもある大剣を抜き放ち、私と女の子の間に立ち塞がった。
「……どけ、小娘。そいつは俺たちの『常識』を壊した。生かしてはおけん」
男の剣が、空気を切り裂く鋭い音を立てて振り下ろされる。
普通の人間なら、そこで物語が終わるはずの速度。
だが、今の私の目には、その大剣の軌道さえも「計算済みのベクトルデータ」としてスローモーションで表示されていた。
「――ログイン。IX-U-LOGIN:09-ATTR-EDIT」
私は剣を避けることさえせず、ただ空中に浮かぶ不可視のコンソールを叩いた。
「ターゲット:前方10メートル以内の全物理オブジェクト。プロパティ:摩擦係数(Friction)を0に書き換え。……実行」
カチッ。
大剣が私の鼻先で止まったわけではない。
私を切り裂こうとした男の足元から、文字通り「摩擦」という概念が消失したのだ。
「なっ……!? ぐあああ!?」
男は踏ん張りが効かず、滑る氷の上に放り出されたかのように、無様にひっくり返った。それだけではない。私を包囲しようとしていた数百人の近衛兵たちも、一斉に足を滑らせ、互いに激突しながら床の上を滑走し始める。
摩擦を失った空間では、歩くことも、武器を構えることもできない。
謁見の間は、重装備の大人たちが無様に転がり回る、滑稽なダンスホールへと成り果てた。
「……これが、あなたたちが守りたがっている『理』の脆さよ」
私は、呆然と立ち尽くしているフードの女の子の手を掴んだ。
彼女の手は冷たく、そして激しく震えていた。
「行くわよ。ここにいても、退屈な説教を聞かされるだけだし」
『くくく……。主よ、実に見事なハッキングだ。秩序という名の重力に縛られた奴らには、この滑稽さは理解できまい』
肩の上の小さな龍が、愉快そうに喉を鳴らした。
私は、摩擦のない床をスケートのように滑り抜け、パニックに陥った王宮の出口へと、最短ルートで駆け抜けていった。
ご覧いただきありがとうございます。
「物理攻撃? いえ、摩擦係数を消しただけです」 あかねの戦い方は、剣を振るうことすらリソースの無駄と切り捨てる、徹底した「構造への介入」です。
近衛兵たちが氷の上のペンギンのように転がり回る中、悠々と最短ルートで立ち去る彼女。 そして、そんな彼女の異質さに気づき、手を引かれたフードの少女……。
この世界を「沼」と断じるあかねにとって、この少女がどのような「変数」になっていくのか。 そして、肩の上で冷笑を浮かべる小さな龍は、どんな知恵を貸すのか。
「物語」に縛られたこの世界を、あかねがどうハッキングしていくのか。 少しでも「続きが気になる!」「このハックは面白い」と感じていただけたら、ぜひ評価やブックマークをいただけると嬉しいです。
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