ユーマン姉様の憂鬱
「レイナ、強引じゃないかしら?」
ユーマンはいつものように、貴族らしく内心を表に出すような無粋はしない。私にしかわからない程度の苦い顔をしていた。
ふわふわの金髪に青色の目をした幼なじみのユーマンはお人形のようだ。その見た目に反して、運動能力に秀でて、剣術では敵うものがいない。
おまけに剣術のサークル長までやっているせいか、騎士道精神にうるさい。
「それ、いつもの弱き者に優しく精神?だって絶対に私の番だもん!いくでしょ」
「あの子、すごく驚いていたわ。ただでさえアルファの方が力が強いのだから、優しく接しないと」
「呼び止めて名前を優しく聞いたのを見てたでしょう」
「優しく?私には強引に見えたわ。貴族が先に名乗ったら、あの子は名乗らざるを得ないでしょう」
「だって、他の奴らに盗られたくないんだもの。ユーマンも番に会えばわかるわ。あの子を見て、あの子のフェロモンを嗅いだときに雷が落ちたかのような衝撃を受けたのよ。それに、名前さえわかれば情報はみんなが教えてくれる」
「レイナ……優しく、よ?貴族姓でなかったという事はあの子は庶民よ。それなのに、学園の憧れになっている公爵令嬢のレイナの番だなんてわかったら、どんな扱いを受けると思う?」
「私の番なんだから、大切に扱うでしょう?」
ユーマンはわざと盛大にため息をついた。公爵令嬢としてふさわしい振る舞いを信条としているユーマンにとっては最大限の表現だろう。
「人気のあなたの番が庶民なら、嫉妬の矛先はあの子にいくでしょうね?」
「……あっ!昼休みなのに私の親衛隊の子達がいないわ」
レイナがいつも適当にあしらっている取り巻きが来ていなかった。
ユーマンには出会いの時と同じように考えるより早くレイナの体が動いたように見えた。アメリアの教室へ走っていったのだろう。
貴族の振る舞いに文句は言っても、レイナは普段は人前でスカートを翻して走ることはない。常に優雅な令嬢でいなければならないからだ。
ユーマンが注意をする間も与えずにレイナは疾風のように走り去った。
――アメリア……剣術サークルにいる一年生だわ。
貴族女学校で剣術サークルに入ろうなんて酔狂な者は少ない。貴族子女で所属しているのは熱心なユーマン信者か変わり者かのどちらかだ。
アメリアは庶民ながらも剣術を学ぼうとしてくれた。自衛のために必要に駆られてだろうが、女性でも強くあろうとする心根をユーマンは評価し、懸命に学ぶ姿勢にユーマンは好感を抱いていた。
――私がいる剣術サークルに入ったから、レイナとも出会ってしまったのね。
幼なじみのレイナは人柄は悪くないが、他人の心に鈍感なところがある。
――あんな公衆の面前で番に声をかけるなんて。
レイナとサークル後に舞踏会へ来ていくドレスの生地を一緒に選ぶ事になっていた。熱心にアメリアに教えていたので、約束の時間を過ぎてしまい、レイナがユーマンを迎えに来て、アメリアを見つけたのだ。
レイナの顔色が紅潮していくのがわかった。それに対し、アメリアはメデューサを見て石像になった人のように固まっていた。アメリアが全身で拒絶し、自身を守ろうとしているように見えた。
逃げようとするアメリアを何とかして振り向かせようと必死なレイナをつい手助けをした事もあるが、アメリアが怪我をした時に威嚇―グレアを使った時は後でこっぴどく叱った。
「姉様の言う通りよ。グレアなんて下品な恥ずべき行為よ。今までの自分じゃないみたい……でも、アメリアを知らなかった私には戻れないわ、姉様」
初等部の舞踏会にレイナの姿はなかった。レイナは用事があるとミッドフォード家の馬車から早めに降りた後、行方をくらました。
レイナの初めての相手役を務めるため参加していた私はすぐにアメリアのところへ行ったのだとわかった。
すっぽかされた怒りよりも、驚きの方が勝った。
レイナの実母は庶民のオメガだ。そのため、貴族社会におけるレイナへの風当たりは強い。半分は庶民。
一見するとレイナはただお気楽に明るい令嬢に見える。でも、陰では誰よりも公爵令嬢たるべく努力し、後ろ指をさされるような言動は決してしないよう細心の注意を払っていた。
「お母様に迷惑がかからないようにするのは当たり前でなくて?ユーマン姉様だって、家の恥にならないようにしているでしょう?」
その通りではあるが、レイナはいつも目いっぱいでギリギリの所にいるように感じていた。本来なら優しい性格なのに、時おり人の心より、自分の利を優先させてしまうのも、私は生い立ち故の焦りだと考えている。
だから、レイナとの婚約話がやんわりと持ち上がった時も私自身は特に反対もしなかった。レノックス家としては、半分庶民のレイナでも公爵家であるミッドフォード家と繋がる方が大切なのだ。
「ミッドフォード家では気おくれしてしまうわ。ユーマンが気兼ねなく過ごせるような家ではいけませんの?」
私の母はやんわり断ろうとしていた。
「格下の家との繋がりが何の役に立つ?」
あっさりと父が否定して終わりだった。父にとっては身分の劣る侯爵や伯爵の家と繋がることの方が屈辱なのだ。
――今日のすっぽかしで、どうなるかしらね?
私は願った相手と結婚できるとは思っていない。ただ知らない相手よりはレイナのがましだったという程度だ。しかし、恥をかかされたと両親が怒り出し、婚約話も立ち消えになりそうだなとぼんやり考えた。
――レイナはそれも狙っていたのかしら?
気が付いた時、レイナの覚悟の重さがわかって、ぞくりとした。
公爵令嬢として恥じないよう、半分庶民の血でも後ろ指を刺されないように生きてきたレイナはこれまで築き上げた何もかも失っても、アメリアを選ぼうとしている。
この学園内での恋愛ごっこは卒業したら終わらせるものだ。
でも、レイナはアメリアを他の誰にも譲る気はないのだ。
「姉様、ごめんなさい」
レイナはレースにシワがついた杏色のドレスとボサボサの頭で、舞踏会をすっぽかし、私に無礼を働いた事を誤りに来た。もちろんレイナの前にミッドフォード家からはすでに謝罪済みだ。
「私は相手には困らないから気にしなくても良くてよ?それで?私を振るほどの価値はあったのかしら?」
レイナは待ってましたとばかりに惚気出した。
「私は……婚姻の許しを得たいと思っているの」
レイナが言い出した時に、瞬間的に口が滑った。
「……第二夫人としてなら許されるかもしれないわね」
レイナはひどく驚いた顔で私を見た。私も自分の酷い提案に驚いていた。
「ユーマン姉様の口からそんな提案されるとは思わなかったわ」
「私も驚いた……でも、折衷案しかないじゃない」
本当は第二夫人だって厳しい身分だ。レイナの母を強引に正妻として迎えた経緯を持つミッドフォード家はこれ以上は庶民を受け入れたくないはずだからだ。
幼い頃からずっと一緒にいたレイナを、身分やバース性にとらわれずに生きようと頑張るアメリアを、どうしたらより良い救い方があるのか私にはわからなかった。
「私とアメリアのより良い解決方法よね……あなたが思いやりで言ったとわかっているわ」
「そんなに運命とは強いもの?」
私とレイナは貴族としての義務を果たすべく、幼い頃から一緒に切磋琢磨してきた。それを全て無くしても構わないと思えるほど、アメリアに惹かれているレイナに違和感を感じた。私にはわからない。
「アメリアが他のアルファに取られるくらいなら相手を殺しにいくわ。私だけのアメリアだもの」
いつもは澄んだ杏色の瞳が暗く光った。
本気でアメリアと結婚する算段をたてているレイナを少し羨ましく思った。
私は生涯ここまで焦がれる事はないだろうから。




