優しい線引き
レイナ様が私のところへ来なくなって数日経つ。
――天体に関して共感してもらえた嬉しさで早口になってキモかった?!
やっとレイナ様も嫌になったんだろう。魂の番と言っても、やっぱり中身が合わないってわかったんだ。
『勉強ばっかりで話しかけらんない』
『アメリアってキモくない?前髪で表情見えないし』
『オメガって容姿に秀でてるはずよね?』
『負のオーラ出過ぎ』
『オメガって綺麗な子が多いのにね』
直接言われる事もあれば、遠巻きに聞こえてきた声が浮かんでは消えた。
私は聞かなくて済むように図書室の本を読みあさり、どんどん独りの世界に籠った。そこなら誰にも傷付けられない。いつも通り安心できる。
私の独りきりの世界をこじ開けてきたのはレイナ様だ。
――今さら引くとかないじゃん?
逃げた私を追いかけたくせに、この対応はなんだ?
子供の無邪気な残酷さで、その気にさせてから断る作戦だったのか?
『やっぱり相手にされなくなったのよ』
『いくら庶民に好意的でもね……』
『公爵家よ?当たり前じゃない』
やっぱりな、という程度の聞こえるような囁き声だ。
他人の言葉なんていつもは気にならないのに、耳が少しでもレイナ様の情報を拾おうと一生懸命になっている。
私が大切にしているのは、学ぶ時間。
だって、学ぶ間は独りでいていい。
むしろ、独りでないといけない。
なのに、どうしてこんなに手につかないのだろう。
初めてだ。
「アメリア、今日は集中していなかったわね」
レイナ様の事が気になって剣術サークルの練習に身が入らなかった。ユーマン様はよく見ていらっしゃる。
「すみません……、あの……レイナ様は体調を崩されたとか……何かご存知でしょうか?」
ユーマン様はしばし私を見つめて小さくため息をついた。
「あなたが気にするとは思わなかった」
「……そうですね、私なんかが気にしてもって感じですけど気になってしまって」
ユーマン様は美しい動作で剣を鞘に戻した。
「余計な忠告をするわね」
「はい!」
ユーマン様の美しい空色の瞳が翳った。
「半端な覚悟なら、このまま距離を取るべきよ。二人とも苦しむだけだわ」
優しさを含んだ死刑宣告だと思った。
私は貴族社会を知らないし、関心もない。
でも、公爵家を訪れ、公爵夫人を見て、ユーマン様の言わんとする事は何となくわかる。
「たかだか学校の、練習みたいな舞踏会であっても、行きたくないでは済まないのよ。レイナがパートナーのいないまま舞踏会に出るなんて考えられないわ。まして欠席するなんて、幼いからといって許される事じゃない。社交界で恥をかく。それは貴族にとって何よりも許されない事なの」
ユーマン様の言葉はいつもより重く、私の胸にのしかかる。
「レイナのお母様は庶民の出身のオメガよ。元は第二夫人だったけれど、公爵は第一夫人が亡くなった後、正妻として迎えられたの。良くも悪くも貴族の中では異例で有名な話よ。レイナは気にしないように振る舞っているけれど、見えない所ですごく努力をして誰よりも完璧な公爵令嬢であろうとしているの」
レイナ様が努力家だというのは知っている。初等部とは思えない知識量はのんびりと過ごしていない証明だ。
「それなのに庶民の私が運命とか……皮肉ですね」
「覚悟がないなら、ちゃんと拒絶してくださらない?私はレイナを妹のように可愛がっているの。辛くなるのがわかっていて黙っていられないわ」
初めて見るユーマン様の冷たい顔は、やっぱり貴族なんだなと思う冷酷さが含まれていた。
ユーマン様はお優しい。
けれど、実は許している者と許していない者へのライン引きがハッキリしている。
庶民の私に優しいのは、貴族としてあるべき振る舞いをしているだけだ。学園のサークル程度なら近くにいても許してくれる。施しだ。
だから、貴族の中に入るくらい近づき過ぎるのは認めていない。
はっきり線引きして、同じように見ていないから優しくできるのだ。レイナ様にお説教をしても、私には優しい……当たり障りない言葉をくれる。
ユーマン様にとっては当たり前の事で、きっと無意識で悪気はないし、優しさにも嘘はない。
「レイナは私の婚約者候補にもなっているの。今度の舞踏会も私がパートナー役を務める予定だったのよ」
「……えっ?」
「同じ身分で年齢が近いアルファ同士が婚姻相手の候補になるのは当たり前よ。私も見知らぬ相手よりは気心知れた相手を選びたいわ」
――え?私がユーマン様のライバルってこと??無理無理。身分差が無くたって、誰がどう判断しても私よりユーマン様でしょ。私がレイナ様の家族なら平民オメガなんか選ばせないっつーの。
「……っですよねぇ……」
誤魔化すようにへらへら笑うしかなかった。
レイナ様がまだ初等部だから、私は現実味がないまま一緒に過ごしていた。婚姻とか、舞踏会のパートナーとか、先輩のユーマン様で想像してみると、すごくリアルだった。
しかも二人が並んでいる姿を想像すると美しい光景でしかない。
壁になっても良いから見たいと願ってしまった、そんな自分が情けなくなった。
誰にどんな悪口を言われるより、効いた。
心臓をわしづかみににされて潰されたように苦しい。
「舞踏会をすっぽかして貴女と過ごした罰として、レイナは自宅で謹慎させられているわ。いつ学校に戻してもらえるかわからない」
――謹慎って……家に閉じ込められているのか。
前にダンスの練習で招かれた豪邸を思い出す。私の方が年上なのだから、レイナ様の貴族としての社会的な立場を考えないといけなかったんだ。
運命だとしても、レイナ様を困らせる存在にはなりたくない。
「すみません、私は何も知らず、覚悟もありませんでした」
――勉強しかしてなかったから、少し考えれば当たり前にわかる事を知らないんだ。
迷惑がって逃げようとしていたくせに、知らないうちに隣にいて当たり前のように思ってた。
きっと無自覚に運命の番だと思い上がっていたのだろう。恥ずかしい。
私より幼い彼女が、余計な事は私に悟らせないように振る舞ってくれていた。
制服を破くかと思うほど握りしめた。
「ユーマン様、図々しいのは承知でお願い致します。手紙を書くので公爵夫人に渡してもらえませんか?」
ユーマン様はほんの少しだけ眉を寄せた。
「夫人に?レイナでなく?」
「私の手紙をまともに出して届けてもらえると思います?使用人の方々に即刻破り捨てられて終わりです。だから、公爵夫人に渡して欲しいのです」
――ユーマン様はどんな時も貴族令嬢として完璧だ。嫌な顔は決してなさらない。そして、断れないはずだ。なぜなら庶民の私には施さなくてはならないと思っていらっしゃるからだ。
「夫人に渡すだけよ」
「はい!ありがとうございます」




