貴族って?
教科書がない。
――うわ、マジかー。
教科書を隠されるなんて超古典的嫌がらせがまさか自分の身に起きるとは思っていたかった。
嘆いても仕方ないので教室のゴミ箱を見てみるが、わかりやすく捨てているわけない。
くすくすとせせら笑うのが聞こえてくる。
――ほんっと、マジで貴族なんなん?庶民いじめて楽しいのか?
「外もお探しになったら?」
――そと??!
恐らく指示をした子爵や男爵位のクラスメイトたちが嬉しそうに、実行犯に選ばれた同じ庶民のクラスメイトは気配を消していた。
「ご親切なご助言痛み入ります」
外と言ってくださるなら、人目につかない所だろうと思って裏庭へ行くと、案の定、裏庭の茂みに中身だけが破かれて捨てられていた。教科書は外側だけは綺麗にしてあった。
――外側だけ綺麗にしておくなんて、貴族みたい。
茂みの中から全ての教科書やノートを拾って並べた。
両親に負担をかけたくないし、心配もされたくない。
オメガに生まれた私を嘆いているのだから。
「何をなさってるの?」
「ユーマン様」
ユーマン=フォン=レノックス……レイナ様と同格の公爵令嬢にして眉目秀麗、文武両道、下々の者へも優しい高等部の生徒会長だ。当然、ユーマン様も人気者だ。
なぜ面識があるのかといえば、剣術サークルでご一緒させて頂いているからだ。
オメガの私は自衛する方法を学んでおきたくて、女学校に入学してすぐに剣術サークルに入ろうとした。
「庶民のくせに剣術なんて必要ない」
最初はそう断られた。ところが、
「身分など関係なく学ぶ機会を奪っては剣術が廃れてしまうのでは?」というユーマン様のご意見で、あっさり庶民も受け入れる方針になった。
色んな貴族を見てきているが、ユーマン様ほど親切で公平な貴族はいらっしゃらない。しかも公爵令嬢なのに驕り高ぶることもない。本物の貴族とはかくあるべきという姿に敬愛なんて生ぬるい。畏怖の念を抱いている。
その畏れ多いユーマン様に後ろから急に話しかけられ、取り繕う余裕もなく……ボロボロになった教科書は隠しようがなかった。ユーマン様は素早く私の教科書を見て全てを察したらしい。
「私が使っていた教科書を貸しましょう。そこでお待ちなさい」
迷いない後ろ姿は剣術をやっているせいか背筋もピンと伸びて美しかった。金髪が夕陽でキラキラとしているのも神々しい。
――こんな方もいらっしゃるんだ。
ユーマン様や先輩方は初心者の私にも剣術を丁寧に教えてくれる。貴族の子女には必要のない剣術を習う方々は真面目な方ばかりで、サークル内では教室ほど身分差を感じずに済んでいる。
そんな素晴らしいユーマン様と比べて、他の貴族たちの下品さをより感じる。
「マジでくっだらな」
思わず怒りが込み上げて呟いた。
庶民への扱いは慣れてるから今更悲しみなんてない。
「アメリア?」
「レ、レイナ様!どうしてここに……」
――こんな裏庭にいらっしゃるような方ではないはずなのに。
そういう、私の顔を見て、レイナ様は得意げに答えた。
「あなたがいたからに決まってるじゃない」
太陽が昇るがごとく当然の事だという態度だった。
親衛隊といた時と違って、嬉しげなキラキラした瞳を向けられて戸惑った。まだ初等部なのだから無邪気な面もあるのかもしれない。今の方が表情がわかりやすい。
「なぜ裏庭に?なぜ教科書を並べているの?」
「……あー……」
レイナ様はまだ他人の悪意が理解できないのか、本当に不思議そうに聞いてきた。
あなたのせいですよ!と教えてやりたいが、どう答えるのが正解なのか?庶民の私は身分が上の方々の悪業を言えないし、と言って、公爵令嬢の問いに答えないわけにはいかない。
「教室が騒がしくて、外で勉強しようと思ったんです」
「外で勉強……?変わっているのね」
意地悪されてるなんて伝えたら、レイナ様がどう行動するかわからない。絶対にもっと面倒になる。
「そうだ!貴女、すごく優秀なんですってね!」
「え?!」
「運命の番の貴女について知りたくって、色んな方に教えてもらったわ」
驚きで顔が引きつりそうになった。
――情報が回るのが早いと思ったら……真の犯人は貴方でしたか。そりゃあ意地悪もするわな。
公爵令嬢が庶民に関心を持っているってだけでもやっかまれるのに、運命の番だと宣伝しているのだ。
嬉しそうに笑うレイナ様の悪気のなさに、力が抜けた。
「あの……あんまり私を構わないでください」
「ええ?!」
今度はレイナ様が驚いていた。
「レイナ様にはレイナ様のお立場がございます。私も勉強に集中したいのです。私が運命の番という根拠はございますか?」
「まあ、アメリア!私はあなたの香りが特別だとすぐにわかったわ。アルファだらけのこの学園で私のフェロモンは特別ではなくて?」
――確かに、、特別。特別すぎて困るんですよ!
喉元まで出かかった言葉を飲み込んだ。
「私が運命の番とやらでも、レイナ様と私では身分も境遇も何もかも違いすぎて、上手くいくとも思えません。無かったことに致しませんか?」
「アメリア……なぜ?酷いわ」
レイナ様はじわじわと目が潤んできた。
まだ可愛らしさの残る顔立ちに憂いた表情……正直、可愛い。
――いや、酷い目にあってんのは、こっちだから!
勉強、日雇い労働、剣術、勉強……この繰り返しだけの生活だが、私は勉強が楽しい。私を養子に選んでくれた親のために始めた勉強だったのが、今や私の生きがいだ。はっきり言えば妨げられたくない!
「庶民の私とはいない方がレイナ様のためでは?話す必要はないって親衛隊の方々におっしゃっていましたよね」
「アメリア……それについてはごめんなさい。あなたに攻撃がいかないようにと思ってしたことよ?許して。後で言い方が悪かったと反省したの。私もまだ子どもなんだわ」
レイナ様は都合良く子供の立場になる。
貴族は庶民とは話さない。学園内でもいまだに徹底している人もいる。そんな人たちからしたら、公爵令嬢がつきまとう庶民のオメガだ。
――年下のしかも必死な様子の、涙ぐんだ上目遣いが超絶かわいい美少女にこれ以上強く言えるか?いや、言えないわ!
「レイナ、あまり無理を言ってアメリアを困らせないのよ」
私が葛藤していると、教科書を抱えたユーマン様が遮ってくれた。
「ユーマン姉様、邪魔しないで」
ユーマン様に向き合ったレイナ様はケロリとしていた。
――あれ?嘘泣き??
「ミッドフォード家で溺愛されている末っ子のあなたの手口は知っていてよ?」
困惑する私に向かって、レイナ様はイタズラがバレた子どものようにニコリとした。私の黒髪直毛と違って柔らかな金茶色の髪がふわりと揺れた。
「姉様、その本はなあに?」
目ざとくユーマン様の手にある教科書に目を付けている。
「アメリアは勉強熱心だから、先の教科書も見ておきたいそうなの」
「え?!アメリアは庶民なのにどうやって勉強するの?家庭教師とかつけてるの?」
――はい、また庶民発言でました。庶民の識字率は異様に低いから?疑問ももっともですが!
「図書室で本を読んで知識を身に付けました。文字はミッドフォード家が出資している保育施設に預けられている間に学びました」
「ああ……お母様の設立した所ね」
明るい調子で得意になるかと思いきや、レイナ様のテンションは若干下がった。
「感謝しております」
これは紛れもなく本音。
ミッドフォード家の保育施設だけは身分や貧富の差を問わず平等に教育を施してくれた。
私は文字を覚えてから世界が広がった。昔の時代の知らない人たちの研究を古い学説と侮っていた。けれど、読むほどにバカにできないどころか、面白い考察もあって、どんどん研究の楽しさにのめり込んだ。
孤独であっても、本を通して時空を越えて研究者たちと会話しているようだった。素晴らしい!
「これから寮に運ぶから邪魔しないでちょうだいよ、レイナ。初等部の生徒は高等部の寮には入れない決まりよ」
――ああ、ユーマン様はわかっていらっしゃる!
このまま三人で寮に行けば親衛隊の目についてさらに面倒。もちろんユーマン様と居られるだけでも妬まれはするだろうが、レイナ様は番だと宣言しているため、周囲の警戒具合が違う。
――番ならユーマン様が良かったかも……。
「ユーマン姉様って、いっつもお説教ばかりね」
「レイナが規律を守るようにするのは生徒会長としても、幼なじみとしても当然でなくて?」
「私は他の方々には貴族らしく振る舞っているわ」
美しく品のある二人が並んでいるのを見るのは、絵画を見るような贅沢な時間だ。壁になって見ていたい。
オメガだとか、庶民だとか、そんなの無くても、この間に入るのは私ではない。わかってる。




