第04話 異世界家族会議 1
川に沿って草原を歩き続け、その先に広がっていた小さな林を抜ける。
バール達に教えてもらった通りの道筋を歩き続けていると、やがて前方に人工物らしき巨大な影が見えてきた。
そしてそれが一つの町全体を囲っている巨大な壁なのだと判別できる距離にまで近づいた時。
「どこが『ここからそう遠くない』、よ!!」
姉貴がキレた。
……気持ちはわかる。
日の傾き具合から見て、バール達と別れたのが大体昼前ごろ。そして今は夕方過ぎと言ってもいい時間だ。
この世界の一日の長さが地球と同じくらいだと考えると、六時間以上経っている。
そんな時間もの間延々と歩き続けていた上に、道中に起こったトラブルや空腹を我慢し続けているという苛立ちから怒りが生まれてくるのはどうしようもない。
でも実はバールの『ここからそう遠くない』発言はかなり疑わしいと思っていた俺にとっては、このくらい時間がかかるのは割と想定の範囲内だ。
これは都会に住んでいる人たちと田舎に住んでいる人たちの言う「コンビニ? 近所にあるよ」っていう言葉に潜んでいる認識の差に近いと思う。
どう考えても自動車はおろかまともな交通機関もない世界の人たちの言う『そう遠くない』って感覚が、現代日本に住んでいる俺たちと同じわけがない。
口には出さなかったけど、最悪日をまたぐ可能性すら考えていた。
(まだ明るいうちに着けただけで御の字か? ……それにしてもこの世界でも夕焼けは赤いんだな)
真っ赤に照らされた石造りの巨大な壁は、昔一度だけ見たことがある日本のお城を思い起こさせる。
ほんの些細なことだけど、もとの世界と変わらないものもあるってことにちょっとだけ安心した。
というのもここに到着するまでの道中で、何度か魔物らしき生物に襲われるという日本ではちょっと考えられないようなトラブルに遭遇していたからだ。
見た目は兎に近いんだけど、俺の記憶にある兎より明らかに四肢が太く大きくて好戦的。
そんな生物がまるで人間を敵視しているかのように殺意全開で飛び掛かってきて殴る、蹴る、突進するとその五体をフルに使っての攻撃をしかけてきたのだ。
幸い家族全員身体能力が上昇していたおかげもあって、殆ど苦労することなく素手で撃退することができた。
初遭遇時に不意打ちで突進をくらってしまったけれど、たいして痛くもなったので普通に戦って負けることはない気がする。
ゲームの敵で言えば序盤に出てくるスライムのような、初心者向けの存在なのかもしれない。
けれども今まで道を歩いていて動物に絡まれるなんてせいぜい近所の犬に吠えられるくらいしかなかった俺にとって、これはかなりショッキングな出来事だった。
もしあの時の不意打ちが、今姉貴の引き摺っているドラドラコのような生物によるものだったらと考えるとゾッとする。
ちなみにドラドラコのように売れるかどうか分からなかったので、倒したやつはその場に置いてきている。
今後お金は絶対に必要になるし、もし需要があるのならあの兎モドキを狩って金策する選択肢もありかもしれない。
「──で、ここがアルラドであってるのよね?」
大声で叫んである程度怒りも収まったのか、少し落ち着いた様子の姉貴の言葉につられて改めて目の前に広がっている巨大な石造りの壁を見渡してみる。
高さは目算で約五メートル。
土と石で構成された簡単な作りで、町全体をぐるりと囲うように建てられているみたいだ。
町自体の正確な大きさは分からないけれど、よく異世界アニメに共通して出てくる使いまわしの序盤の町くらいの広さはある感じがする。
そしてその壁の一角。ちょうど俺たちの正面方向にあたる部分には、町の中へと通じる巨大な門が開け放たれていた。
「どう見てもあそこが出入り口よね?」
「あれ一か所ってことはないだろうけど、多分そうだろうね」
「衛兵じゃろうか? 武装した人間の姿も見えるの」
「あらあら、じゃあとりあえずあそこを目指しましょうか」
そんなことを話しながら門へと続く簡素な道を歩いていると、こっちに気付いた門番らしき人達が胡散臭いものを見るように視線を向けてきた。
まあ向こうからすれば、見たこともない奇妙な服装をした一団が近づいてきているわけだしな。一見して武装しているようには見えないはずだけど、俺が彼らの立場だったとしても当然警戒する。
とはいえこっちに疚しい気持ちがあるわけではないので、堂々とした態度で門の目の前まで歩き続ける。
そのまま軽く会釈して通り過ぎようと思っていたのだが流石にそれは駄目だったらしく、門をくぐろうとしたあたりでちょっと焦ったように数人の男が近づいてきた。
「待った待った! 初めて見る顔だが、冒険者か? 俺はここの門番の責任者なんだが、ギルドカードか何か、身分を証明できるものがあったら見せてくれ」
革で出来た簡単な鎧に、同じく革製の鞘に収められた剣。
全員が似たような格好をしている一団の中から、周囲より若干年齢の高い男が一歩前に出て話しかけてくる。
「あ、ええとですね──」
「──あらあら、すみません。実は田舎から出てきたばかりで、身分を証明できるようなものは持っていないんです。もしかしてそれがないと町に入れないのでしょうか?」
親父が対応しようと口を開いたが、ファンタジー世界に対する知識と咄嗟の機転という点で不安を覚えたのか、母さんが会話に割り込むような形で口を開いた。
今後のこともあるし、せめて知識については爺ちゃんと一緒に改めて勉強の場を設けるべきかもしれない。
「……いや、なくても入れるが、その場合短期の滞在許可証しか発行できないぞ? 一人頭十ドルク必要だ。金は持ってるか?」
田舎から出てきたと聞いて侮ったのか、無遠慮にじろじろと母さんの体を眺めると、責任者は鼻で笑うような仕草を見せた。
後ろにいる連中も、姉貴の方を見ながらニヤニヤと笑っている。
すげぇ。こいつら命が惜しくないんだろうか。
「──あらあら、先ほどお話したとおり本当に田舎者でして。お金どころかこちらの貨幣制度についても詳しく存じあげないんですの。よろしければご教授いただけますか?」
普段なら即ぶち切れコースのところをいつもと変わらない笑顔で流す母さんだが、その目が一瞬剣呑な光を放ったのを俺は見逃していない。姉貴も気にしていないような素振りを見せてはいるが、こめかみに薄っすらと血管が浮かび上がっている。
二人とも流石にここで暴れるのはまずいというのは理解しているようで、何とか理性が怒りを抑えこんでくれたようだ。
「おいおい、一体どんな僻地から来たんだ? 仕方ないな」
そんな二人の様子に気づくこともなく、責任者は耳をほじりながら面倒くさそうにここの貨幣制度について教えてくれた。態度は最悪だが、意外と親切な人物のようだ。
それによるとこの辺りに流通している通貨の基本単位はドルクといい、銅貨一枚で一ドルク。銀貨で百、金貨で一万だそうだ。
日本円に換算した場合一ドルクが大体何円くらいの価値に相当するのかは分からないけれど、それは物価でも見ながら追々調べていくしかないだろう。
「本来金が無ければ入れないんだが、そこの嬢ちゃん。あんたが引きずっているのはドラドラコの死体じゃないか? どこで拾ったのかは知らないが、運が良かったな。そいつを譲ってくれたら五人分、五十ドルク俺が立て替えてやってもいいぞ」
(妙に優しいと思ったら、初めからそれが狙いだったのか?)
急な提案に思わず家族全員で顔を見合わせていると、男は頭部のない死体を端から端までじっくりと眺めながら「どうだ? 悪い話じゃないだろう?」と催促してくる。
確かにそうしてくれると助かるのは間違いない。
俺たちがお金を持っていないというのは事実だし、このまま町に入れないというのは非常に困る。
けれどもこの提案を受け入れてしまうと、町に入ったところで結局は無一文だ。
今夜寝る宿どころか、飯にもありつけない。
こういう場合どうするのが正解なのかと考えていると、爺ちゃんが一歩前に出て責任者を睨みつけた。
「そいつは正当な値段じゃろうな? わし等はここに来る途中バールという冒険者達に、こいつを売れば当座はしのげると聞いた。その滞在許可証というのはそんなに高いのかの?」
その鋭い眼光に男はビクリと体を震わせると、焦ったように周囲に視線を彷徨わせる。
「おっとっと、バールさんの知り合いだったのか……。そいつを早く言ってくれ。悪い悪い、うっかり勘違いしてたみたいだ。そいつの前足についてる鉤爪片足分。それだけでいい」
目に見えて動揺しながら、他の門番に指示して姉貴からドラドラコの死体を受け取らせようとする責任者。
それなら問題はなさそうだと、爺ちゃんに肩を叩かれた姉貴も不機嫌さは隠しきれていないが素直にドラドラコを差し出した。
(……それにしても)
責任者のこの豹変具合。
爺ちゃんの眼光にビビったのもあるだろうが、それよりもバールの名前の影響の方が大きそうだ。そんなに有名な人だったんだろうか。
「あらあら、勘違いしてしまったのならしょうがないですね」
ニコニコと笑いながら応じる母さんだが、その目は全く笑っていない。
責任者の男も何か言い知れない圧力を感じ取ったのか、額に汗を滲ませている。
「本当に悪かった。……ん、流石にそれじゃ無理か。おいちょっとお前、詰所にナイフがあっただろう。取って来い」
「はっ」
ドラドラコを受け取った門番が鉤爪を剥ぎ取ろうとしているが、かなり頑丈にくっついているらしく、苦戦している。
終いには剣を抜き長い刀身をやりにくそうに爪の根本に突き立て始めたのを見て、責任者が他の部下に声をかけた。
返事をした男が門の傍にある小さな小屋に向かおうと身をひるがえそうとすると、見かねた姉貴がドラドラコの傍にしゃがみ込む。
「あー、もう! じれったいわね!」
言うが早いがメシリ、とまるでバナナの房を引きちぎるかのように簡単に鉤爪をむしり取る姉貴。
ついさっきまで四苦八苦していた男が絶句する前で続けて片足分、、計三本の鉤爪を次々とむしり取ると姉貴は再び死体を担ぎ直した。
「はい、これでいい? あたし早く町に入りたいんだけど?」
「あ、ああ。大丈夫だ……。これが人数分の滞在許可証だ」
「あ、どうもどうも。ありがとうございます」
そのまま鉤爪を手渡された責任者は目を白黒させながらも、何やら文字らしきものが書かれた木札を人数分取り出した。
慌てて親父が受け取ったが、周りの門番は口をあんぐりと開けたまま姉貴とドラドラコの死体の間に視線を往復させている。
「はー、ようやく町ねー。お腹も空いてるけどお風呂もいいなー」
「母さんはまず食事を取るべきだと思うわ。腹が減っては何とやらよ」
「まずは宿。拠点の確保をすべきじゃろ」
「ええと、何をするにしても、まずそのドラドラコを換金しないといけないんじゃあ?」
「冒険者ギルドだっけか。どこにあるんだ?」
貰うものも貰ったし、これ以上ここに長居する理由もない。
俺たちは雑談をしながら、ポカンとしたままの兵士達の横を通り過ぎる。
開いたままの門をくぐり抜け、町に足を踏み入れようという時、後ろから我に返った責任者の声が聞こえた。
「嬢ちゃん! それだけの力があるなら、騎士団か冒険者ギルドに入りな! 正式な身分証も貰えるし、あんたなら稼げるぞ!」
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