そのおっさんはGランク
ある日、ひとつの隕石が地球へと落下した。
それはなんの変哲もない金属隕石として扱われ、人々の記憶からすぐに忘れ去られていった。
数年後、隕石落下地点からほど近い村で奇妙な騒乱事件が起きる。
もはやその国は経済的に行き詰まり、騒乱など日常茶飯事であったため、歪な金属を纏い、なぜか鱗の様に岩石が露出した奇怪な人間や獣が暴れた事すら軽く扱われ、早々に鎮圧され、何もかもが隠蔽されてしまった。
時を同じくして広範囲な地域で奇怪な渡り鳥が目撃されるようになる。
まるで飛行機の様に金属の羽根や胴体を持つモノ、なぜか脚が金属の鉤爪となっているモノ。中には宝石の様なキレイな石を持つモノまで目撃されている。
しばらく後、隕石調査を行った学者が在籍する研究施設でも暴動が発生したが、これも外部に漏れる前に鎮圧され、事実は隠蔽された。
その頃になると世界各地でUMAの発見報告が相次ぎ、真偽不明の奇病の噂も囁かれるようになった。
それでも各国政府はとくに動きを見せることなく平静を保っていたが、日本の鳥類学者が奇想天外な発表を行った事で世界から注目された。
曰く、鳥類の中には金属や岩石を取り込めるモノが居る。
あまりに奇天烈過ぎる発表に、イグノーベル賞モノだとして笑われたのだが、彼はどこまでも真剣だった。
正規の報道で扱われる事はなかったが、様々な動画サイトで取り上げられ、世界中へと拡散された発表から間を置かず、それを証明する様な動画が世界中で投稿されるようになり、すぐさま話題の中心となっていった。
話はそれに留まらず、金属や岩石が癒着した人間まで居るとされるに至り、ネタとしての評価を受ける事になり、沈静化した様に見えた。
だが、実際に各地で原因不明の奇病が流行る様になる。
隕石落下の起きた国の国家主席はそれからしばらく後、全国民の一斉健康調査を発表し、世界から注目を集める事になった。
その調査によって国民にはランクが付与され、高ランクのモノは高額な報酬の対価として奇妙な生物と戦う事を命じられる。
その発表は背景に歪な金属を纏い、岩石の生えたパンダが討伐される映像が流されていた。
各国政府は悪い冗談だというコメントこそ表明したが、それ以上の反応は示さなかった。
それからのかの国において、高ランクを付与されたゲーマー、ネット配信者、俳優などが実際に奇妙な獣や明らかに人間らしき生物を討伐する映像を世界へと配信していく。
世界中からそれに倣う様に金属を纏った熊や岩石の生えた猪などの奇妙な生物を狩る映像が氾濫していく。
動画、画像投稿サイトは都度にそれらを削除していくが、コピー投稿が溢れて後手に回り、政府公認の元で投稿が行われている某サイトへの投稿が溢れる事にもなった。
各国政府はその様な事態に至るも表向きは動きを見せなかったが、米国において撮影されたパニック映画さながらの騒乱シーンが投稿されるに至り、沈黙を貫く事を許されなくなってしまった。
各国政府は動物や人間が突如として無機物と癒着する奇病の存在を認め、対策に乗り出すことを発表した。
国家主席に遅れること半年。もはや国家主席主導で事が進む事は止められなかった。
こうして国際会議の場において、全世界において健康調査を実施し、ランク付与を行うことが決定された。
米国議会はランク付与禁止法案を可決し大統領と対立し、欧州でも同様の騒ぎが巻き起こる。
一方、日本においてはネットでの反対こそ多いものの、テレビは好意的に報じ、動画サイトにおける討伐風景すら称賛する番組が目立つ様になっていく。
それだけに留まらず、金属や岩石を纏う熊や猪、鹿の被害は看過出来ないレベルで急増し、車や建物への被害が日常茶飯事の地域も増えていた。
政府はそうした声に押されて健康調査実施を決定した。
さらに各国が公式に認めた奇病の存在も認め、感染者の隔離を行う事も発表する。
既に動画サイトでは人を基にした歪な二足歩行モンスターを討伐する投稿も複数存在していた事から、それを見た視聴者達も政府の決定を支持、いつもは反対するはずの野党や市民団体すら騒がない異常な静けさの中で事態は進んで行った。
欧米各国ではランク付与は民族差別や弾圧を生むとして中々話が進まないにも関わらず、日本は速やかに健康調査を実施し、ランク付与が行われた。
幸運な事に日本人の七割程が「感染しても重度の事態を引き起こさない」とされるCランクまでに留まり、「危険性が高い」とされるFランクは一割に満たなかった。
しかし、恐れた事は起きる。
一割に満たないとはいえ、Fランクは存在する。
そして、国民もそうしたFランクを隔離することを望んだ。
健康調査が義務化され、渋々検査を受けたひとりのおっさんが居た。
「マジか・・・」
結果はFであった。
精密な検査が必要だと言われ、会社に報告するとその場で解雇が伝えられる。
「隔離されるなら仕事どころじゃないだろ」
などと言われて悲嘆に暮れ、さらなる検査で一日が終わる。
その夜、経過観察のため一時入院となり、何の情報もない隔離への不安を抱いたおっさんの元へと特徴に乏しい青年が訪れる。
「高鉢健太さんですね?お迎えに上がりました」
丁寧にそう口にする青年からは感情が読み取れず、どこに連れて行かれるのか不安に陥る。
「説明は移動中に行いますので、こちらへ」
もはや抵抗する気も起きないおっさんは彼に従って部屋を出てヘリポートへと案内された。
そこにはオスプレイを小さくした様な機体がプロペラを回しながら待機していた。その不思議な機体に乗り込むまで一言も喋らないゼロ円スマイルを不気味に思いながら無言を貫く。
機体が離陸して程なく青年は口を開いた。
「いやぁ、大変でしたね。高鉢さん」
ゼロ円スマイルを向けて朗らかにそんな事をのたまう。
「しかし、受けた施設がよかった。すぐさま保護出来たのは幸運ですよ」
などとまだ訳の分からない話を続ける青年の話を無言で受け流すおっさん。
「あなたはFランクではないとの結論に至りました」
「え?」
おっさんは期待する様に青年を見る。
しかし、青年が先に何と言ったかまては気がついていなかった。
「驚かれるのも無理はありません。世間では最底辺はFランクとされていますが、実はGランクというモノが存在しており、日本には100名ほどは居るだろうと見積もられています」
それはおっさんにとって死刑宣告にも等しかった。底辺のさらに下があったなど、もはや絶望でしかなかったからだ。
そして素早く辺りを見回す。機内に居る人達は一般人には見えなかった。
「そう怖がらないでください。ここは日本ですよ?Fと判れば人体実験の道具にされたり、問答無用で処理される様な事はありません。まあ、Gランクともなれば、各国が奪い合う存在となるので、真っ先に我々が保護しなければいけませんが」
ゼロ円スマイルを崩さずに青年はそう口にし、おっさんの想像を半ば肯定した。
それからしばらく後に予想した通りに自衛隊基地へと着陸した機を降りると、さらに大型の機体に乗り継ぐ必要があった。
その機には別の乗客も乗り込んで来て、彼ら彼女らも自分と同じ立場であろうと予測出来た。
「これより硫黄島へ向かいます。旅客機に比べて揺れる場合がありますのでお気を付け下さい」
その日、おっさんを含め6人の日本人が戸籍から抹消された。
降り立った南海の孤島はまさしく孤島にふさわしい寂しい景色であった。
「ようこそGランクの皆さん。自己紹介がまだでしたね。私は対象研究機構所属の鈴木一と申します」
ゼロ円スマイル青年はそう名乗り、おっさん達に事の次第を説明した。
現在世界を騒がしているのは無機物生命体であり、寄生された動物は金属や岩石などを取り込む様になる。
その過程で死ぬ場合も多く、D〜Eランクの者が寄生された場合、死亡率が極めて高い。そして、Fランクの場合、融合が成功する確率が高いが、進行すれば神経が侵され凶暴化して暴れ回る事になってしまう。
だが、稀に寄生された「対象」を自ら制御出来る者が存在している。
「渡り鳥には共生関係を築ける種が多く存在している様ですね」
ゼロ円スマイル青年はその様に締めくくり、一人の人物を促す。
「金田惣七です。先ほど鈴木さんが仰っていた様に、渡り鳥には共生関係を築いて自在に操るモノが存在します。その研究から、人間にも発現するのではないかと考えて居りました」
金田と名乗った人物は世界で初めて奇怪な鳥に関する発表を行った人物であった。
それがなぜここに居るのか、おっさんたちには分からない。
「たまたま、私も貴方がたと同じGランクでして、研究に打ち込むあまり、ほら」
金田はサッと網を手にしていた。
「気が付いたらこうして取り込める様になっていましたね」
嬉しそうに語る彼は、今はこの南海周辺での渡り鳥研究を行っているそうだ。
「皆さんにも話した様に、日本にはこの様な能力を持つ人が100名前後居るものと推定しています。ただ、家族関係や社会的な問題から我々が一度に保護出来ていないのが現状です」
話を引き取った鈴木青年がさらに続ける。
「だったら、私たちなら感染しても問題ないんじゃない?」
連れて来られた女性がそう発言した。
「危険性さえ無ければ、ね。しかし、まだまだ分からない事が多い。それに、結城さんの様に襲われた例もある」
怯えた様子の少女に視線を向け、鈴木青年はその様に口にした。
「だから、Fランクなら襲いかかったりしないんだから問題ないでしょ!」
「そうでしょうか?金田さんを見て、『ああ、普通の人だ』と、安心しますか?手から出るのはナイフかも知れない。何を体内に取り込んでいるのかわかりませんよ?」
その通りだ。僅か100名足らずの異常性質持ちが普通の人な訳がない。
「それに、あくまで日本では、網やナイフを出し入れする程度でも、外国ではそうは受け取りません。結城さんはFランク排斥者達に襲われそうになっていましたが、加害者達は基地反対運動グループのメンバーでしてね。某野党との繋がりもありました」
「何ですか?脅しですか!」
吠える女性を尻目に、おっさんはその意図を理解した。
「世の中、得体の知れない者を排除したいのは人の性でしょう。それが利権や、まして権力を侵すかも知れない脅威と見れば、排除のやり方は、コレ」
おっさんは手刀を首に当てる。
「よくお分かりで。もちろん、それを利用しようという国も存在しますから。我々としては、その様な生体兵器として皆さんが利用される事も望んではおりません」
鈴木青年はゼロ円スマイルのまま、そう言って肩を竦め、先ほどの女性も黙り込んでしまった。
それからはこの基地職員としての身分や戸籍が新たに作られ、以前とは別の人間として行きていく事になった。
それから10年、世界は幾らか平静を取り戻したが、以前とは様変わりしてしまっている。
おかしな鳥が空を飛び、山や森からは不可思議な獣が街を襲う。
「高鉢さん!一匹そっち行きました!」
「はいはい」
おっさんは外獣と命名されたそれらモンスターを駆除する総務省外獣駆除局の職員として日夜働いている。
「お、コイツは足の補強に使えそうだな」
その姿は特撮ヒーローの様な外殻が体の各部を覆う姿をしており、一見すればボディアーマーを着込んでいる様に見える。
「駆除完了。周辺に外獣の姿なし」
「真面目に通信しながら何やってるんですか?マジきもいです」
Gランクの人数も今では40人を超え、本土へ戻り働く者も増えている。
「いや、きもいって。見なよ、コレ。こうやってほら」
50になろうかという高鉢は、その能力によって金属を外骨格として扱えるため、未だ現役で外獣駆除を行い。こうして適合する素材を剥いでは自分のモノとしていた。
能力は人それぞれであり、高鉢の様に外骨格や鎧化出来る者、剣や槍の様な武器を形成出来る者。中には直接ネットワークへアクセス出来る者など、まさしくSFが現実のものとなっていた。
「チクリますよ?」
「あ、それはヤメて!」
動物が世代を越えて形質を受け継ぐ事が証明されると人にも適用しようとGランク内での結婚が奨励され、引きこもり気質の高鉢も政策によって結婚する事が出来た。
ただし、相手は後から保護された優秀なエンジニアであり、外骨格の鎧を纏えるチームのボスである。頭が上がるわけがなかった。
「平和ですね」
ふと、高鉢を弄る仲間が呟いた。
「日本だからさ。ゼロ円スマイルの言ってた通り、海の向こうじゃGランクは殺されるか、生きるために機械になるしかない」
海を西へ渡った先では政権維持のために不要ランクを排除しようとする政府と、それに抵抗する反政府組織との内戦が勃発していた。
東でもサイボーグ映画さながらの事件や騒乱が後を絶たず、ネットワークに潜るGランクを利用した巧妙なフェイクや詐欺が横行していた。
決定的に人数が少ないGランクが主導権を握れる場面こそ無いが、Gランク無しに物事は進まない。混沌とした世界が広がっている。
「はぁー、早く相手見つけないとなぁ」
新たに加わったGランクにも、結婚は奨励され、Gランク内で相手を見つける事が求められた。
「竹原なら、すぐだすぐ」
「いや、相手を早めに申請しないと高鉢さんの2号ですよ?絶対に嫌、こんな厨二病中年なんか」
「酷いなぁ、俺が側室持てるとか思ってるの?」
あくまで形質維持のためにGランク内結婚が奨励されているため、治外法権状態にある彼らは重婚が認められている。当初は男性比率が高かったが、この数年で多数のGランクが一度に保護された結果、今では女性に比率が傾き、この様な状態が発生していた。
「本部より各局。西地区にて一種外獣発生、出場要請。一課、二課出場」
「最近多いねぇ~」
「何言ってんすか、私ら一課!分かってます?」
機密のベールに包まれたGランクだが、日本においては外獣駆除を行う主戦力として活躍するヒーローであった。
それはGランクのほんの一部に過ぎないが、その活動を国民に流す事で、ランク差別を緩和しているのも事実であった。