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そういえばアンとエレナはどうしたのかしら?
出発する時に姿が見えなかったけれど。
一緒に行けなくなったことを、言い出せなかったのかもしれないわね。
「どうしたのかしら?」
突然、馬車が停止した。
「お嬢様、エレナさんです。ご案内してもよろしいでしょうか?」
「えぇ」
御者より、エレナが道を塞ぐよう佇んでいたので停止したと報せを受けた。
馬車の扉をノックした後にエレナが顔を出す。
「お嬢様、エレナです」
「良かった、エレナ。 急に姿が見えなかったから心配したわ。さぁ、中へ」
エレナは馬車に乗り込み、隣へと腰掛ける。
「エレナ、こんな所で何していたの?」
私の身支度を整えてくれた後に、一足先にアンと共に神殿へ向かい、出迎えるつもりだったらしい。
「お嬢様、お引き留めしまして申し訳ありません。
ちょっと軽い運動をしていましたら、お嬢様の馬車が見えましたので。さぁ、参りましょう」
エレナは運動をしていたとは思えないほど、いつも通りの涼しい顔だった。
「運動? 邸からかなり距離はある気がするけれど、ジョギングかしら?」
「ジョギングと言いますか……。
ちょっと気になる犬を見かけまして。」
「まぁ、犬を? ふふ、エレナは可愛いわね。気になる犬がいたのなら、邸で飼えるようにお父様にお願いしようかしら?」
「お嬢様、お心遣いありがとうございます。
ですが飼うのは無理かと」
「あらどうして? お父様は動物お嫌いだったかしら」
「いえ、先程見かけたのは危険な犬でした。それで、なるべくお嬢様から遠ざけたいと追い払っていたのです」
「まぁ、そうだったの。エレナ、そこまで心配をかけてごめんなさいね。
でもエレナ、私の為に危ないことはしないでね」
「お嬢様はなんとお優しいのでしょう!
お嬢様は、私がお守りします!」
「ふふ、大袈裟ね。エレナと一緒で心強いわ」
神殿へと到着すると、入口にはアンが待っていた。
「お嬢様!」
アンは私達を見つけると、駆け寄ってきた。
どこか、その表情は暗い。
「お嬢様、申し訳ありません」
開口一番アンは謝罪の言葉を口にする。
「アン、どうしたの?」
アンはエレナに視線を移して軽く首を左右にふった後、私へと向き直る
「……実は、お嬢様とご一緒に滞在するお赦しをいただけませんでした。
お嬢様をお一人で行かせることなどできません‼︎」
「アンさんもダメでしたか」
「え?エレナも断られたの?」
「はい。自己修練とは修行を積むこと。お付きの者の滞在は許可できないと。
それでアンさんには、別行動で一人で神殿へ向かってもらったのですが。」
「最初は受け入れてもらえそうだったのですが、軽く身元確認をされました。
偽名は勿論、働き口なども嘘はダメでした。」
偽名や虚偽の発言をしたのね、神殿に対してそんなことをして大丈夫かしら?
「お嬢様、もう一度お願いしてみます!
それでも無理の時は、お嬢様お部屋の場所をお手紙でお知らせください。後は何とか致します」
「ええっ?エレナ、待って、良からぬことを考えているでしょ!
アンも落ち着いて。確かに身の回りのこと何もできないけれど。
神殿へ行きたいと決めたのは私だわ。だから一人で大丈夫だから。心配しないで。ね」
「お嬢様、ですが」
「私の為だと思って、二人ともお願い。
これ以上、あなた達二人に無理をさせられないわ。神殿と揉めて二人に何かあったらと思うと、心配だわ」
二人に軽く頭を下げてお願いすると、
ひどく慌てた様子で、しぶしぶ見送ってくれた。
アンはともかく、エレナは引き下がったとは思えないけど。
手荷物を持ち神殿へと足を踏み入れる。
ふぅっと呼吸を整えてから声を出す。
「あの、今日からこちらで滞在することになっているのですが…」
「あぁ、体験の方ですね。ご案内します。こちらへどうぞ。」
神官服を着た男性に声をかけると、奥へと案内された。