それぞれのパートナー
最終話後のお話です
雲一つない澄みわたった空の下、神殿では盛大な結婚式が執り行われようとしていた。
新郎 大神官ニコライ、
新婦 マリーベル・マーティン侯爵令嬢
神殿の体制が大規模に改正されたこともあり、開けた神殿、クリーンな神殿へと改善されていった。
王政との連携を怠らず、奉仕活動に従事し、国民の声に耳を傾ける大神官ニコライの努力の賜物だ。
以前悪女と噂されたマリーベルだったが、その姿を見た者からは、女神と敬われるようになっていた。
奉仕活動などの際には、ニコライの側にいつも寄り添い、支えあう姿が度々目撃されていたからだ。
ニコライの掲げる開けた神殿の名の通り、式には王侯貴族と国民が混在して参列。
とは言え全員が入り切れるわけではないので、神殿の入口付近には大勢の人達が集まっている。
二人の門出を祝おうと今か今かと待ち構えていた。
式場入口の扉の前では、ニコライとマリーベルが佇んでいる。
「マリーベル!本当に、本当に、もう、結婚するのか? 私は、私は、マリーベル!」
「あなた、もう時間ですよ! あなたがそんな感じだから、バージンロードを歩けないのですよ! 前代未聞ですっ、マリーベル、大丈夫よ、引きずってでも連れていくから! おめでとう!本当にきれいよ!
ニコライ殿、よろしくね」
「こ、こら、私を物のように引きずるなんてっ! 待て待てっ! ニコライ、ニコライ、約束は守ってくれよ~、マリ~ベル、いつでも帰ってきていいからな~」
「お義父様、お義母さま、マリーベルのことはお任せください。」
「もう、お父様ったら、ふふ」
マーティン侯爵はバージンロードを歩くことが許されなかった。
バージンロードをマリーベルと共に歩いた後、ニコライへとマリーベルを渡すことができないからだ。
リハーサルを何度も何度も行ったが、毎回泣いて拒否するので、マーティン侯爵はマリーベルのエスコート禁止となった。
特例として、バージンロードを父親ではなく、新郎新婦で歩くことになった。
「マリーベル様、本当におめでとうございます! 今回は私の孫にまで衣装をありがとうございます!あの子達もマリーベル様のベールを持つという大役を任されて大変はしゃいでおりました。 のですが、どこへ行ったのか、戻ってこないですね、マリーベル様、探してきます! エレナ万が一の時はあなたがお願い」
「アン、そんなに走ったら危ないわ」
ゴーン、ゴーン、ゴーン、ゴーン、
神殿の鐘が不規則に鳴り響いている。
「おかしいですね、鐘は式の後のはずなのですが、確認してきます」
「ニコライさまはマリーベル様のお側に。私が見て参ります。お嬢様、少し失礼致します。」
「エレナ、よろしくね」
「なんだか、急に緊張してきました、ニコライ様。それよりも先程のお父様がおっしゃっていた約束とは?」
「あぁ、そのことですか」
「ちょっ、ニコライ様、どこを触るのですかっ」
「大丈夫、今は誰もいませんよ。綺麗です、マリーベル」
ニコライはマリーベルのお腹をそっと撫でると、マリーベルの首筋に吸い付く。
その間もゴーンゴーンと神殿の鐘の音が鳴り止むことはない。
「マーティン侯爵、いえ、お義父様に言われたのです。結婚を許す代わりにマリーベルを幸せにする事が第一、第二に私達の子供を侯爵家の後継者とするように、と。
ですが、既に子供がいると知ったら、私は殺されてしまうかもしれませんね。マリーベルのかわいさに我慢できなくて、今も……」
「ちょ、ニコライ様、首はやめてください、跡がっ」
「ふふ、この際皆に見せつけておきましょう。」
✳︎✳︎✳︎
鐘の音を止めるべくエレナは階段を駆け上がっていた。
しばらく登っていくと、男性の後ろ姿を捉える。
その男性の背後に素早く追いついて、エレナは声をかけた。
「また、あなたですか?
お嬢様の周辺をウロつくのはお辞めください。
お嬢様を煩わせないでください。いい加減、諦めるようにするのもあなたの役目では?」
階段を登っていたビルは、エレナの声を聞きゆっくりと振り向く。
「おやおや、もしかして私に話しかけているのですか? あなたに犬呼ばわりされた私に? 今日は人間扱いしてくださるのですか?
アーサー様は潔く身を引き、本日はお忍びでお祝いに来られているのです。アーサー様に対して失礼な発言は見過ごせませんね」
「あれのどこが潔くですか。とにかく──」
「エレナ嬢、ターナー男爵家の次女。
幼い頃より兄と共に護身術を習う。
学園での成績はクラスではトップ、学年では5番前後。料理や刺繍などの腕前も上々。
マリーベル様の望まれることならば、命も惜しまない。
我々を見ても怯まない姿勢、中々です。
それなりの度胸と忠誠心があると言ったところでしょうか。」
「調べたのですか?」
「最近、とある家との縁談の話があるとか。侍女を辞めるのですか?」
「私は一生お嬢様にお仕えすると決めています!というか、関係ないでしょう、あなたには」
「えぇ、犬呼ばわりされた私には関係ないことですが、一つ提案がありして。マリーベル様の側に一生仕えることのできる提案を」
「根に持つ男は嫌われますよ。」
「はは、それは困りますね、これでも私はモテるのですが。私とパートナーになるのはどうですか? 煩わしい縁談の話もなくなります。
一生働きたいというのなら自由に。」
「ふざけてるのですか?そもそも身分が違いすぎます。」
「それなりに根回しくらいできます。どうです?悪い話ではないと思いますが。
我々が警備しているにも関わらず、計画性もなく勢いで忍び込もうとする姿は、見ていてちょっと心配になりましてね。
少し調べさせていただきました。
お淑やかな姉とお転婆な妹。姉ではなく兄につきまとう姿に、家族も頭を抱えていたようですね。
ですが、行儀見習いとしてマリーベル様の侍女になってからは、落ち着いた──というかマリーベル様の噂にかき消されたのでしょう。」
「ディスってるのですか? 私、それなりに強いですけど、叩かれたいのですか?」
「いえ、その、これでも一応、口説いてるつもりです」
「は?口説いてる?私をですか?」
「──えぇ、まぁ」
「変わった方ですね。考えておきます。そんな義務的な口調で告白なんて……モテるのは嘘でしょう?」
「まぁ、遠からず近からず……黙っているとモテますけどね。
なるべく返事は早くいただけると助かります」
「でしょうね、それよりも、早くあの鐘を止めてください」
「止めてくるので、あなたの隣の席は空けておいてください。続きは後ほど」
「お嬢様の晴れ舞台なんですから、急いで! それと、名前は存じてますけど、まずは自己紹介からするのが普通でしょう? 後でいいです!とにかく!急いで!」
「自己紹介からですか? そういうこと飛ばして結婚するのはどうですか?」
「ビル様! 二度と口聞きませんよ」
「やれやれ、仕方ないですね。今回ばかりは主の行動を恨みます」
ビルは迅速に階段を駆け上がって行った。
✳︎✳︎✳︎
屋上に設置されている鐘を鳴らしながら、叫んでいる人物がいる。
「マリーベル! マリーベル!、どうか、どうか、くっそー、なんでだー!」
「アーサー様、結婚式を潰す気ですか!」
「私以外との結婚式なんて中止にしろー!」
「アーサー様!とりあえずその手を止めてください!うるさいので」
「ビル! お前に何が分かる!」
「お忘れですか?式には国王陛下も来られることを」
「うっ!」
「ビル様、ここは私にお任せください。」
鐘の音にかき消されないように、大声で話しながらミシェルが近づいてくる。
「ミシェル様、では、宜しくお願い致します」
「お互いに大変ね、本当に。
アーサー様!
誰かさんの婚約者候補になっているせいで、エスコートしてくださる相手が見つかりませんの。
父や兄達が来るわけもないでしょう?
私が参加することにも渋々目を瞑っているという感じですのに……。だから、表立って参加出来ないもの同士、責任持ってエスコートしてくださいませね?」
「ぐぬ……ミシェルも来てたのか……ニコライ……お前はあいつの義妹、裏切り者め」
「女々しいですわね、えぇ、えぇ何とでもおっしゃってくださいな。私は、お兄様がだーいすきですもの。 お兄様は大人ですから、こーんな子供みたいなことはしませんわ、というか、国の未来が心配になってきましたわ」
「私はっ、子供ではない、ちょっとした余興を行っていただけだ!これはっ、そう、余興だ、さて、では行こうか、ミシェル」
「はいはい、では参りましょう。仕方ありませんね。このながーい階段を降りなければなりませんけれど。急ぎましょう」
✳︎✳︎✳︎
「汝、健やかなる時も病める時も、喜びの時も、悲しみの時も、富める時も、貧しい時も、これを愛し、敬い、真心を尽くすことを誓いますか?」
「「はい、命ある限り、真心を尽くすことを誓います」」
「では、誓いの口づけを」
「マリーベル、これからもどうか私と共にいてください」
「ニコライ様、あ、愛しています」
ニコライは、マリーベルの火照った顔を覆っている純白のベールをそっと持ち上げると、その小さな唇に自身の唇を深く重ねた。
「マリーベル、私も愛しています。誰よりも」
~fin~
最後までお読みいただき本当にありがとうございましたm(_ _)m