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貴族達が通うとある社交クラブのV I Pルームにて、二人の人物が密談をかわしていた。
ロブソン侯爵とポーター侯爵だ。
婚約者候補の娘達は、ライバル関係にあるので犬猿の中であることは周知のことだが、当主同士は水面下では持ちつ持たれつの間柄だった。
有力高位貴族同士が頻繁に交流を重ねることは、王家に翻意ありと疑われ兼ねない。会う日程や内容などは例え些細なことでも王家に報告の義務を課されている。
その為密談を行う場所には、秘密厳守のこの社交クラブは最適の場所だった。
「━━まずいことになった。」
ウィスキーのグラスを片手に持ち、氷を揺らしカランカランと音を鳴らしながらロブソン侯爵は呟く。
「あぁ、まさかこうもあっさり神官長が拘束されるとはな」
ポーター侯爵はグイッとグラスに注がれていたウィスキーを一気に煽ると深くため息をつく。そして続きの言葉を述べる。
「王宮の騎士が邸にまで押し寄せてきた。だが、早々に追い返したがな。探られても証拠など見つかるわけないさ。お前のとこは大丈夫なんだろうな?」
「あ、あぁ。大丈夫さ。だが、バレたらまずいことになる。あの神官長がどこまで情報を掴んでいたかによるが……充分な金を積んだんだ。口が軽く無いことを祈るばかりさ。どちらにしても、何も証拠がないんだ。」
ロブソン侯爵は乾いた唇を舐め、動揺を悟らせまいと必死に取り繕う。
「何をそんなに焦っている?アーサー殿下なぞ恐るるに足りない。あんな若造に何ができる」
「だが、単なる色ボケ王子かと思っていたが、強引に神殿に介入してきた。もしかしたら、我々はみくびっていたのかもしれない。」
「はっ!あれが相手を油断させるための演技だとでも?我らの密偵が掴んできた情報が間違っているとでも?あの王子はマリーベルに現を抜かしているだけじゃないか。何にしても、しばらくは大人しく従順なふりをしていればいいさ。これまで通りにな」
「ポーター侯爵、貴殿は最悪バレたとしても、多少の税金を納め、少しの領地をとられるくらいですむだろう。廃鉱山と報告していながら、実際は多くのサファイアを発掘して儲けているんだ。あの女神像のイヤリングも貴殿の鉱山から採れたものだろう?価値は計り知れない。見事なものだった。」
「黙れ!ロブソン侯爵!密室とはいえ、どこにネズミが潜んでいるかもわからない。口は慎め。そんな口軽で、よく敵対関係にあるロゼア国と内通できているものよ。あの女神像の花束の宝石も、どうせロゼア国から受け取ったものだろう?神官長の口どめ料にしては随分と高額なものを贈ったものだ。まぁ大方、神官長にロゼア国へ情報を流していることでゆすられたのだろうがな。あの神官長は強欲だが、情報収集能力は侮れないからな。」
弱味を握って優位に立っていると思っていたロブソン侯爵だったが、自身の弱味が握られていたことに青ざめる。
追い討ちをかけるようにポーター侯爵は言葉を続ける。
「しかも、流していた情報はマリーベル嬢のこともだろう?マリーベル嬢を溺愛しているアーサー殿下やマーティン侯爵にこのことが知られたら、命はないだろうよ。はっ、せいぜい気をつけることだな」
「地獄に落ちる時は道連れにするからな!そ、そうか!マリーベル嬢……その手があった。ポーター侯爵、実はなロゼア国がこのレーニア王国と同盟を結びたいという意向を示している。今まで敵対関係にあったロゼア国と友好な関係を築くチャンスさ。
我らの功績にするのだ!
友好の証としてあの国の第二王子のユーリ殿下が、この国で妃を探しているらしい。そこで、マリーベル嬢を差し出すのさ。」
「お前、バカと思っていたが、死に急ぎたいのか?」
「まぁ、聞け。マリーベル嬢を我々で攫ってユーリ殿下に差し出すのさ。あくまでも、マリーベル嬢自らの意志で向かったと見せかけてな。
あのアーサー殿下は必死に取り戻しに向かうだろう。そこに我々も同行するのさ。私がユーリ殿下に話はつける。
そして、我々の交渉のおかげでマリーベル嬢は無事に連れ戻せる。
しかし、仮にも婚約者候補のマリーベル嬢が他国の王子の元へと向かったんだ。本人が何もなかったと証言したとしても、世間では疑うだろうよ。手を出されたのではないかと。傷ものだと。
そんな醜聞が広まれば王家とて婚約者とは認めることができないさ。
そこで、我々の娘達の出番さ。どちらかはアーサー殿下の婚約者に、そしてもう一人はロゼア国の妃に。なぁ、悪い話ではないだろう?
マリーベル嬢のことで、アーサー殿下は我々の罪のことなど頭の片隅にものこらないだろうよ。」
「だが、あのアーサー殿下がマリーベル嬢をあきらめるだろうか?それに、敵対しているロゼア国へレイチェルを嫁がせることはできない。」
「ロゼア国も変わりつつある。王族と縁ができるんだ。喜んで我が娘ジャクリーンを差し出すさ。そのために金をかけてきたんだ。」
「決まりだな。あの王子の鼻っばしらをへしおってやろうではないか。ロブソン侯爵」
「ふはは、楽しみだな、ポーター侯爵」
二人の高笑いがしばらく室内に充満していた。