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《黒鉄庵の姫君》 その三


 酒と団子を楽しんで、意気揚々と先導する小四郎を追いかける。


「こっちだ、こっち。芥川の屋敷はな、城の近くにあるんだよ」


 その背中を見ながら、あおばが「ちなみにですが」と呟いた。


「やつがれも、御曹司に泣かされたことがございましたね、そういえば」


 だから言い淀んだんだよ。冷たい視線を避けて、目を逸らす。

 城に近づくと、さすがにひと気が増えてくる。通りには、すすけた顔の肉体労働者達や、店前で野菜や魚を売る商人の姿もある。

 通りの角の開けた場所に、やけに人が集まっていると気づく。その中心から、ひときわ大きな、しゃがれた大声が響いていた。


「祟りじゃあ! 黒葛黒勝様は、祟りに殺されたのじゃあ!」


 ……これまた、剣呑な文言だ。呪いの次は祟りか。


「小四郎殿、あれは?」


 問いかけると、小四郎が苦笑した。


「やちよ婆の、いつもの妄言だな。歩き巫女……、ではないか、もう。元は恐山や浅間山で修行をした、有名な巫女だったらしいが、二十年以上は前から来栖に居ついている。今は巫女って言うより、変な予言を言いふらして回る、おもしろ婆だ」


 おもしろ婆って。どこの街角にも、そういう占い師やまじない師はいるものだが、あんまりな言いようだ。


「これより、あたしゃが黒葛黒勝様の霊をこの身に降ろし、実際の、真実の、嘘偽りない話を語ってみようではないか! 恐山で磨いた降霊のわざ、とくとご覧あれい! ――どうも、黒葛黒勝です。祟りに殺されました」

「婆さん、お殿様はそんな気さくな喋り方しねえだろ!」

「うるさいわい! ほら、笑ってる奴ら全員、見物料を寄越しな!」


 たしかにおもしろ婆だった。群衆もげらげらと大声をあげて笑っている。

 あおばが、興味深そうに首をかしげた。


「祟り、でございますか。おみつ様は、呪いだとおっしゃっておりましたが」

「俺には、その二つがどう違うのかよくわからねえが、祟りでも呪いでも不思議じゃねえよ。おみっちゃんも言ってたろ、黒勝が嫌われていたって」


 うなずくと、小四郎は急に足を止めた。


「この国、あんたらにゃ、どう見える?」

「どう、って。……寂しいところだな、とは思ったけど」

「そうだ」


 小四郎が、神妙な顔でうなずいた。


「来栖はな、年貢が重いんだよ。毎年、本途物成で五、御用金が固定で三ほど取られる。八公二民だな」

「は……、八公二民だって?」


 本途物成は田畑の収穫に応じて取られる本年貢で、これが毎年取られることはおかしいことではない。しかし、御用金は橋や水路を建てるときに、臨時で徴収されるもの。毎年、御用金が固定で三割も追加されるのは、尋常なことではない。

 ざっくり言えば、稼ぎの八割を国に持っていかれていることになる。


「そんな重税で、民の生活は成り立つのでございますか」

「成り立たん。黒勝の代になって、まだ十年ほどだが、御覧の寂れようよ。本当は九公一民にしたかったらしいが、芥川のじじい達、先代からの忠臣が粘って、八公二民にしたそうだ。それでも、もうすぐ一揆が起こるだろう……、という折、黒勝が死んだ」


 それは……。江戸から調査のために遣わされてきた立場柄、大っぴらに「良かったね」とは言えないが、町民から見れば願ったり叶ったりだろう。そりゃ、盛り上がるわけだ。


「民だけじゃねえ。口には出さねえが、臣下もみんな、ありがたがっているだろうよ。一揆が起こる前に、殿様が死んで、無為な争いをせずに済んだんだからな」


 だろうな、と思う。自分も同じ立場なら、手を叩いて喜んだに違いない。一揆が起これば、民にも兵にも多大な犠牲者が出る。それはよろしくないことだ。


「……すまんな、ちょっと語っちまった」


 小四郎が歩き出す。通りを過ぎて、城の堀の脇の道へ。堀の水は濁り、落ちた枯葉がぷかぷか浮いていた。

 調査なら、城にも入って、現場を確認する必要があるのだろうか。まずは芥川様に会いに行かねばならないけれど。……というか、殺人の調査って、どういう手順で進めるのが正しいんだ?


「それにしても、笹木様は来栖国にお詳しいのでございますね。いつごろから城下に?」

「いや、来たのは最近だ。流れ者だらけだぜ、この国は。……お、見ろよ。噂をすれば、流れ法師の赤龍(せきりょう)だ。うさんくせえぞ、あいつは」


 小四郎が指さす方向には、しゃらん、しゃらん、と錫杖を鳴らして歩く、くたびれた袈裟姿の男がいた。周囲には若い女性が何人も集っている。

 その法師は男の自分から見ても端正な顔立ちで、なるほど、女性が取り巻くのもわかる。つるりとした禿頭がよく似合う、本物の美丈夫だ。法師は柔らかな微笑みを浮かべ、女性達になにかを差し出している。


「皆さま、ご利益のあるお札は、どうですか。見てくださいこのお経、効能、効力、神通力があるとは思いませんか。拙僧の想いが込められております。どうか、拙僧だと思って、傍に置いてくださいませんか。――あ、一枚十二文となっております」


 うさんくさいどころか、なまぐさい法師だった。それでも女性達がこぞって巾着を取り出す様を眺めて、小四郎が堀につばを吐き捨てた。


「民の暮らしが荒むと、ああいうやつも流れてくる。一揆になりゃ、死者も出る。死者が出りゃ、坊主は供養で一儲けってわけだ。ま、俺達浪人もそうだがね。公か民か、どっちかが用心棒として雇ってくれるはずだったって寸法よ」

「では、笹木様はどちらに雇われるおつもりでございましたか?」


 あおばの問いかけに、小四郎はにやりと笑った。


「……どっちか、だよ。どっちでもいいのさ。ほら、あのデカい松の木の屋敷。あそこが来栖国家老、芥川三茶の家だ。苦労人だからな、あまりいじめてやるなよ、お役人」

「いじめたりはしないよ。お役人でもないし」


 正確には、お役人の命令でやってきた、ただの使い走りである。


「逆にいじめられてしまわないか、やつがれは不安でございます。御曹司は、この通りの性格でございますから」

「ちげえねえ」


 うるさいな、こやつら。……そう思いつつ、言い返さないあたりが『この通りの性格』なのだろう。


「俺は、黒墨寺の近くにある、松井坂って男の道場に世話になってる。手合わせはいつでも大歓迎だぜ、浮気刀の十一郎殿よ」


 そう言って、小四郎はのしのし歩いて去っていった。



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