《鳥の一党、あおばずく》 その七
原因は、棒手振りから買った漬物だという。
臭いが強いため、毒を混ぜても気づけなかったのだろう。漬物を買った女房は、青い顔で「初めて見た棒手振りだったが、口のうまい男で、思わず買ってしまった」と語り、黒姫様に激怒されていた。
城下町から連れてきた束髪の町医が、座敷の布団で横になるあおばの脈を取り、口元に耳を寄せて呼吸を聞き、首を横に振る。
「なんの毒かわからん以上、私にはどうにもできかねます」
「町一番の医者じゃなかったのか、あんた」
いけないとわかりつつも、言い方が強くなってしまう。
「……繰り上がっただけですから。ほんの五年前までは、町一番は黒墨寺の御住職でした」
あの呆けた老人が? 眉を顰めると、町医者は「医者とて、己の老いは治せません」と目を伏せた。
「黒墨寺の、正念を呼んでくださいませ。あの小坊主はまだ子供ではありますが、御住職の技を少なからず継いでいるはずです。私ではわからないことも、わかるやも」
正念を呼ぶため、また、小四郎が走ることになった。
「すまない、小四郎殿。使い走りのようなことをさせて」
「いいんだ。こういうとき、体動かすくらいしかできないからよ。……こういうときじゃなくても、そうだがな。俺も、勉学をきちんと修めるべきだったな。十一郎は、あおばさんの傍にいてやれ」
そう言って勢いよく駆け出して行った小四郎は、四半刻ほどで帰って来た。正念だけでなく、御住職も背負って連れてきている。
「ほほ。まさか、黒康殿に会えるとは。長生きはするものじゃ。おや、二人目の黒康殿も」
「御住職、そっちは十一郎だ。黒康はあんたをおぶっている俺。……今は小四郎だがな。十一郎、ついでだから御住職も連れてきた。役に立つかもしれねえ」
「感謝する。……正念、こっちだ。あおばは座敷で寝かせてある」
老爺には期待していなかったが、座敷に入って布団で寝るあおばを見て、真っ先に口を開いたのは御住職だった。
「正念や。喉を見よ。斑点はあるか。色と形は」
正念が素早くあおばの横に膝をついた。
「失礼。……はい、御師様。……斑点があります。色は青黒く、大きさは小指の先ほど」
「虫の毒じゃ。秘伝、黒墨解毒湯を使いなさい」
正念は薬箱からいくつかの干からびた草やら根っこやら炭にしか見えない欠片やらを取り出し、乳鉢で丁寧に潰し始めた。
御住職が「よっこらせ」と座敷の柱に寄りかかって座る。
「ふう。……あのな。鉱毒で汚れた土地にも、みみずが棲んどるじゃろ」
なんの話だ? 首をかしげる自分達に構わず、御住職は話を進める。
「奴ら、鉱毒で死にはしないんじゃが、その体に毒が溜まって、徐々に濃くなっていく。本来、毒虫ではないみみずが、そこらの蜂などとは比べ物にならん毒虫に変わってしまう」
「……昼餉に入っていたのは、みみずじゃなくて、漬物だぜ?」
「それを悪用する技があるのじゃ。多種の毒液に浸した土桶にみみずを放ち、その体内にて練り合わせることで生まれる、毒みみず。娘に盛られたのは、その分泌液じゃろう」
正念が、捕捉するように「珍しい毒ですよ」という。
「なんせ、人が簡単に死ぬ毒なら、ふぐでもとりかぶとでも、なんでもありますからね。わざわざ、毒みみずなんて育てる必要はないのです、普通は」
「じゃ、なんでそんな、珍しい毒を使うんだ」
小四郎の問いに、御住職が「決まっておる」と応じる。
「署名や花押のようなものじゃよ。首級がどの毒で死んだかわからねば、毒を盛った者も成果を誇れまい」
自分が殺したのだと証明できなければ、成果として認められないから。わかる人にはわかるよう、署名入りの毒を扱い、仕事を遂行する立場の人間。
そいつが、あおばに毒を盛った。つまり。
「……忍びの仕業か」
自分でも驚くくらい、低い声が出た。
「忍びが、棒手振りに化けて、毒入りの漬物を売ったのか」
黒姫様が帯を撫でながらうなずいた。
「……誰かを狙ったというより、誰でもよかったのじゃろう。昼になっても行燈男が来栖を発たなかったゆえ、矢文通りの脅しを実行してきた。これ以上は人死にが出るぞ、と」
「あおばはまだ死んでない」
童女は、自分の顔を見てびくりと震え、小四郎の背中に隠れた。
「わ、わかっておる! 死んだとは言っておらんじゃろ!」
「十一郎、少し落ち着け。今にも誰かを斬り殺しそうな顔をしているぞ」
そりゃそうだ。毒を盛った忍びが目の前に居たら、もう斬っている。真っ二つか、四つか、あるいは八つ裂きでもいい。
御住職は、のんびりとみみずの話を続けている。
「みみずが濃縮した毒は、毒に耐性をつけるよう訓練した者にも、よく効くからの。隠密同士の戦いでは、特によく扱われておった。そこな娘も、さては隠密じゃろ。でなければ、とうに死んでおる。不幸中の幸いであったな」
幸い? これが?
「おお、恐ろしい顔をしよるな、黒康様は」
「……あの、御師様、そちらの方は榊原十一郎様です」
「そうか、そうか。そうじゃった、わかっておったよ、うん。いずれにせよ、早くに吐き出したことで、体に入った毒は多くはない。我が寺の秘薬、黒墨解毒湯で中和もできたはず。あとは娘の強さ次第じゃ」
だったら、大丈夫だ。大丈夫に違いない。だって、あおばは強いのだから。
「……申し訳ない、みなさん。怖がらせてしまった。正念、あおばはいつごろ目が覚める?」
正念は首を横に振った。
「わかりません。なにせ、忍びの毒ですから。早ければ早いですが、遅ければ、その……、目覚めない、かもです。……ひっ」
「だから、十一郎。そう凄むなって。正念は治療をしてくれたんだぞ」
小四郎が割って入ってくれなければ、自分は小坊主の胸ぐらをつかんでいたかもしれない。ああ、駄目だ。完全に、正気を失いつつある。
「……そうだ。そうだな。すまない、正念」
「いえ。……あの、ついでというわけではないのですが、ひとつ、お伝えし忘れていたことがあって」
小坊主は、おそるおそるといった様子で、自分の顔を伺う。今の自分は、よほど、恐ろしい顔をしているらしい。
「あのう、私、夜目が利くわけではないので、本当にそうだったかどうかは、あまり自信がないんですけど……、あの夜、井戸に入った順番はたしかに赤龍法師がいちばん最初で、続いて、おみつさん、やちよ婆、笹木小四郎さんの順番だったと言ったんですが」
井戸の話? 今さら、それがなんだというのだろう。
「出てきた順番は、違ったような気がするんです。最初におみつさん、次にやちよ婆、次いで笹木さん、最後に赤龍法師……、だったような、気がするんです」
「……そうか」
自分は短く答えた。
「どうだっていいよ、そんなこと」




