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《密室城》 その九


「ですが、共通する証言もございます。彼らが黒鉄庵の前まで行ったとき、黒勝様はまだ生きておられた、声があった……、と」

「ふむ。最後の笹木何某以外が殺したとすれば、それ以降に黒鉄庵を訪れた者の証言は『声がなかった』となるはずじゃな。黒鉄庵の前で帰ったなら、わざわざ生きていたと嘘を吐く必要がない。死んでいた、と嘯くならともかく」


 たとえば、赤龍法師が殺したとすれば、以降の三名はわざわざ「声を聞いた」なんて嘘を吐いたことになる。この嘘は保身としても意味がない――自分以外の誰かが下手人であればいいのだから、いっそ「声もなにもなかった、自分が訪れたときには、おそらくもう死んでいた」と言ったほうが、保身としては有効だ。


「この共通の証言で、やつがれが注目すべきだと愚考いたしますは、全員が断言していた点でございます。さほど交流のありそうにない、赤龍法師や笹木様でさえ、『黒勝様本人の声だ』と……、小四郎様にいたっては、明らかに嘘でございましたから」


 会ったことないなら、その人の声だと断言できるわけがないからな。


「ふむ。では、その笹木何某を痛めつけて吐かせるとか、どうじゃ」

「よろしくないかと。痛めつければ、やっていないことも、やったと言いかねません」


 黒姫様は時折恐ろしいことをおっしゃるな。血筋ですか? とは質問しないけれど。そんな失礼なことを聞いたら、自分が拷問されかねない。

 あるいは、黒勝様のご遺体は、ずいぶん痛めつけられていたと聞いたし、下手人への意趣返しをしたいのかもしれない。


「そこで、下手人を特定するため、芥川様にひとつお聞きしたいことがございます。芥川様は、部下と共に黒鉄庵へ赴き、扉をこじ開けたそうでございますが……」

「いかにも。大変でした、あれは。本当に」


 ただでさえ疲れているような顔が、思い出し笑いならぬ思い出し疲れで、さらにやつれていく。それほど大変だったのか、黒鉄庵の開き戸を抉じ開けるの。

 あおばは疲れた顔の老爺に、いつものすまし顔で、いつも通りに問いかける。


「逆に、黒鉄庵の扉が閉まるところを見届けたのは、どなたなのでございましょうか。そして、そのとき、その方は、おひとりだったのでございましょうか」


 その質問に、もっとも強い反応を示したのは、黒姫様だった。

 迅雷のごとき勢いで芥川様の顔を見て、しかし、口をぎゅっと噤んで、なにも言わない。

 次いで、芥川様が目を閉じ、ゆっくりと噛みしめるように時間をかけて考えてから、まぶたを上げた。


「……ええ、儂です」


 その反応に、どうやら、あおばは当たりを引いたのだな、と勘付く。


「黒勝様は、儂の黒葛家への忠心だけはお認めでしたから。城内の最期の見回りを終え、部下達を門から見送ったのち、儂は天守の黒鉄庵へひとり赴きました。城内には誰もいないと黒勝様に告げるためです」

「そのとき、扉は?」


 あおばが問う。


「開いておりましたか? 閉じておりましたか?」

「開いておりました。……儂の目の前で、閉まりました」

「城門からお出に? そのときもおひとりでしたか。その姿を見ていた者はおりますか?」

「もちろん、城門から。ひとりで出ましたな。正面の門から出ましたし、なかなか大きな騒動でございましたから、家臣から町人まで、みなが見ておりましたよ」

「それ以降は、こちらの屋敷にてお待ちに?」

「はい。城外の兵に警備を任せ、儂は黒姫様と、屋敷で待っておりました」


 そうでございますか、ありがとうございます――、と、あおばが応じて、以降、誰も、なにも言わなかった。

 膳を下げて、「そろそろいい時間ですし」と自分が言うと、ようやく「そうですな、戻るとしましょう」と返事が返ってくる程度。誰も、なにも言えなかった。

 重苦しい空気の中、離れから本邸へと帰っていくお二人を見送って、あおばに問う。


「……あおば。みなを集めるのは、明日でいいか?」

「はい。しかし……、解せないのです。事実はあの方を指しているように思います。しかし、なぜ、あの方が……」

「不思議な話じゃないだろう。それこそ十年来、ずっと恨みがあったんだろうさ」


 事前に、そういう可能性もある……、とあおばに聞いていただけに、自分は冷静に受け止められたが。そうでなければ、取り乱していただろう。



 翌日、朝餉を終えた自分達は二手に別れ、芥川邸を出た。

 自分は松井坂の道場と、その近くの黒墨寺へ。あおばは茶屋方面だ。

 道場にて、朝の修練に励む松井坂殿と小四郎に、道場を貸してほしいと都合をつける。次いで、黒墨寺へと赴き、庭の野菜畑の世話を手伝う赤龍法師に声をかけ、連れて道場に戻ると、ちょうど、あおばがおみつさんとやちよ婆を連れてきたところだった。ふたりとも怪訝な顔をしているが、なんと言って連れてきたのだろう。


 ともあれ、道場には自分とあおばを除いて、四人の人物がそろった。

 赤龍法師、おみつさん、やちよ婆、笹木小四郎。

 黒葛黒勝様が殺された夜、来栖城へと続く井戸の隠し道を通った者達が、車座になって座っている。


「さて」


 と、あおばが車輪の真ん中で、立ったまま言った。


「皆様を道場に集めたのは、ほかでもございません。ひとつ、謎解きを御披露できると考えたからでございます」

「へえ、そりゃいい。で、それが、あたしゃにどんな関係があるってんだい。ていうか、そこの謎時とかいうのんが謎解きをするんじゃねえのかい。……ややこしい名前だねえ、なに言ってんのかわかんなくなるよ」


 やちよ婆の茶々を無視して、あおばは懐から折りたたまれた紙を取り出した。


「まずは、こちらをご覧くださいませ。井戸の地下道を通って、黒勝様に会いに行った順番を、紙に記して整理したものでございます」


 一、赤龍法師様。魔除けの祈祷をするため呼ばれたが、黒鉄庵には入れなかった。

 二、おみつ様。伽のお相手をするため呼ばれたが、黒鉄庵には入れなかった。

 三、やちよ婆様。破魔の舞をするために呼ばれたが、黒鉄庵には入れなかった。

 四、笹木小四郎様。守護の密約のために呼ばれたが、黒鉄庵には入れなかった。


 そう記された紙を、ぐるりと回って全員に見せる。


「そして、また、皆様全員が、自分が会いに行ったときは、黒鉄庵の中より黒勝様ご本人の返答があった……、とおっしゃっておられます」

「だったら、簡単な話でしょ。あたし達のあとに入った人間が、殺したのよ。……あるいは、いちばん最後の笹木小四郎さんかしら」

「おいおい。おみっちゃん、勘弁してくれよ。俺にゃ、あの黒鉄庵の扉を開くことなんて、できやしなかったんだぜ」


 髭面を揺らして笑う小四郎に、あおばが水を差した。


「どうでございましょうか。笹木様なら、できたのではございませんか?」


 笑いが、止まる。


「……へえ、どういう意味だい」

「九年ぶりに実の子が会いに来たと知れば、さしもの黒勝様も扉を開けたのではないかと、そう申しております」


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