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《密室城》 その八


 ともあれ、これで四人全員から当日の話を聞き終わった。これ以降は、どうすべきなのだろうか。あてどなく歩き出しつつ、思案する。


「自分には、誰が怪しいとも言えない気がする。というか、全員が怪しいんだ。怪しすぎる。胡散臭いんだよな、みんな」

「やつがれも、同意見でございます」


 あおばが懐から紙を取り出し、広げた。


 一、どうやって、やったのか。

  一の一、どうやって、兵が取り囲む無人の来栖城に出入りしたのか。

  ――解、秘密の地下道があった。

  一の二、どうやって、黒勝様が閉じこもる黒鉄庵に出入りしたのか。


 二、なんのために、やったのか。

 三、だれが、やったのか。


 未だ、一の一しか、わかっちゃいない。


「そも、彼らは全員、一の二を解決できそうにない方々でございます。なにか、黒勝様によほど信用されるような所縁があれば、黒勝様に内側から開けていただけるかもしれませんが……」


 黒勝様が、扉を開けてくれるような人。ふうむ。


「……まだ、話を聞いていない誰かが、いるのかもしれないね。正念の見ていない侵入者が。そいつが下手人で、自白とかしてくれたら、これほど楽な話はないんだけど」

「御曹司、楽が出来ればなんでもよいという考え方は――」


 おあばが、はっ、と顔を上げて、自分を凝視した。


「……どうした?」

「御曹司、その通りでございます。正念様に見ることが出来ず、その上で、あの夜、黒勝様にお会いしたはずの人物が、もう一名いらっしゃいました」



 芥川屋敷に戻った自分は、夕餉の支度をした。

 朝炊いた米の残りと、おかずは路上で買ったうなぎだ。年端も行かない子供達が、川で獲ったうなぎを水桶に入れて、売っていた。うなぎの旬は秋の終わりごろで、春過ぎから獲れはするのだが、冬眠明けで痩せがちなものが多い。ところが、珍しく肥えたうなぎを見つけたので、つい買ってしまった。良いものがあったから、一緒にどうか……、という口実にも使えるし。


 背から開いて肝を取り、中骨を包丁で削るように抜き、ひれを落とし、血を洗い……、と工程を踏んで捌き、串を打って蒲焼にした。肝は昆布で引いた出汁で肝吸いに。

 離れの座敷に膳を出すと、待っていた芥川様が嬉しそうに目を細めた。


「いや、ありがたいことですな。夕餉を馳走していただけるとは。うなぎの蒲焼は、以前、江戸の参勤で藩邸に勤めた折、いただいて以来です」

「なんの。泊まらせていただいているのです、ささやかなお礼とお考えいただければ」


 自分の言に「ふん」と鼻を鳴らしたものがいた。上座にて膳を待つ、黒姫様だ。


「江戸の者は、江戸前以外のうなぎを『旅うなぎ』と見下すそうじゃが、行燈男よ。貴様の腕が悪くとも、来栖のうなぎのせいにはするでないぞ」

「料亭が出すような蒲焼とは参りませんが、季節外れとは思えないほど、腹がまるまるとした立派なうなぎを使っておりますし、来栖の醤油は味が良いですから。おいしいと思いますよ。ほら、こんなに良い香り」


 蒲焼から上がる湯気に、黒姫様はひくひくと鼻腔を動かした。


「よし。毒見をせい、じい」

「は。ただちに」


 芥川様が、黒姫様の膳に手を付け、切り分け、食う。肝吸いも小鉢に取り分けて毒見をした。


「大変、おいしゅうございます。いや、実に見事な料理の腕ですな。黒姫様も、どうぞお召し上がりくだされ」


 本来、毒見は時間を置いたり、複数人で確かめたりするものだが、この屋敷ではそこまではしないようだ。……当然か。黒姫様が毒見にこだわっているのは、おそらく、黒忠様と義黒様の件があったからだろうが、もはや、黒姫様に毒を盛って得する者はいないはず。

 すでに改易が決まった国の姫だ。目黒のさんまの二の舞にならないのは、いいことだと考えよう。せっかくだから、熱々で食ってほしい。


「……根暗女は食わんのか」

「やつがれは、のちほどいただきます」


 座敷の外、廊下からあおばが返事をする。隠密という立場上、外で待つしかないのだ。


「おい、行燈男。普段は二人、一緒に食っておるのじゃろう。昨日も、そうであったと見受けたが」

「あれは……、まあ、二人のときは、はい。後片付けとか面倒ですから、一緒に済ましてしまうことが多いです」

「ふん。隠密だけ別とは、なにか企んでいるのではあるまいな」


 じろじろと自分を見る黒姫様。疑り深いことだ。


「……あの、黒姫様。拙者の料理がお嫌なら、無理して食べなくてもいいですよ。残しても、拙者が食べますので」

「いらんとは言うておらん! たわけ!」


 黒姫様は箸を取り、乱暴にうなぎに突き刺し、口に運んだ。


「む! うま――まあまあだな、うむ」


 作法はともあれ、子供はこれくらい元気よく食べたほうがいいと思う。


「で? わたくし達と夕餉を共にしたい、などと申したのじゃ、なにか話があるのじゃろう。さっさと言え」

「あ、いや、どちらかというと芥川様とお話の席を設けたかっただけで、黒姫様は……」


 おまけというか、邪魔というか。会話の内容が事件のことなので、親を殺された童女に聞かせるのは少しはばかられる……、と思ったものの。


「馬鹿を申せ。わたくしの父が殺されたのじゃ、わたくしが話を聞かずして、いかがする」


 昨夜、泣き疲れて寝てしまった童女は、胸を張って――小さいから、太くて黒い帯を見せつけているだけみたいにも見えるが――堂々と言った。


「これは、わたくしの事件じゃ。貴様ら江戸の者の事件ではない。根暗女、どうせ話をするのは貴様じゃろ。食いながら聞く、中に入って参れ」

「……御曹司、よろしいでしょうか」


 芥川様に目配せすると、うなずきが返ってきた。


「いいよ、あおば。頼む」


 すっと襖が引かれ、あおばが座敷に入ってくる。


「では、僭越ながらやつがれから、本日調べて参りましたことを――」


 と、あおばが滔々と話を始める。来栖城に行ったこと。井戸の道を見つけたこと。正念が、事件当日に通ったものを目撃していたこと。赤龍法師の、おみつさんの、やちよ婆の、そして笹木小四郎の証言。すべてを語り終えるころには、全員の膳は、きれいに空になっていた。

 黒姫様は箸をおき、きちんと「馳走であった」と言ってから、下座に座る芥川様に七つの童子とは思えない、鋭い眼光を向けた。ぎらりと。


「じい。井戸の抜け道のこと、知っておったな?」

「……さようにございます」


 頭を下げる芥川様に、黒姫様は詰問する。


「なぜ言わなんだ。井戸の守りを固めなかったのは、なぜじゃ」

「恥に、ございますゆえ。あれは……、情婦が通る道ですから。誰にも言えません。たとえあのような日であっても、雑兵に守らせるなど、とても……」


 やはり、知っていたのか。隠した理由も、おおむね予想通りだ。

 やちよ婆の言葉が真実ならば、おそらくおとよさんは黒勝様の前の情婦だろう。……黒勝様は、その情婦を殺してしまっていることになる。お家の恥部であるとして、黒姫様や自分達に隠すのも無理はない。


「じい、そんな矜持は捨てよ。恥もな。どうせ、もう黒葛家は再興できん。わたくしの子を待つつもりかもしれんが、子が生まれて元服する頃には、じいはもう九十じゃろ。見届けることもできん夢を、いつまで見るつもりじゃ」


 黒姫様は辛辣なことを言いながら、帯の上から腹をぽんぽんと叩く。満腹なのだろう。あおばに向き直って、「それで?」と鷹揚に問いかける。


「結局、貴様は誰が下手人だと考えておる?」

「まだ、断定はできかねます。それぞれの証言が、食い違っておりますゆえ」


 そうなのである。証言がぐちゃぐちゃだ。


 赤龍法師は『臣民が信じられないから自分が雇われた』と言い、

 おみつさんは『あの夜も情婦として呼ばれたから行っただけ』と言い、

 やちよ婆は『町一番の巫女である自分にも声がかかった』と言い、

 笹木は『用心棒として密約を結んでいたから』と言った。


 これはおかしな話で、臣民が信用できないなら、町の情婦を呼んだり、町の巫女に頼んだりするとは思えない。国外の者である赤龍法師と笹木小四郎を同じ側だと考えても、少なくともおみつさんとやちよ婆、赤龍法師と笹木小四郎、この二人組のどちらかがうそを吐いている……、ということになる。

 最低でも半数は嘘吐きだ。


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