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《密室城》 その六


 自分達も座敷を出て、茶屋の長椅子に座り直す。やちよ婆が、うろんな目で自分達を睨みつけた。


「なんだい、あんたら。あたしゃにも、尋問する気かえ」

「単刀直入に聞くが、やちよ婆。あんた、黒勝様が殺された夜に、井戸の地下道を通って城に行ったな?」


 うろんな目が、ぎらりと光る。


「だったら、どうだってんだい。あたしゃ、この町で一番の巫女だ。呪いや祟りの専門家よ。黒勝様からは、当然、声をかけられておったわい」

「では、あの夜、井戸を通ったのは……」


 老婆は、鷹揚にうなずいた。


「いかにも。祓いの舞を捧げるためじゃ」


 胡散臭いな、この婆さんも。あおばもそう思ったのだろう。


「そういえば、黒勝様が人払いをした理由は、ご存知でございますか」


 と、問いかける。


「またしても鎌をかけるでない、陰湿なおなごめが。その黒勝様に呼ばれたと言っておるじゃろうが。凶兆の夢を見たことは、当然、あたしゃも知っておる」


 歯を剥いて威嚇するやちよ婆を気にすることなく、あおばは次の質問に移った。


「黒鉄庵の中に入りましたか? あるいは、黒勝様が出て来られたりは」

「しておらん。じゃが、黒鉄庵の前にて破魔の舞を踊る際、お声は賜った。『大儀である』とな」

「黒勝様ご本人のお声でございましたか?」

「もちろん、そうじゃ」


 老婆は力強く断言した。


「では、それまでにも黒勝様とお話をされたことが、あったのでございますね。お声をしっかりと記憶するほど、親密に」

「この国で長く生きておれば、そういう機会もある。芥川様とも、もちろんな。……あのお方の屋敷に宿泊しておるそうじゃが、迷惑はかけておらんじゃろうな? あのお方は、来栖の最後の良心よ。害すれば、民みなが敵に回ると心得よ」

「なるべく、ご迷惑にならないよう努めます。やちよ婆様は、下手人は誰だと思われてございますか?」

「昨日も言ったじゃろ。祟りじゃよ。おとよの……、あるいは、ほかにもたくさんおる、虐げられた者達のな。もうええか、あたしゃに、お殿様を殺せるほどの筋骨があるように見えるかえ」


 説得力のある言葉だ。黒勝様は壮年ながら情婦で遊ぶような精力ある武士だったはず。そのあたりの老女に殺されるほど、衰えていたとは思えない。


「……御曹司、これ以上、聞けることはなさそうでございます。そろそろ、お暇いたしましょうか」


 もういいのか? と顔を見ると、いつものすまし顔が、少し違う。なにか企んでいるときの顔だ。


「……そうだな。邪魔をした、二人とも。また、話を聞きに来るかもしれないけれど、邪険にしないでくれると助かるよ。あと、町からは出ないように」


 次は、笹木小四郎に話を聞きに行かねば。どこの道場にいると言っていたっけな。

 そこで、ふと、あおがば振り返った。


「ああ、もうひとつだけ、事件とは関係のないことをお聞きいたしますが」


 老婆をじっと見つめて、ついでのように問う。


「歩き巫女をやめ、来栖にとどまるようになったのは、なぜでございますか?」


 やちよ婆は、一瞬、言葉に詰まった。ややあって、答えが返ってくる。


「……子が出来たんだよ。ここで産んで、育てた。幼子を連れての旅は難しいからな」

「何年前でございますか? その子は、今どこに?」

「三十年前だ。もう死んじまったよ。……別に珍しい話じゃねえだろう」

「死因はなんだったのでございますか?」

「もう帰るんじゃなかったんか、おまえら。もうひとつだけって言ったくせに、いくつもいくつも質問しやがって!」


 団子を投げつけてきかねない勢いだったので、今度こそ退散した。



 笹木小四郎が居候しているという松井坂の道場は、黒墨寺の近くの池の端に、ひっそりと建てられていた。簡素な木の柵で覆われた敷地には、手入れされた野菜畑もある。


「黒墨寺の近くだったか。こっちから、先に回ればよかったかな」

「やつがれの考えが至らず、失礼をいたしました」

「ああ、いや。順番通りに話を聞いたほうが、拙者の混乱は少なかっただろうから。拙者の頭の出来が、こんなに悪くなければ良かったんだけど」


 頭を掻きつつ言うと、あおばは首を横に振った。


「いいえ、違います。お言葉ですが、御曹司は決して頭の出来が悪いわけではございませんよ。より良い使い方と使いどころを、まだ御存じないだけでございます」


 そう言われても、使い方と使いどころを知らないんじゃ、ようは頭が悪いのと同じだろう。慰めてくれるのはありがたいけれど。


「ありがとう、あおば。そう言ってくれるだけで、嬉しいよ」

「……やつがれは本気で言っております。勘違いなさらないでいただきたく」


 はいはい、とうなずいておく。今は小四郎だ。

 道場の入り口で「たのもう」と声をかける。開け放された板張りの稽古場では、二人の男が、道着をはだけて木刀で素振りをおこなっていた。

 ひとりは髭面の浪人、笹木小四郎。もうひとりのこぎれいな顔立ちの男は、道場主の松井坂殿だろう。

 髭面のほうが自分らを見て、汗を煌めかせ、にかっと笑った。


「おお、十一郎、来たか! さあ、手合わせだ!」

「申し訳ないが、小四郎殿。手合わせではなく、確認したいことが参った次第だ」

「なんだ? ああ、安心しろ。手合わせは木刀ではなく竹刀だ、骨を折りかねんからな」


 得物の確認ではない。こういう手合いには、同じ剣士の自分が聞いたほうがいいだろう。


「笹木小四郎殿。あの日、井戸を通ったな?」

「お? い、井戸? あー……」


 小四郎は、何度か口をぱくぱくさせたあと、きゅっと唇を結んで真面目な顔をした。


「……悪かったな、言わなくて。だが、言えない事情があったんだ。許せ。松井坂殿、こちら、江戸から参られた二人だ。黒葛黒勝暗殺事件の調査をしている」


 松井坂殿と挨拶を交わす。見た目通りの、丁寧な武人であった。


「では、某は席を外したほうがようござりますな。小四郎様、失礼いたします」

「感謝する、松井坂殿。……迷惑をかける」


 一礼して去っていく。道場主だというのに、腰の低いことだ。彼が出て行くのを見送ってから、小四郎は顎をさすって口を開いた。


「さてと。そうだな、まずは……、松井坂殿は、俺をただ泊めてくれているだけの、旧知の友でしかない。井戸の抜け道のことは、なにも知らんよ」

「そうか。……殺したのか?」


 単刀直入に過ぎるかもしれない、と反省する。


「つまりその、黒葛黒勝様を、殺したのか? 笹木小四郎殿、正直に答えていただきたいんだけど」


 小四郎は、ゆっくりと首を横に振った。


「いいや、俺じゃねえ」

「なら、どうして来栖城に行った? 井戸の隠れ道を、どこで知ったのかも教えてくれ」


 小四郎は木刀を床について、もたれかかるように手を置いた。


「黒葛黒勝その人に、雇われたんだよ。家臣にも秘密の護衛としてな。井戸のことも、あいつから聞かされた。……言ったろ? 俺みたいな浪人が動くときは、二つしかねえ。暴れられるときと、銭がもらえるときだ」

「じゃ、今回は?」

「銭だ。……支払われる前に、死んじまったがな」

「なんで、あんたが雇われた? 浪人なら、山ほどいるだろうに」


 髭面の浪人は、にんまりと笑って、道場の端の刀掛け台を指さした。一振りの、古ぼけた拵えの刀が置かれている。


「見てみろ。たまげるぜ」


 言われるがまま、刀掛け台の前に行って刀を手に取る。鞘から抜いて刃を改めてみると、ずいぶんと美しい刀だった。


「わかるか? いわゆる妖刀というやつでな。銘は村正、象嵌に刻まれた別名は『一胴七霊』、つまり、これまでに七度も霊を斬った、由緒正しき――」

「いや、偽物だろう、これ。桑名あたりの贋作じゃないのか。よくできているな」


 小四郎はがっかりと肩を落とした。


「なんだ、刀剣の審美ができるのか、十一郎」


 いちおう、これでも旗本の子息なもので。剣術道場にも通っていた都合、師匠や先達の真剣を見る機会も、それなりにあったし。……それに、実は父が村正を持っている。


「呪いでも祟りでも、この一胴七霊を使って、俺が斬り伏せてみせる。そういう売り込みをしたんだ。黒葛黒勝が祟りを恐れる理由も、知っていたからな」

「理由? ああ、おと――」


 よ、と言い切る前に、あおばに背中を小突かれる。ええと、鎌をかければいいのか?


「……小四郎殿、その理由とは? 誰か、祟られるような相手がいたのかい」

「いたとも。……だが、あんまり気持ちのいい話じゃねえぞ? 肥後のあたりをふらふらしていた頃に、ある浪人から聞いた話なんだがな」


 髭面の浪人は道場の天井を見上げて、ぽつぽつと語り出した。


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