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《密室城》 その三


「答え……、でございますか?」

「降りてきなよ。見たほうが早い」


 あおばが、内壁のでこぼこした石を掴み、素早い身のこなしで降りてきた。


「なんと。御曹司、これは……」


 あおばが驚嘆する。

 上から見るとわかりづらいが……、井戸の底から、横穴が続いているのだ。自分のような元服した男が、しゃがまずに歩いて行けるほど、立派な横穴が。木製の支柱で支えられており、どう見ても干上がった水路には見えない。


「突き出た石は、この横穴を隠すためでございますか。真上から見れば、なるほど、違和感があるわけでございます。よくお気づきになられましたね、御曹司」

「たまには、役に立たないとな。もしかすると、この穴、外に通じているのかもしれないよ。あおば、灯りはあるかい」


 自分が問いかける前に、すでにあおばは袖から小さな器具を三つ取り出し、手早く組み立てて、手のひらに乗る大きさのがんどう提灯を組み立てていた。前方だけを照らせる、便利な提灯である。小さなろうそくを入れて、火打ち金で手早く火をつける。


「……いつ見ても、忍びの手際はすごいな」

「それが忍びでございますれば。灯りを持って先導いたします。十間ほど離れて、着いてきてくださいませ。火が消えれば、空気が薄い証拠。その場合は、やつがれを捨て置いて、お戻りください」

「わかった。そのときは助けに行く」


 あおばは何とも言えない顔で自分を見た。


「何度も申しておりますが、御曹司。やつがれはただの護衛、供回りでございます。御曹司のために命を捨てるのが、やつがれの務め。助けられるわけには」

「契約上は供の関係だとしても、個人的には竹馬の友の関係だ。友を見捨てるなんて、それこそ武士の道に恥じる行為だと思わないかい」

「……言い訳だけは、巧みでございますね」


 あおばが顔を背けて、袖から結んだ細縄を取り出し、己の腰に結わえた。先端を自分に預けて、地下通路を歩き出す。


「灯りが消えたら、この縄を引いて、お戻りくださいませ。やつがれは引きずられることになりますが、共倒れよりは、よほどましでございましょう」


 そういうことになった。ありがたいことに、空気が足りないということはなく、罠もなにもない、蛇行した一本道を進むだけで済んだ。


「空気穴がしつらえられているようでございますね」


 と、あおばは判断した。予想以上に、しっかりした作りの通路らしい。

 四半刻ほど隠し通路を進んだ先は、別の井戸底だった。

 粗い作りのでこぼこした内壁は、なるほど、手と足を引っかけて登るための構造でもあったのだな、と気づく。

 あおばが先に出て安全を確認し、自分もあとに続く。来栖城の井戸同様、草が茂っているが、周囲の風景は異なっていた。木造の建物が大小四つと、小さな畑もある。


「……寺? に、見えるね」

「方角から見て、おそらく、町はずれにある、黒墨寺かと」

「つまり、ここは――城外か」


 こんな道があるとは、思ってもみなかったが……、ようやく、謎がひとつ解けた。


 一、どうやって、やったのか。

  一の一、どうやって、兵が取り囲む無人の来栖城に出入りしたのか。

  ――解、秘密の地下道があった。


 黒鉄庵に秘密の入り口はないようだが、城にはあったのだ。

 周囲を警戒しつつ、一番近くの、小さな居住用の伽藍らしき場所に向かう。

 その縁側では、禿頭の僧侶が座禅を組んで瞳を閉じていた。話しかけようとしたところで、瞳を閉じたまま、僧侶が口を開く。


「これは、これは。お城から人がお見えになるとは」


 耳触りの良い声色の、くたびれた僧衣の美丈夫。彼はようやく目を開けた。


「拙僧、しがない全国行脚の修行僧、赤龍と申しまする。こちらの黒墨寺にて、逗留中の身。いやはや、見目麗しい殿方と姫君でございますな。どこぞの若武者と、お忍びの姫かとお見受けいたしますが、いかがですかな。破魔のお札とか、いりません?」

「結構です。間に合ってますんで」

「まあそう言わずに、ちょっとだけお試しでどうでしょうか。安くいたしますよ」


 急に現れた自分達に、この余裕。べらべらとよく喋る美丈夫ほど、うさんくさい生き物はいない。


「あの井戸について、教えてくれないかい」

「井戸について、ですか。それは困りましたね。……おおい、正念! こちらへ!」


 赤龍法師に呼ばれて本堂から頭を出したのは、利発そうな顔の小坊主だ。彼は自分達に気づいて駆け出し、すぐに伽藍にやってきた。手を合わせて、ぺこりと礼をする。


「私は正念と申します。当寺にて、修行中の身でございます」


 胡散臭い法師より、よほど信用できそうだ。


「これはご丁寧に。拙者は江戸の大目付、力原野心様の命で参った、榊原と申す者。いきなりで悪いけど、あの井戸の地下通路について、住職か誰かに話を聞きたい。詳しい者のところに案内してくれるかな」


 聞くと、正念がうなずいた。


「井戸の件、でございますね。では、こちらへ。……ただ、御師様は、その、最近かなり呆けていらっしゃって」


 そう言って、連れられて行った先の部屋では、しわくちゃの老人がぼんやりした顔で、脇息(肘置き)にもたれかかって座っていた。


「御師様、お客様ですよ。井戸についてお聞きしたいそうで」


 住職が、ぼんやりした目をさまよわせたあと、赤龍法師に向けた。


「なんじゃ、胡散臭い顔じゃの。誰じゃい、おまんは」

「やだなぁ、御住職。拙僧は赤龍です、叡山の集会にて寝食を共にした仲ではありませんか。寺奉行の横暴を許すな、という話題で盛り上がった赤龍ですよ」

「ああ、そうじゃ、そうじゃ。そうじゃった、そうじゃった。赤龍な、赤龍」


 絶対思い出してなさそうに言って、今度は自分を見て嬉しそうに微笑む。


「おや、黒康様。お久しゅうございます。そちらは奥方かな」


 ……大丈夫か、このご老人。


「違います。拙者は榊原謎時と申す者。江戸から参りました。こちらは供のあおば。……正念、失礼ながら、御住職は誰と勘違いを?」

「当代、黒葛黒勝様の逐電したご子息、黒葛黒康様です。最近は若い殿方がみんな、誰でも黒康様に見えるようで。……御師様、あの井戸について、教えてくださいませんか」

「おお、あの井戸。井戸な、井戸。あれはな。戦国の世、来栖の城が出来た折にな、いざというときの抜け道として作られたのよ。その存在を知るのは、代々、黒葛のお殿様と黒墨寺の住職だけ」

「本当は、そんなことないんですけどね」


 正念がぼやく。


「だって、私が知っているわけですし。町人でも、知っている人は知っております。頻繁に通る方もいらっしゃいますから。見張りがいるわけでもありませんし」


 え? あおばと一緒に、正念を凝視する。


「待っていただけますか、正念様。つまり、あの井戸の抜け道は、誰でも通れたのでございますか?」


 正念は首をかしげつつ、うなずいた。


「ええ、誰でも。私は通ったことありませんけど。怖いし。通る人がいても、見て見ぬふりをするのが当寺の決まりであると、御師様から言いつけられております」


 御住職が、素通りさせるよう指示していた、と? 今度は御住職を凝視すると、ぼんやりした顔の老人が首をかしげた。


「わしが? なんで?」


 それを聞いているんですけれども。


「御師様、あの道を通るのは、黒葛のお殿様に近い方だけだから、見て見ぬふりをしなさいと仰ったではありませんか」

「……おお、そうじゃ、そうじゃ。黒忠様に近い方しか通らんのじゃ、あの門は」

「御師様、門ではなく井戸です。あと、黒忠様は先代です」


 厳密には、先々代だ。黒勝様も亡くなられたから先代で――、あるいは末代と呼ぶべきかもしれない。黒葛家はお取り潰しになるわけだし。

 あおばが「では」と言葉を挟む。


「あの夜は、どうだったのでございますか。黒勝様が殺された、あの夜は」


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