《密室城》 その一
「恐れながら献言いたしますが、御曹司に必要なのは整理整頓でございます」
焦げた焼き魚を、昼餉夕餉兼食した後、あおばは紙と筆を用意しながら言った。
「整理整頓? 拙者の苦手分野だなぁ」
ちらりと、眠ったままの黒姫様を横目で見る。
自分達が夕餉を食い終わっても起きなかったのだ。女房達や芥川様が様子を見に来たけれど、あまりにもぐっすりと眠っておられるので、そのまま寝かせている。寝た子を起こすほど、愚物ではない……ように、行動したい。
「そうは言いますが、御曹司。お集めになっている春画は、しっかりと作者別で整頓し、棚の奥の奥、一見してわからない場所にお片付けになられているではございませんか」
ちょっと待て。なんで知っている? 口をぱくぱくさせる自分に、あおばが嘆息した。
「むしろ、どうして、やつがれに隠せるとお思いなのでございましょう。四六時中、共におりますのに」
「いや、あれは違うんだ。父上が収集したものを、母上に見つからないよう、拙者が代わりに保管しているだけで……」
半目のあおばは、自分の言い訳をぜんぶ無視して、さらさらと筆を走らせる。
紙に記すのは、二つの事柄だ。
一、どうやって、やったのか。
二、なんのために、やったのか。
三、だれが、やったのか。
端的で無駄がなく、あおばらしい文言。決して、謎解きが不得手な自分のために、童子でもわかるような言葉で書いている……、わけではない。はずだ。
「ええと、つまり、手段と動機と下手人ってことかい。一と二を満たす者がいれば、それが三に繋がるわけか」
「さようでございます。そして、目下の疑問点は一のほうでございます」
あおばは、一の文言の下に、さらに二つの文章を加える。
一、どうやって、やったのか。
一の一、どうやって、兵が取り囲む無人の来栖城に出入りしたのか。
一の二、どうやって、黒勝様が閉じこもる黒鉄庵に出入りしたのか。
あおばは筆を置いた。
「祟りや呪いの仕業でないとするならば、当然、人間が得物を持って、黒鉄庵まで入ったわけでございます。この二つの『どうやって』を解き明かすことが、先決かと」
「ふむ。……さっぱりわからない。あおばは?」
「やつがれもでございます。……黒鉄庵に入るだけであれば、不可能ではございませんが」
そうなのか。さすが、優秀な隠密は頭脳が違う。
「どうやって入るんだい?」
「それについては、おいおい。ですが、やつがれが愚考いたしますに、黒鉄庵は入るよりも、出るほうが難しゅうございます」
入るよりも、出るほうが?
「……なんで? 出るだけだろう。入れたなら、出るのだって簡単じゃないのか」
「御曹司、黒鉄庵は内側からかんぬきがかけられていたのでございますよ」
どういうこと? 首をひねっていると、布団のほうから「たわけが」と罵声が飛んできた。目をこすりながら、黒姫様が体を起こしていた。
「よいか、行燈男。根暗女が言っておるのは、殺して出るだけならば、かんぬきをかける必要などない、ということじゃ」
言われて、気づく。そうか、かんぬきのかかった鉄の茶室に入るだけじゃなくて、出るときにも、わざわざ内側からかんぬきをかけなければ密室にはならないのだ。黒勝様が生きていれば、勝手にかんぬきをかけるかもしれないけれど……、体中に三つも凶器が突き刺さっていたのなら、無理だろう。
眠そうな顔の黒姫様は、着物の腹あたりを触り、一転して自分を鋭く睨みつけた。
「おい、わたくしの帯をどこへやった」
「え?」
そんな質問をされると思っていなかったから、少し驚く。
「寝づらそうでしたから、あおばに頼んで、外させましたけど」
あおばが、畳んで置いた帯を「こちらでございます」と示すと、黒姫様はさっと帯を手に取り、引き寄せた。
「……城から人払いをし、黒鉄庵に籠る前の夜に、父上から頂いたものじゃ」
つまり、形見だ。故人の形見。
改易で城のものは売ってしまったそうだろうから、おそらく、唯一の。
「それは……、その、勝手に外してしまい、失礼を」
「よい。善意であったのだろう。……話を戻すがな。下手人は、どうやってか、かんぬきをかけたまま、黒鉄庵から抜け出たのじゃ」
うすうす感じてはいたが、黒姫様、自分の三分の一ほどしか生きておられないのに、自分の三倍は聡い。間違いなく。
「では、黒姫様は、その方法に心当たりが? あ、実は黒鉄庵には秘密の出入り口があって、それをご存知だとか?」
「そんなものはない。正真正銘、鉄の箱じゃ。排煙管はあるが、わたくしでも通れん大きさしかない。……この場で語るには、調べが足りんじゃろう、どう考えても」
「いかにも。来栖城についても、黒鉄庵についても、まだまだ調査が足りないかと」
聡い二人の意見が一致した。愚物たる自分に足りない聡さを補ってくれるなら、せめて自分は、足りない情報を足すとしよう。……足りないだけに、足を使って。
「明日も来栖城に行って、もう一度、現場を見直そう。……ところで黒姫様。夕餉はいかがですか。いちおう、焦げていない魚を取り置いておりますが」
「いらん。……芥川が毒見していない飯は、食わんことにしておるのじゃ。許せ」
手早く帯を巻き直し、黒姫様は離れの戸に歩み寄った。
「本邸で寝る。……おい、行燈男。暗いから、本邸まで送って行け。小さな庭を歩いて抜ける程度、怖いわけではないが、念のためな、うむ」
もちろん、おおせのままに。