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《報告の二》


「面白いではないか!」


 力原様が、膝を叩いて笑った。


「残された姫のため、下手人探しとは。よいな、うむ、実によい。義のため立つ、武士らしき在り方だ。語りもなかなかだな。謎時、おまえ、噺家にでもなったらどうだ」

「面白がる話ではないぞ、力原殿」


 と、烏丸様が仏頂面で釘を刺す。

 その通りだ。人が死んでいるのだ、笑い話ではない。……少なくとも、自省しなければならなかった自分は、そう思う。力原様は眉をひそめて鼻を鳴らした。


「そうは言うが、烏丸殿にとっても、此度の来栖国改易は面白い話だったのではないか? 外様大名が一人減ったのだ、宿老の烏丸殿にとっては都合が良かろう」

「戯言を申すな、力原殿。……外様が邪魔なのは、そちらも同じことだろう」


 代々、将軍家に仕えている直参の家来にとって、戦国の世で将軍家と対立していた外様大名は、いわば獅子身中の虫、目の上のたん瘤。いつ「先祖の仇!」といきり立って襲ってくるか、わかったものではない……らしい。やはり、黒葛家の再興は難しそうだ。


「しかし、来栖国は、そんなに御用金を徴収していたのか。諸国の放漫な運営体制には、ほとほと呆れが出る。江戸幕府総監、大目付として監視を強めていかねばならん」


 びしりと言う烏丸様に、力原様がにやりと笑う。


「烏丸殿は締め付けてばかりでいかんなぁ。もっと臨機応変に、柔軟に対応せねば。御用金もまた、必要があって集められるもの。町奉行上がりの烏丸殿にはわからんかな?」

「勘定奉行あがりの力原殿がきちんと目を光らせていないから、こうなるのだろう。あるいは、わざと見逃しているのか?」


 火花が散るような会話に、めまいがする。

 町奉行は民政を預かる役人の頂点で、勘定奉行は財政を預かる役人の頂点だ。そこから大目付に出世なさった二人は、それぞれに影響力を保持している。


 烏丸与志信様は、与力や同心を統括し、訴訟も取り扱う御番所に。

 力原野心様は、勘定方を統括し、世の銭を健全に回す勘定所に。


 二人がいれば、江戸のほぼすべての役人を操れてしまう。意見できるとすれば老中くらいだが、老中は月番制で、各地の譜代大名の持ち回り。同じ人物が、ずっと務めるわけではない。立場上は老中が上でも、実際に政を動かすのは官僚たるお二人だ。

 もちろん、最大の権力者は公方様なのだが、若き当代は経験が浅く、純朴かつ素直で、人の話を信じすぎるきらいがあると聞く。必然的に、この二人の大目付に、権力が集中してしまっているのだとか。


 改めて、すごい二人を前にしているものだ、と自覚する。

 いちおう、自分も烏丸様と同じ直参旗本の家系ではあるが、大目付どころか奉行職を目指すことすら恐れ多い。せいぜい、鍋奉行が関の山だ。

 そこで、力原様は緊張している自分に気づいて、ふっと肩の力を抜いた。


「悪かったな、謎時。驚かせてしまったか。なに、大目付同士、こんな会話は日常茶飯事よ。烏丸殿は堅物な上に武人肌で困る。わかるだろう? 勘定方の父親や兄達と、御番所の荒くれ与力同心達を比べてみよ。儂らの違いは、そこだ」

「拙者を荒くれもの扱いするか。……まあいい。十一郎、芥川三茶殿は壮健であったか」

「え? ああ、はい、まあ……、病や怪我はなく」


 芥川様については、後の話にも絡むため、少々言い淀む。

 話を変えてくれたのは助かったけれど。これ以上、権力者同士の口喧嘩なんて聞いていたら、一度も下したことのない腹を、生まれて初めて痛めてしまうことになりかねない。……いまは、あおばの常備薬にも頼れないし。


「ただ、ひどく疲れておられました。お知り合いだったのですか?」

「彼の御仁とは以前、黒葛の先代、黒忠殿の参勤交代の折に話をした記憶がある。不器用なれど実直、非才なれど勤勉……、努力と忠義で家老にまで上がった、稀代の忠臣であった」

「ほう? 主の暴走を諫められなかった家老が、忠臣だと?」

「蒸し返すつもりか、力原殿。諸国の暴走を止めるは、我ら大目付の勤めでもある」


 また胃が痛くなってきた。自分の顔を見て、力原様は手をひらひらと振った。


「で、どのあたりが忠臣だったのだ? 烏丸殿が町奉行だったころの話だろう」

「宴席にて、江戸で起きた仇討ちについて、意見を交わしたのだ。芥川殿の意見には瞠目するところがあったから、よくおぼえておる」

「仇討ちについて? 酒を飲みながら、ずいぶんと物騒な話題をするんだな」


 十年以上前の宴席での話をおぼえている、というのもすごい。自分は酒を飲んだら、翌日にはなにもおぼえていない。


「正確には、親兄弟を武士に殺されたものが、女子供であった場合……、つまり、討ち手が弱者であれば、どうすべきか、という例だった。普通は武士に助力を願い、代行してもらうものだ」


 仇討ちは、武士の面目を保つためのもの……、というのも、過去の話だ。

 今は武士の横暴に憤り、父母の仇を取るため討ち手となる農民や町人が多い。お上が許状を与えた仇討ちは賞賛されるべきものだが、とはいえ、討たれる側にも正当防衛が認められているため、返り討ちに遭ってしまう弱者は後を絶たない。


 俗に「討っていいのは討たれる覚悟がある奴だけだ」なんて言われたりもするが、剣術自慢の武士が相手では、弱者の分が悪い。覚悟以前の問題だ。討つ手段がないのだから。

 ゆえに、仇討ちには助力が認められている。義憤に燃える剣士の助太刀が。


「だが、恨み骨髄に入って、自らの手でやらねば気が済まんとする。その場合、拙者は夜討ちなり毒を盛るなりすべきだと考えた。卑怯であっても、弱者なりに戦っただけならば、裁判で町奉行が下す沙汰も、情状酌量の余地があるだろうと」


 助太刀を得ず、自分の手で――。それもまた、復讐の形なのだろう。町奉行だった烏丸殿は、仇討ちに関する許可や成否、正当性やその内容に至るまで、さまざまな沙汰を下してきたお人である。自力で成し遂げたいという者の気持ちも、わかるのかもしれない。


「しかし、芥川様は、強弱にかかわらず、正々堂々と正面から挑むべきだと意見していた」

「……返り討ちになるではないか、弱者なのだから」

「そうだ。だが、芥川殿は『その仇討ちが真に正当なものであれば、天が味方するはずだ』と申したのだ。正々堂々と力を尽くせば、おのずと天の助力を得るはずだ、と」

「くだらんな。たしかに天は見ておられるが、本当に見ておられるだけのことも多い」

「珍しく意見が合うな。拙者もそう思う。だが、芥川殿はこう続けられたのだ。『天が味方しない者には、政が味方をすればよい』と。仇討ちの許状を出したならば、その成否にかかわらず、討ち手の家族の面倒くらいは見るべきだとな」

「……ふむ。なるほど、不器用なれど実直、非才なれど勤勉か。懐にいれば、いつか助けになる男だな」


 力原様は顎を撫でた。


「で? 話が逸れた。謎時よ、その後、調査はどうなったのだ?」


 おっと。こちらに矛先が戻ってきた。少し抜けかけた緊張を、背筋に入れ直す。


「そういうわけで、余さず調査をすると決めた拙者ですが、どこから手を付けたものか、まるでわかりませんでした。謎解きは、得手ではないもので」


 力原様が豪快に笑った。


「それを早くに知っておれば、お前を来栖に送ったりはしなかったのだがなぁ。朝時が、推してくるものでな。……ところで、なぜ名前が謎時なのだ?」

「それは……、まあ、我が父が血迷ったと申しますか」

「力原殿、いま、その話はよかろう。さらに話が逸れてしまう。十一郎、謎解きが得手ではないおまえは、どうしたのだ?」


 は、と頭を下げる。


「どこから手を付けるかを決めるためにも、まずはどんな謎を解かねばいけないのか、整理するところから始めることにしたのでございます」

「ほう。やはり、勘定方の出だな。整理整頓が大事だと、本能でわかっておったのだろう」


 曖昧にうなずいておく。もちろん、勘定方の本能などではない。

 鳥の一党、諜報に秀でた隠密の習性である。



また明日朝七時から毎時更新再開します。

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