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鶴のしつこい恩返し

鶴のしつこい恩返し 2

作者: 瀬嵐しるん
掲載日:2023/05/17

『鶴のしつこい恩返し』の続編。語り手は鑑識官として働く妻です。


警察の鑑識と言えば、地味な仕事だ。

唯一、女らしいと褒められる長いストレートヘアをひっつめて、着るものはドラマでおなじみの制服。


ひたすらに這いつくばったり、重箱の隅をつつきまくって、あるかもしれない何かを探すのだ。

暗いこと、この上ない。


だが……


「一致しました!」


県警本部の鑑識課、科捜研から送られたデータの中に探し物が見つかった。


「よくやった!」


「早速、刑事課に報告する」


課長が足早に部屋を出ていく。



完全犯罪かと思われた密室殺人事件。

だが、天は我々に味方した。

通常なら、その証拠は乾燥し空気中に散ってしまい、痕跡が消えていた可能性が大きい。

ところが、事件のあった日、天候の急変で湿度が上昇したため、証拠は定着されたごとく残ったのだ。


ありがとう! 天気の神様!


残念ながら毎回とはいかないが、うまく行ったときの達成感は堪らない!



散らかしっぱなしだった部屋を同僚たちと片付けていると、課長が戻って来た。


「皆、ご苦労さん。

ここのところ、いろいろ無理してもらって悪かったな。

必要な書類を片付けたら、今日は帰っていい。

有休が残ってる奴は、明日も休んでいいぞ。

届けは出してってくれよ」


「課長が神!」


「いやあ、おだてても何も出ないぞ。

それに、また何かあれば、すぐに呼び出すからな」


「課長が悪魔」


「いや、死神じゃね?」


長丁場の後で気が抜けて、皆好き勝手言っている。


「殺されないように、連絡先は確保しといてくれ。

以上だ」



一番先に片付けの終わった私は、明日の有給届を課長に提出した。


「おお、新婚なのにいつも悪いな。

旦那さんによろしく」


「新婚なんて、もう三年も経ってますってば!」


「そうだっけ? まあ、とにかくご苦労さん」


「課長もお疲れさまでした。お先に失礼します」


手を振る同僚たちにも軽く頭を下げて、職場を後にした。



そうだ、せっかく半休になったんだから、と夫に電話する。


「もしもし、私だけど。

ねえ、夕飯の用意しちゃった?」


『いや、下準備だけ。

冷蔵庫で寝かせとけば、明後日ぐらいまで大丈夫』


「そっか。あのね、仕事一段落したから、今日の午後と明日、休みになったんだ。久しぶりに夕飯、外で食べない?」


『うーん、それだったら温泉に行かないか?

平日だし空いてるんじゃないかな。

あんまり遠くないとこで一泊できるか探してみる』


「あ、いいねえ。

じゃあ、とりあえず家に戻るわ」


『おお、待ってる。気をつけてな』


「ありがとう」


夫はフリーの仕事人で、主に家でパソコン作業。

おまけに情報通だ。そして気が利く!



明るい時間に帰り方向の電車に乗ると、なんだか学生時代に戻ったみたい。

家に着くと午後二時ごろだった。


「サンドイッチ冷蔵庫にあるぞ」


「サンキュ、サンキュ!」


「それと温玉温泉一泊とれた。固茹旅館な。

明日もゆっくり出来るんならと思って、駅前のレンタカー予約した。

片道二時間強だし、腹ごしらえしたら出かけよう」


「はーい。何から何までありがとね」


「ふふ、俺にかかれば簡単なことだ」


ドヤ顔する夫が可愛い。


「ねえ、温玉温泉ならスッポン鍋かな?」


「あー、夕飯に出るかも」


温玉温泉の近くには、有名なスッポンの養殖場がある。

それで、温泉宿でもスッポン鍋は名物だ。



「いや、しかしスッポンかぁ」


「ん? 嫌いだったっけ?」


うちの夫はいつから草食系に?


「いや、ほら、去年だっけ?

化け鶴の電撃訪問騒動があったから」


「あー、スッポン鍋で寿命を延ばす妖怪おつう婆さん!」


「なぁ、もはや妖怪だよな。

あれから来ないけどさ、スッポン鍋を食べに人里に来るみたいだから、鉢合わせないといいな、と思って」


「いや、あの話、信じてないわけじゃないけどさ、そう簡単に遭遇しないと思う」


「だよな。うんうん。夫婦円満のためにも、スッポン鍋を楽しもう!」


良かった。夫はちゃんと肉食だった。



それから、簡単に一泊旅行の準備をして出かけた。

少し気温は高めだが、緑が綺麗な季節で和む~。


宿について、別々に大浴場に向かう。

上がったら合流して夕食だ。

この旅館は、一階に食事用の個室が並んでいるタイプ。


浴衣でエレベーターに乗り、一階で降りたところで、夫が固まった。


「え? どうしたの?」


「いたよ」


「何が?」


「妖怪おつう婆さん……」


夫の視線の先には、エレベーターのすぐ前にある土産物コーナーでうろうろする老女と若い男の三人連れがいた。


じっと見ていると、向こうも気が付いて会釈する。

おつう婆さん、話の通り美人。

若い男子二人も、まあまあイケメン。


「あ。どうも、その節はご迷惑をおかけしまして」


男子たちがペコリと頭を下げる。


「あれからは、そちらのお家には近づいておりませんよ。

安心なさってください」


上品な話し方のおつうさん。

あんまり妖怪っぽくはない。



だがしかし、対する夫は無言。

口も利きたくないらしいので、かわりに訊いてみる。


「待ち合わせ場所は要らなくなりました?」


「ええ。この子たちが、一緒に来てくれるようになったので」


「スッポン鍋に嵌っちゃいまして」


「人間界って面白いですね。おつう婆さんの気持ちがわかりましたよ」


若いのはすっかり人間の世界を楽しんでいるようだ。

いやしかし、夫の話しぶりだと、それほど荒稼ぎしているわけではなさそうだった。

そこそこの旅館に泊まるとなると、お金は足りているんだろうか?


「俺たちもね、一緒に明るい街に行ってみたんですよ。

そしたら、ホストにスカウトされて。

なんか、ノリが天然で昔っぽいのが面白いとか言われて」


「三人で稼いだら、結構いいお金になったんです。

鶴の里に持って帰っても役に立たないんで、帰る前に温泉浸かってスッポンでカンパーイ!」


……なかなか羽振りがいいようだ。

妖怪おつう婆さんは益々寿命が延びそう。



「そうだ、よかったら、一緒に飲みません?」


若いのの片方が誘ってきた。


しかし、温泉から上がったばかりの夫が冷たい空気を出している。

もう、しょうがないなあ。


「私たち、そろそろ子供のこと真剣に考えてて。

それで、今日は二人きりで盛り上がりたいんです」


わざとらしく夫の腕にしがみつき、恥ずかし気に視線を下げてみる。


「まあ、それは大事な一泊ですね。

絶対に、お邪魔しません! 頑張ってくださいね」


おつう婆さんという人、いや鶴は上品ながら大胆に応援してくれた。


「はー、羨ましい。俺も嫁さん欲しい」


「まあ、おつうさんのお供してるうちは、難しいかもな……」


鶴の里の事情はどうでもいいので「では、ごきげんよう!」と、夫の背中を押して、自分たちの食事部屋に入った。



まずは山菜などつつきながら日本酒を飲んでいると、向かいの夫が真面目な顔で言う。


「本気?」


「え?」


「子供」


「ああ、そろそろ欲しいよね」


「前向きに検討していいんだな?」


「うん、いいよ」


「わかった」


えらい鼻息荒らそうだな、と思った私はぼんやりさん。


その夜は、ご想像に任せ……いや、想像しないで!

頼むから。



そして、十か月後のこと。


「おめでとうございます。元気な男の子ですよ!」


出産後、部屋に入って来た夫は少しだけ顔を顰めた。


「女の子がよかった?」


「いや、元気ならどっちでも」


「ああ、もしかして、おつう婆さんの電撃訪問を心配してるの?」


「うん」


「大丈夫だよ。ほら、お供が二人もいたから」


「だといいんだけどな。

とりあえず、家訓の巻物の虫干し忘れないようにする」


「うん。あれ、普通にいいことも書いてあるから、しっかり見せないと」


「そうだな」


夫はやっと安心したように、子供を覗き込んだ。


「我が子はまだ、お猿だが可愛い。

ありがとうな。お疲れ様」


「うん。いろいろ助けてもらってありがとう。

これからも一緒に頑張ろうね!」


「ああ、もちろんだ」


本当は、おつうさんが幸運の鶴かも、って言いたかったけれど、それは黙っとくことにした。


めでたしめでたし。



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― 新着の感想 ―
[一言] おつう婆さんボケてる訳じゃないんですよね。 なんか、こう、血は続く…みたいな鶴の電撃訪問を暗示するラストがほのかにホラー。
2023/10/21 07:40 退会済み
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[良い点] めでたしめでたし…いいはなしだなー
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