表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

鶴のしつこい恩返し

鶴のしつこい恩返し 2

作者: 瀬嵐しるん

『鶴のしつこい恩返し』の続編。語り手は鑑識官として働く妻です。


警察の鑑識と言えば、地味な仕事だ。

唯一、女らしいと褒められる長いストレートヘアをひっつめて、着るものはドラマでおなじみの制服。


ひたすらに這いつくばったり、重箱の隅をつつきまくって、あるかもしれない何かを探すのだ。

暗いこと、この上ない。


だが……


「一致しました!」


県警本部の鑑識課、科捜研から送られたデータの中に探し物が見つかった。


「よくやった!」


「早速、刑事課に報告する」


課長が足早に部屋を出ていく。



完全犯罪かと思われた密室殺人事件。

だが、天は我々に味方した。

通常なら、その証拠は乾燥し空気中に散ってしまい、痕跡が消えていた可能性が大きい。

ところが、事件のあった日、天候の急変で湿度が上昇したため、証拠は定着されたごとく残ったのだ。


ありがとう! 天気の神様!


残念ながら毎回とはいかないが、うまく行ったときの達成感は堪らない!



散らかしっぱなしだった部屋を同僚たちと片付けていると、課長が戻って来た。


「皆、ご苦労さん。

ここのところ、いろいろ無理してもらって悪かったな。

必要な書類を片付けたら、今日は帰っていい。

有休が残ってる奴は、明日も休んでいいぞ。

届けは出してってくれよ」


「課長が神!」


「いやあ、おだてても何も出ないぞ。

それに、また何かあれば、すぐに呼び出すからな」


「課長が悪魔」


「いや、死神じゃね?」


長丁場の後で気が抜けて、皆好き勝手言っている。


「殺されないように、連絡先は確保しといてくれ。

以上だ」



一番先に片付けの終わった私は、明日の有給届を課長に提出した。


「おお、新婚なのにいつも悪いな。

旦那さんによろしく」


「新婚なんて、もう三年も経ってますってば!」


「そうだっけ? まあ、とにかくご苦労さん」


「課長もお疲れさまでした。お先に失礼します」


手を振る同僚たちにも軽く頭を下げて、職場を後にした。



そうだ、せっかく半休になったんだから、と夫に電話する。


「もしもし、私だけど。

ねえ、夕飯の用意しちゃった?」


『いや、下準備だけ。

冷蔵庫で寝かせとけば、明後日ぐらいまで大丈夫』


「そっか。あのね、仕事一段落したから、今日の午後と明日、休みになったんだ。久しぶりに夕飯、外で食べない?」


『うーん、それだったら温泉に行かないか?

平日だし空いてるんじゃないかな。

あんまり遠くないとこで一泊できるか探してみる』


「あ、いいねえ。

じゃあ、とりあえず家に戻るわ」


『おお、待ってる。気をつけてな』


「ありがとう」


夫はフリーの仕事人で、主に家でパソコン作業。

おまけに情報通だ。そして気が利く!



明るい時間に帰り方向の電車に乗ると、なんだか学生時代に戻ったみたい。

家に着くと午後二時ごろだった。


「サンドイッチ冷蔵庫にあるぞ」


「サンキュ、サンキュ!」


「それと温玉温泉一泊とれた。固茹旅館な。

明日もゆっくり出来るんならと思って、駅前のレンタカー予約した。

片道二時間強だし、腹ごしらえしたら出かけよう」


「はーい。何から何までありがとね」


「ふふ、俺にかかれば簡単なことだ」


ドヤ顔する夫が可愛い。


「ねえ、温玉温泉ならスッポン鍋かな?」


「あー、夕飯に出るかも」


温玉温泉の近くには、有名なスッポンの養殖場がある。

それで、温泉宿でもスッポン鍋は名物だ。



「いや、しかしスッポンかぁ」


「ん? 嫌いだったっけ?」


うちの夫はいつから草食系に?


「いや、ほら、去年だっけ?

化け鶴の電撃訪問騒動があったから」


「あー、スッポン鍋で寿命を延ばす妖怪おつう婆さん!」


「なぁ、もはや妖怪だよな。

あれから来ないけどさ、スッポン鍋を食べに人里に来るみたいだから、鉢合わせないといいな、と思って」


「いや、あの話、信じてないわけじゃないけどさ、そう簡単に遭遇しないと思う」


「だよな。うんうん。夫婦円満のためにも、スッポン鍋を楽しもう!」


良かった。夫はちゃんと肉食だった。



それから、簡単に一泊旅行の準備をして出かけた。

少し気温は高めだが、緑が綺麗な季節で和む~。


宿について、別々に大浴場に向かう。

上がったら合流して夕食だ。

この旅館は、一階に食事用の個室が並んでいるタイプ。


浴衣でエレベーターに乗り、一階で降りたところで、夫が固まった。


「え? どうしたの?」


「いたよ」


「何が?」


「妖怪おつう婆さん……」


夫の視線の先には、エレベーターのすぐ前にある土産物コーナーでうろうろする老女と若い男の三人連れがいた。


じっと見ていると、向こうも気が付いて会釈する。

おつう婆さん、話の通り美人。

若い男子二人も、まあまあイケメン。


「あ。どうも、その節はご迷惑をおかけしまして」


男子たちがペコリと頭を下げる。


「あれからは、そちらのお家には近づいておりませんよ。

安心なさってください」


上品な話し方のおつうさん。

あんまり妖怪っぽくはない。



だがしかし、対する夫は無言。

口も利きたくないらしいので、かわりに訊いてみる。


「待ち合わせ場所は要らなくなりました?」


「ええ。この子たちが、一緒に来てくれるようになったので」


「スッポン鍋に嵌っちゃいまして」


「人間界って面白いですね。おつう婆さんの気持ちがわかりましたよ」


若いのはすっかり人間の世界を楽しんでいるようだ。

いやしかし、夫の話しぶりだと、それほど荒稼ぎしているわけではなさそうだった。

そこそこの旅館に泊まるとなると、お金は足りているんだろうか?


「俺たちもね、一緒に明るい街に行ってみたんですよ。

そしたら、ホストにスカウトされて。

なんか、ノリが天然で昔っぽいのが面白いとか言われて」


「三人で稼いだら、結構いいお金になったんです。

鶴の里に持って帰っても役に立たないんで、帰る前に温泉浸かってスッポンでカンパーイ!」


……なかなか羽振りがいいようだ。

妖怪おつう婆さんは益々寿命が延びそう。



「そうだ、よかったら、一緒に飲みません?」


若いのの片方が誘ってきた。


しかし、温泉から上がったばかりの夫が冷たい空気を出している。

もう、しょうがないなあ。


「私たち、そろそろ子供のこと真剣に考えてて。

それで、今日は二人きりで盛り上がりたいんです」


わざとらしく夫の腕にしがみつき、恥ずかし気に視線を下げてみる。


「まあ、それは大事な一泊ですね。

絶対に、お邪魔しません! 頑張ってくださいね」


おつう婆さんという人、いや鶴は上品ながら大胆に応援してくれた。


「はー、羨ましい。俺も嫁さん欲しい」


「まあ、おつうさんのお供してるうちは、難しいかもな……」


鶴の里の事情はどうでもいいので「では、ごきげんよう!」と、夫の背中を押して、自分たちの食事部屋に入った。



まずは山菜などつつきながら日本酒を飲んでいると、向かいの夫が真面目な顔で言う。


「本気?」


「え?」


「子供」


「ああ、そろそろ欲しいよね」


「前向きに検討していいんだな?」


「うん、いいよ」


「わかった」


えらい鼻息荒らそうだな、と思った私はぼんやりさん。


その夜は、ご想像に任せ……いや、想像しないで!

頼むから。



そして、十か月後のこと。


「おめでとうございます。元気な男の子ですよ!」


出産後、部屋に入って来た夫は少しだけ顔を顰めた。


「女の子がよかった?」


「いや、元気ならどっちでも」


「ああ、もしかして、おつう婆さんの電撃訪問を心配してるの?」


「うん」


「大丈夫だよ。ほら、お供が二人もいたから」


「だといいんだけどな。

とりあえず、家訓の巻物の虫干し忘れないようにする」


「うん。あれ、普通にいいことも書いてあるから、しっかり見せないと」


「そうだな」


夫はやっと安心したように、子供を覗き込んだ。


「我が子はまだ、お猿だが可愛い。

ありがとうな。お疲れ様」


「うん。いろいろ助けてもらってありがとう。

これからも一緒に頑張ろうね!」


「ああ、もちろんだ」


本当は、おつうさんが幸運の鶴かも、って言いたかったけれど、それは黙っとくことにした。


めでたしめでたし。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] おつう婆さんボケてる訳じゃないんですよね。 なんか、こう、血は続く…みたいな鶴の電撃訪問を暗示するラストがほのかにホラー。
2023/10/21 07:40 退会済み
管理
[良い点] めでたしめでたし…いいはなしだなー
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ