魔女と少女に願いを 2話
【第2話】 決意
もしも、あなたは人が殺しをしているのを見たらどうするのだろう。
私は分からない。
私は見たことが無いから。
きっと見ることは無いから。
桜は冷たい地面に触れる足に力を入れてその場に立つと今更になって恐怖が体を襲った。
その恐怖に体が打たれ、体に鳥肌がたつ。
そして、頭に色々な考えが浮かぶ。
あの少女は何者なのか?
あの少女は何を切ったのか?
切られたあれは何なのか?
何故彼女はこんな所にいたのか?
考えれば考えるほど謎が頭に浮き上がる。
そんな考えを頭に浮き上げ桜はゆっくりと足を動かし来た道を戻る。
次は私が殺されるのでは?
そんな考えも浮かぶ。
だがそんなことを考えたところで答えは分からない。
ただ、恐怖に体を震わせながら歩く。
そして、路地裏から出るとそこには先程のピンク色の髪の少女がいた。
「ッ?!」
桜は息を飲む。
もしかしたら次の瞬間さっきの何かのように切られるのではと思い、咄嗟に目を閉じる。
ただ、目を閉じても体に痛みが襲うことは無い。
恐る恐る目を開けるとやはり先程の少女はまだいる。
幻覚じゃないかと思い首を振って瞬きをしても彼女はいる。
よく見ると少女は紺色のフード付きのコートの下に桜が今来てる制服、海楠中学校の制服を着ていた。
そして、少女は口を開く。
「あなた、海楠中学の生徒よね?」
桜は恐る恐るその問に答えるようにして首を縦に振る。
「やっぱりね。 なら話が早いわ。 私は矢野透子。 今日の朝交通事故で死んだ矢野透子よ。」
「ッ?!」
その言葉に桜は再び息を飲む。
矢野透子。彼女は今朝、交通事故で亡くなったと榊先生は言っていた。
なら、なぜ彼女は平然と私の前に立って話しているのだろうか。
桜がそう思って驚いた表情をしていると彼女は続けて口を開く。
「もしかして、もう私が死んだって連絡回ってるのかしら?」
それに桜はゆっくりと頷く。
そして、矢野透子はしまった。というような表情でこちらを見る。
「なら、私を見たことは忘れて。名前も知らないあなたを巻き込みたくないの。」
どこか大人っぽさを感じる言い方をすると彼女は地面を蹴り近くの家の屋根の上に飛び乗り更に奥へと飛んで行く。
彼女は矢野透子と名乗った。
なら、彼女は生きていたのか?
では何故先生は亡くなったそうだ。と言った。
分からない分からない分からない。
桜は頭を抱える。
なら、先生は亡くなったと嘘をついたのか?
いいや、違う。
恐らく先生は嘘を言っていない。
なら、伝えにきた先生が嘘をついた?
だけど何故そんな嘘をつく?
分からない謎が謎を呼んで分からなくなる。
謎という糸が絡みに絡まり分からなくなる。
過呼吸気味になりながらも桜はその場に立ち尽くす。
その時桜の後ろから突然凄い音が響く。
車のブレーキ音だ。
それではっと意識を戻すと車の運転手にすみませんと一言謝り、家への道を辿る。
家に帰るといつも閉まってるはずの玄関の鍵が空いていた。
「お母さんー? 鍵閉め忘れてるよー」
そう言って靴を脱ぐ。
だが一向にお母さんの返事は返ってこない。
もしかしたら鍵を閉め忘れて家を出たのかもしれない。
そう思いながら桜はいつもお母さんのいるリビングに向かう。
しかし、廊下とリビングを繋ぐ扉の前に立った時嫌な悪寒が体を襲う。
体が震える。
扉を開けようとしている指先が震える。
桜は本能的に察した。
この扉を開けてはいけない。
開けたら何か嫌なことが起きる。
桜の本能は正しかったのかもしれない。
だけど桜は踏み込む決意をしてしまった。
後から思えばこれが自分の未来を変えてしまった出来事だったんだと。
震える手をもう片方の手で支えながら扉のノブを引く。
そして、目の前に広がる赤い絵の具を紙に零したような光景に桜は悲鳴をあげる。
「きゃぁぁぁッ?!」
リビング一帯をその赤い何かが占領される踏み込んだ右足の靴下に赤い何かが染み込む。
そして、鼻に猛烈な悪臭が漂う。
それに吐き気を感じて桜はその場に座り込む。手で口を抑えるものの体の中から溢れ出ようとするそれは抑えきれない。
その場で吐いてもう一度前を見て桜は呼吸をするのを忘れた。
目を向けた先、机の上にそれはあった。
桜の母親と父親の生首が。
「ーーーーーーーッ?!」
今度こそは声にならない悲鳴をあげる。
その悲鳴が夕方の住宅街に木霊する。
桜の悲鳴を聞いてすぐに駆けつけてくれたのだろう。近くの家のおじさんやおばさんが玄関の扉を開いた。そして、すぐに桜の傍に駆けつける。
桜は何があったのかと尋ねられて無言でリビングの机を指差す。
大好きなお母さんとお父さんの生首のある。
だが、桜にとんでもないことを駆けつけてくれたおじさんやおばさんが言う。
「桜ちゃん。どうしたんだい?」
「知らない人でも家にいたの?」
桜は耳を疑う。
この人たちには見えていないのだろうか?
お母さんとお父さんの生首が。
桜は落ち着いて言う。
「机の上にお母さんとお父さんの首が...」
だが、おじさん達は何も見えない。
「さっき桜ちゃんのお母さんと外ですれ違っわたよ」
と一人のおばさんが言う。
そんなわけないと思い桜は目を開けて机の上を見る。
だが、そこにあるのは空のコップが二つ並んで置いてあるだけだ。
「え?でもさっき確かに...」
桜は困惑したような表情をして自分の目を両手で擦る。ただ、何度目を擦ってもコップしか見えない。
さっきのは幻覚だったのだろうか?
「桜ちゃん疲れてるのよ。今日入学式だったのでしょう?」
「きっと疲れてるんだよ。休むのは大事だぞー」
おばさんとおじさんがそういう。
桜はとりあえず駆けつけてくれたおじさんとおばさんにお礼と謝罪をして一人にしてもらうと脳裏に先程の光景が思い出される。
吐き気を手で抑えて堪えながら二階にある自分の部屋に向かう。
部屋の扉を開けて鞄を床に置く。
着ていた制服を脱いで洗濯物の籠に入れて部屋用の服をクローゼットから取り出す。
そして、鏡の前を通った時桜の目はそれを見た。
「あら、やっと気づいてくれたのね」
バッと後ろを振り向くと窓に腰掛けて座る全身を黒と白の二色の異様な服で覆っている女性がいる。更に髪色が服に反して派手な金色をしている為余計に異彩を放つ。
「誰ッ?!」
桜は誰と叫ぶも女性はカラカラと嬉しそうに笑う。
そして、桜に問う。
「今あなたは私が見えているわね?」
そんな問いを投げかけてくる。
続けて、
「なら、あなたは私と契約成立ね」
訳の分からないことを次々に話す女性。
それに桜は女性を睨みながら聞く。
「あなた誰ですか? 人の部屋に勝手に入って」
女性は未だに笑いながら答える。
「そうね、私は魔女。【全覆の魔女】よ」
更に訳の分からないことを言う女性。
「魔女って魔法とか使うあの?」
桜は落ち着いて更に問う。
女性は笑うのを辞めて真剣な顔持ちになり、その場に立つとこう言った。
「魔女って言うのは一般的にはそうなのかもね。 でも本当は違う。私達魔女はかつて昔、神に仕え今は神に反逆する者よ」
「神?反逆?」
普通の女子中学生には一切関係の無い単語。
【全覆の魔女】と名乗る女性は続ける。
「私達魔女と契約が成立したのならあなたには戦って貰わないといけない。」
「戦うって何と?」
「神と」
「どうして?私はあなたと契約した覚えも無ければ神様なんて知らない」
「えぇそうね。私が見えていなければ良かったわね。でもこれは決定事項なの。詳しく説明するからそこに座って聞いてちょうだい。」
真剣な顔をして話す女性を邪険には出来ず桜は床に座る。
だが、意味が分からない。
今日一日の間に色んなことが起きすぎてる。
亡くなったはずの少女に会い
両親の生首を見るという幻覚
そして、魔女と名乗る女性。
訳が分からない。
だが、話だけは聞こうと思った。
そしたら今日の異常な事がわかるもしれないと思ったのだ。
女性は話を始める。
話の内容はスケールを超えるデカさの話だった。
この星の守護者、神様が人類を滅ぼそうとしていること。
それは神徒と呼ばれる異形の怪物を使って私たちを皆殺しにしようとしていること。
魔女と契約した少女達が神を止めるために神徒に立ち向かっていること。
そして、私も神徒と戦い神を止めて欲しいとのこと。
本当に意味が分からない。
神を止めるとういうスケールの違い過ぎる眉唾物の話。
「信用が出来ない。 何を根拠に言ってるのか教えて。」
桜は信用が出来ないために信用に値する物を見せて欲しいと魔女に頼む。
「見せてと言われてもね。 ならあなたにこれを渡すわ。」
魔女は何も持っていなかった左手の上に一つの剣を顕現させた。
「ッ?!」
「これが神徒を殺すために必要な武器。 まぁ神器と思えばいいわ」
「神器って神話とかに出てくるあの?」
「そうよ。まぁその神器で神を止めるというのは矛盾があるけどね。これをあなたに渡すわ。」
魔女は顕現させた剣を桜に握らせる。
見た目は百二十センチほどの片手直剣だ。
その刃は黒く、周りには飾りを思わせる装飾品は一つも無い。
それに反して、剣はそうとうの重量がある。
「重っ?!」
桜はそう言いながら両手で握る。
「それで? 私はこれで神徒とかいうのと戦えばいいの?」
「あら、?戦ってくれるのかしら? 」
「まだ話はよく分からない。でも貴女が嘘をついてるようには思えない。」
「なら、決定かしら。 でも戦うと言っても貴方は直ぐに戦えるわけでは無いわ。だから特訓をしましょう!」
魔女は手を叩くと嬉しそうに笑う。
そして、桜の左手を掴む。
いきなり手を掴まれて桜は一瞬、表情を強ばらせるも直ぐに戻す。
魔女は虚空に向かって何かを話す。
「満たし 満たす 満たされし世界よ 新たな世界の救世主に祝福を」
そう告げると周りの景色が、一瞬にして入れ替わる。
「...ここは?」
桜は見慣れないその景色に疑問を浮かべ魔女に問う。
周りには建物やら森や川がある。
森の中にも何かいる。
狼だろうか、他にも幾つもの生物が川にもいる。
建物は白色や黒色、灰色から色々な色の高さのバラバラな物が並んでいる。
「ここは魔女と契約した少女が練習する場所ね。それにしても珍しいわね。」
「珍しい?」
「えぇ。この時間帯ならいつもは1人くらいは居るはずなんだけどね。」
「私以外にも貴女みたいな魔女と契約した子がいるのか?」
「いるわよ。何十と何百と。」
そんなにもいるのかと桜は驚く。
「そんなことはいいわ。その剣で私に切りかかって来なさい。」
「いいの? 」
「その剣で戦う練習だからね。その代わり私も多少は攻撃するわ。」
そう魔女は言った瞬間高速で桜に近づく。
そして、桜の横脇腹に右足で蹴りを入れる。
「ッ?!」
予想もしていなかった桜は蹴りの勢いに任されて数メートル吹き飛ぶ。
「カハッ?!」
胃から込み上げる血を地面に吐き出す。
そして、今まで感じたことのない痛みに顔をしかめその場に蹲る。
だがそんな桜を魔女は一瞥して、次の攻撃に移る。
蹲ったままの桜は攻撃を避けられずまた数メートル吹き飛ぶ。
そして、また口から血を吐き出す。
「な...なんで、」
やっと空いた口で疑問を口する。
桜は練習と言われて剣を振るという事だと思った。
だが、実際練習を始めてみればそれは1対1の殺し合いだ。
「桜。 先に言っとくわ。貴女が見た母親と父親のあの惨状は今の出来事ではないわ。この先未来に起きる出来事よ。もしかしたら今力を付けていれば貴女は二人を守れるかもしれない。でももし、今ここで剣を振らず私に嬲られるだけならあの惨状が現実になるわよ。」
魔女は言った。
先程、桜が見たあの惨状は未来の出来事だと。
今もし、力を付けたら守れるかもしれないと。
守りたい。 お母さんを、守りたい。お父さんを、守りたい。 お母さんとお父さんを守りたい!
桜は痛みを堪えて立ち上がる。
肋骨は折れ左手の骨も折れてる。
それでも立ち上がる。
大好きな家族を守るために。
桜の目付きが変わる。
それは少女のする目ではない。
それは大事な物を守る者の目だ。
「やれるのかしら?」
魔女は煽るように言う。
というか実際煽っているのだろう。
顔が笑っている。
「やれる。」
そう返事を桜はふぅーと深呼吸をして、剣を握り直す。
剣を持ったことも振ったことも無い。
女の子には似つかない格好。
だけど、守る物がある人には似つく格好。
桜は痛む体を根性で抑え込み足を踏み出す。
そして、
「はァァァ!」
大声を上げながら両手で持った剣を魔女に向かって振りかざす。
初めて振る剣。
振り方も分からない。
それでも魔女へと向かって剣を振りかざす。
魔女は桜が振った剣を手で抑えると左足を桜の顔へ向けて放つ。
桜はそれを見た瞬間目を閉じその場にしゃがみ込む。
「ッ?!」
だが、いつまでたっても顔に痛みが走らない。
目を開けると魔女が笑顔でこちらを見ていた。
「今避けようとしたわね。 少しは戦いの意味が分かったかしら?」
するとそんなことを言う。
「戦いはお互いに命をかけて戦うことよ。 命をかけることも出来ない者に相手を倒す資格はないわ。それでも貴女は戦うかしら? 命をかけることが出来る? 守りたいものを守るために命をかけることが出来る?」
桜は魔女の問いに声ではなく行動で示した。
魔女の手に抑えられた剣を引き抜きそれを魔女に向かって投げ放つ。
「面白いわね。」
魔女は投げられた剣を足で地面に向かって叩き落とす。
「今のが答えかしら? 貴女は神を止めるために私達と共に戦うというのね?」
「分からない。 正直、神を止めるというのもよく分からない。 けど、守りたいものが私にはある。 そのためなら戦える。」
桜は右手で拳を作って魔女に向かって言い放つ。
すると魔女は桜の真正面に立つと桜を抱きしめる。
桜の顔が魔女の豊満な胸に押し付けられる。
「きゃっ?!」
「ごめんなさい。 貴女の覚悟を試すために強く撃ちすぎたわ。」
攻撃をという意味だろう。
「桜。貴女は立派よ。誰かを守るために自分をかけれる。だけどそれは自分より守りたいものが優先順位が上にあるということよ。そのために命をかけることが出来るのは人ではないわ。 人は自分のために必要なら犠牲を厭わない種族よ。 」
「...」
その言葉に桜は反応しない。
だけど、桜の目は諦めていない。
守るために自分をかけてでも守るということを。
「これが本当の最後よ。」
「うん。」
「桜は人の道を外れてでも誰かを守るかしら?」
普通の人は人の道を外れようとはしない。
我が身が大事なら他人を犠牲にするのが普通の人なのだろう。
だけど、桜は自分より守りたいものが上にある。
魔女が言うように他の人とは違うのだろう。
でも決めた。
守ると決めた。
守りたいもののために戦うと決めた。
なんの為に魔女に向かって剣を放った。
それが答えだから。
「家族を守る。 そして、今までの平和を守る。 」
桜は決意した。
守ると。
家族を守ると。
平和を守ると。
それが桜にとって大切なものだから。