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3.『もしも』と『ほんの少しの変化』

「あれ、どこ行くの?」

「どうしたの?」

「魔結晶を渡したら精霊達がどこか行っちゃった」

「精霊王への捧げ物を渡しに行ったのだろう。すぐ戻ってくる」

「ひと言言ってくれればアップルパイ持たせたのに! え、持って行ってくれるの? 今すぐ包むから! ごめん、ウェスパル、ルクスさん。私、先に屋敷に帰ってるから」


 残った精霊達が持って行ってくれるようだ。すでにアップルパイは焼き上がっているようで、イヴァンカは屋敷へと全速力で駆けた。


 まるで親戚の家に行く子どもにお土産を持たせる母のようだ。神様へ渡すにしては些か気軽すぎる。

 だが考えてみれば、イヴァンカはお兄様が神の子を召喚したのだと聞いた時もあまり驚いてなかったように思う。


 前世よりも神様って身近な存在なのだろうか。


「なぁウェスパル、もしかしなくとも、そのアップルパイは我のために焼かれたものだったのではないか?」

「ルクスさんはいつでも会えますから、お土産優先なのは仕方ないですって」


 相手が精霊王だからか、ルクスさんも駄々をこねることはしなかった。


 土の搬送を手伝ってもらい、馬車のあるファドゥール屋敷へと向かう。


 屋敷の前ではイヴァンカがやりきったとばかりに額の汗を拭っていた。周りには精霊はおらず、全員で追いかけていってようだ。


「あ、お帰りなさい」

「ただいま。お父様はまだ帰ってきてない?」

「ええ。お茶をしながら待っていましょう? といってもお茶菓子はクッキーくらいしかないのだけど」

「アップルパイ……」

「ごめんなさい。午後には持っていくから」

「待っているぞ!」

「ええ。美味しいのを持っていくわ」


 ルクスさんの図々しいお願いに、イヴァンカは嫌な顔一つせずに笑ってくれた。

 馬車の荷台のシートの上に土を降ろし、手を洗ってからお茶とお菓子をご馳走になる。ルクスさんはクッキーも気に入ったようで、美味い美味いと口いっぱいに頬張っていた。



 それからしばらくして戻ってきたお父様と亀蔵と一緒に馬車に乗り込んだ。


 クッキーを大量に食べたはずのルクスさんだったが、馬車の窓から顔を出しながら「待っているからな!」と手を振る。

 このドラゴンはどこまで食い意地が張っているのだろうかと呆れたのは言うまでもないだろう。



「私、そんなに凄い水があったなんて知りませんでした」

「病を治す水のことか?」

「はい。今も残っていたら、病気も怖くなかったのに……」

「万能などではない。効かない病もあった」

「まるで見てきたみたいですね」

「我が封印される前はあったからな」


 効かない病もある、ということは効く病もあったと認めていることになる。

 一部だろうと、水を飲んだだけで病が治るなんて十分凄いことではないか。私はそう思うが、ルクスさんは苦い表情を浮かべている。あまり良い思い出がないのだろうか。


 考えてみれば、なぜ伝承で触れられていたのは『水』ではなく『土』だったのか。『病を治す水』と呼ばれるものが存在していたのなら、勘違いをするとは考えづらい。

 イヴァンカが見つけた伝承は水の効果が分かるよりも前の出来事なのだろうか。だとすればなぜ彼女は土に関する伝承だけを知っていたのか。


 たまたま知らなかっただけならいいが、水に関する記述が一切残っていないのならば、何かしらの理由で意図的に切り取られた可能性が高い。


 例えば悪用出来てしまったとか?

 治すことの出来ない病があると分かったために人々が離れた可能性も考えられるが、一つや二つあったところで今までの功績がかき消されることがあるものなのか。


 あるとすれば治すことの出来ない病が広範囲に流行してしまった、とか?


 考えすぎだろうか。

 とはいえ、考えたところで水はすでに枯れてしまっている。

 多少気になることはあるが、現代を生きる私がその水を使うことは出来ないのだ。


「その水が枯れたから人々は自らの力で病を癒やす術を探し始めたのだろう」

「今があるのは水が枯れたからってことですね」

「そういう訳ではないだろうが」

「でもギュンタの目がキラキラしているのも、サルガス王子が土で汚れながら優しく笑うようになったのも、没頭出来るものがそこにあるからですよ。植物じゃなくても良かったかもしれないけれど、私は植物に没頭する彼らしか知りませんから」


 今があるのは過去があるから。

 過去がほんの少し変わるだけで未来は簡単に変わってしまう。


 もしもその水があったなら、スカビオ家がなかったかもしれない。

 スカビオ家がなければギュンタはいなかったかもしれないし、サルガス王子は未だに悩んでいたままだったかもしれない。


 もしも、なんて結局起こる可能性があった事象なのか、はたまた心配にすぎないものなのかは分からない。なにせ実際には起こっていないものなのだから。


 それでも私は今後も『もしも』を追い求めるし、今に『ほんの少しの変化』を加えながら未来を書き換えていくつもりだ。


 それが『もしも』ではない情報を持って転生した私の役目だと信じているから。

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