2.病を治す水
「それより今日は早く寝て英気を養うのだ。最初はやはり風呂だな。風呂上がりには冷たい牛乳がいいぞ」
「ルクスさんがただ牛乳飲みたいだけでしょ」
「そうともいうな」
今の時間寝ているとなると、朝がかなり早い人だろうか。それともお昼寝が長い人?
どちらにせよ私が用事があるのはイヴァンカと彼女と契約している精霊達である。ルクスさんの目にはそこに他の誰かがいるように見えているらしかった。
翌日。いつもよりも早く起きた私は、お父様を急かしてファドゥールへと向かった。
昨日、手紙を出していたこともあってか、それとも私の性格を知っていてか、イヴァンカは屋敷の前でとあるノートを読んでいた。ぶどうの成長記録が記されたノートである。
イヴァンカは私が早朝からやって来ることを予想していたらしかった。馬車が止まる音を耳にするとすぐに視線をあげた。窓を閉め、代わりにドアを勢いよく開け放って彼女の元に駆け寄る。
「イヴァンカ!」
「待ってたわよ、ウェスパル、ルクスさん。亀蔵はまだ寝ているのかしら? ぶどう畑の人達が会いたがっていたわ」
「もう少しで起きると思う。亀蔵もファドゥールに来るの楽しみにしていたから。お父様、亀蔵をよろしくお願いします」
「ああ、起きたらぶどう畑に連れて行くよ」
お父様にハウスごと亀蔵を託し、私達は土の場所へと向かう。
先導してくれるのはイヴァンカの精霊である。
今回、土を譲ってもらう対価として用意したのは、完成したばかりの拳大の魔結晶である。
ルクスさんが錬金釜作成の条件として提示した時から彼らはそれに強い反応を示していた。
あれほど大きいと食べにくいだろう。割るなら小さいのを大量に用意した方がいいのではないかと思うが、彼らにも事情があるらしい。
飾って楽しむのかもしれないし、少しずつ舐めて楽しむのかもしれない。
ただ気になることがあるとすれば、属性は何でも良いことである。通常、精霊が好むのは自分と同じ属性の魔結晶である。
なのに何でも良いと。一番初めに成功した物が欲しいと、ルクスさんを通して伝えてきたのである。
なので、今私のポケットに入っているのは火の魔結晶。良質な土を探してくれた彼らが食すことは出来ない属性の物であった。
要望があれば他の属性の魔結晶を作り直すつもりではある。
大量の魔力を使うので、錬金釜を作り終えた後でよければ、という条件が付くが。
そんなことを考えているうちに目的地へと到着した。
「ここは……」
そこは忘れもしない、鉱山前。
あの日、多くの精霊達が集まっていた場所であった。
「本当はこの山の中の土が良かったんだけどね。止められちゃった」
「当然でしょ! そんな危ないこと、させられないわ!」
「でも本当に良い土なのよ? ここの奥で取れた土は特別でね、昔はその土で土器を作っていたんだって。その土器に水を注いで飲むとたちどころに病が治った、なんて伝承もあったのよ? といってもスカビオ領で薬草が安定して取れるようになるよりも昔のことらしいけど」
「土から取れる栄養素が不足していたために起きた病だったとか?」
伝承として残るくらいだから完全な迷信という訳ではないのだろう。とはいえ、些細なものから根と葉が生えて立派になってしまっただけかもしれない。
土は欲しい。だがたかだか釜の材料だ。そのくらいで危ない真似はして欲しくない。
イヴァンカの命と錬金術なら私は迷わずイヴァンカを選ぶ。彼女は少し残念そうだが、止めてくれた精霊には感謝しかない。
「おそらく効いたのは土ではなく、土器に注いだ水の方だろうな」
「水?」
「この辺りの地にはその昔、『病を治す水』と呼ばれる水が流れていたのだ。もうとっくに枯れてしまっているが、その頃はまだ流れていたのだろう。そう考えるとここの土が良質なのも、遠い昔、その水を吸っていたからかもしれぬな」
「へぇ、ルクスさんは物知りなのね」
「ドラゴンは長生きだからな」
そんなものがあったのは初耳だが、昔、この地に住んでいたルクスさんが言うなら確かなのだろう。ルクスさんは『ドラゴンの知識』と言いながらイヴァンカに『病を治す水』について話して聞かせる。
その間、私は精霊達と相談しながら土を掘っていく。
どうやらここにある土全てが良いものではないらしい。少しずつ掘り進めて、彼らの顔色を確認していく。
明るければ良い土で、歪めていればダメな土。
私から見れば同じにしか見えないそれも、彼らからすれば全くの別ものらしかった。少し多めに掘ってから、自分の魔力で固めていく。馬車までは風魔法で運ぶ積もりなので、気持ち固めで。ぎゅっぎゅっと力を込めていく。
「このくらいで良いかな! 手伝ってくれてありがとう」
泥のついた手をタオルで拭う。そしてポケットから約束の品を取り出した。
「これ、約束していた魔結晶。火属性だけど大丈夫?」
そう尋ねると、精霊達は揃ってブンブンと頭を縦に振った。どうやらこれを待ち望んでいたらしい。三人でそれを持ち上げると、すぐにどこかへと飛んでいってしまった。




