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34.ばあやさんは偉大である

「さすが王子のお屋敷。仮住まいなのに広い……。三年くらいで使わなくなるのがもったいない」

「学園在学中は確かに留守にするが、シルヴェスターには屋敷ごと引っ越す予定だ」

「こんな立派なお屋敷、動かせるんですか?」

「今は大きな板の上に乗せている状態で、移動の際には風の魔法を使って少しずつ動かしていくんだ」

「なるほど。だから時間かかったんですね」

「私の都合もあったがな。入学までしばらく王都を留守にするということもあって、お茶会や公務で予想以上に時間が取られてしまった」


新月が待ち遠しくなる頃、サルガス王子はスカビオ領の屋敷へと越してきた。

屋敷自体は夏には完成しており、彼もすぐに越してくる予定だった。だが想像以上に公務と社交が押していたらしい。

これから学園入学一ヶ月前までは社交を最低限に抑えるそうだ。そのためにほとんど休みなく社交界やら公務に駆け回っていた、と。今年の夏、お兄様が帰ってこなかったのもお茶会の開催回数が例年より多かったからなのかも知れない。


そんなに忙しくなるくらいなら当初の予定通り、越してくるのは卒業後でも良かったのでは? と思うが、王家にも思惑があるのだろう。少なくともサルガス王子は社交界よりも植物園の方が自分らしくいられるらしい。定期的に送られてきていた手紙には、早く移住したいと繰り返し書かれていた。


この人、このままスカビオ領で暮らした方が幸せなのでは?ーーそんな考えが頭に過る。


「王子様って大変ですね」

「ああ。だがなんとしても芋掘りには参加するために急いだ」

「サルガス王子……」

「ばあやが楽しみにしているからな」

「……そういえばサルガス王子が育てる予定の薬草って、腰痛の薬に使うものが多いですよね」

感動した私が馬鹿だった。

サルガス王子といえばばあやさん。弟との仲がよくなろうとも、不動のトップである。やはり幼少期の心の隙間を埋めてくれた相手の存在は偉大だ。どんなに魅力的なヒロインが登場しようとも、ばあやさんに打ち勝つのは至難の技だろう。ばあやさん関連の地雷を踏んだら、好感度が一気にマイナスまで落ちるなんてことも考えられる。

初めは手紙でも『乳母』と書いてあったのに、最近は完全に『ばあや』呼びだし。さすがに社交界では取り繕っているのだろうが、私相手には隠すことを止めたようだ。ギュンタやイヴァンカも気にしないだろうし、サルガス王子と一緒に移住してきたお付きの人は嬉しそうにウンウンと頷いている。彼が変わり始めてからそこそこ経つが、未だに感動を噛みしめているようだ。


何はともあれ、救いの手が届かないほど深くに沈んでいるよりずっと良い。

それに動機はなんであれ、芋掘りを率先して手伝ってくれるのも助かる。

お礼に芋以外にもばあやさんに送ろうか。ばあやさんも話だけではなく、成果物として目に見えるものがあれば元気に暮らしていると安心出来ることだろう。となればやはり鉄板は写真かな。今度、スカビオ領の写真屋さんに頼んで何枚か撮ってもらおう。この屋敷をバックにしたものと、植物園、シルヴェスター領で撮ったものも何枚か欲しい。


「ギュンタ殿に教えてもらったんだ! そのほかにもリラックス効果の高いハーブや、マーシャル用にとシェリリン嬢から頼まれた薬草がいくつか……」


ごそごそと種入れを漁るサルガス王子からは塞ぎ込む傾向すら見られない。

今後なんらかの理由で精神が安定しない時期が出てきたとしても、今の彼には支えとなってくれる人物がいる。ばあやさんだけではなく、私も、ギュンタだって手を伸ばす。きっとマーシャル王子やシェリリンだって。だから一人で抱え込むようなことはしないだろう。少なくとも私やギュンタは何か良くないものを隠しているなと気付いたら、ぐいぐいといくタイプなのだ。イヴァンカも手伝ってくれることだろう。


この場所で悪いものを抱え込めるなんて思わないことだな。

そう心の中で思いながらフッと笑えば、サルガス王子は不思議そうに首を傾げた。



その後も引っ越しの手伝い、という名のお屋敷探検を済ませ、お茶をする。

話し合いの結果、会うのは一週間に一度ということに決まった。ひとまずはこれで。慣れてきた頃にまた会う頻度を変えることになった。


というのもサルガス王子は薬草の手入れや研究で忙しく、慣れた頃には精霊召喚ももくろんでいるらしい。


「監視はどうした、監視は」

キラキラと目を輝かせながら今後の予定を語るサルガス王子に、ルクスさんはボソッと呟いた。けれど顔色一つ変えることはない。


「だって悪いことなんてしないだろう?」

平然とそう言い切った。ファドゥール鉱山の件はすでに聞いていたらしい。


「それにあんまり頻繁に訪問してウェスパル嬢とルクスさんの邪魔をしたくない。私はいつでも婚約解消を受け入れるつもりだから安心して欲しい。結婚しても別居で構わない」

「本音は?」

「本当だ、嘘ではない。だがしいて付け加えるのなら、シルヴェスターに移ったら訪ねてくる人は一気に減るから、必要な部屋だけ残して室内栽培を始めたいかな」


メインは明らかに付け加えられた方である。

改装案 バージョンワン と書かれた紙まで見せてくれた。今後暮らしていくうちに気付いたことなどを踏まえて少しずつ書き換えていく予定らしい。私が作った小屋の内装案よりも細かい。間違いなく我が道を爆走している。


サルガス王子がダークサイドに突き進んだのは、これと決めたら直進する性格があったからなのだろう。

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