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29.ファドゥールでの異変

「ウェスパル、ルクスさん」


 今日も今日とて森でお散歩をしていると、屋敷の方角からイヴァンカの声がした。どうやら私達を呼んでいるらしい。


 こちらに来るという手紙はもらっていないので、何か急な用事でも出来たのだろうか。

 はて? と考えながら亀蔵にはハウスに戻ってもらう。ルクスさんを胸の前で抱きながら屋敷に向かって走ると、森を抜ける前にイヴァンカと遭遇することが出来た。


 顔色は悪く、汗がダラダラと垂れている。

 なにより、彼女は自らの意思で森に立ち入っている。


 ルクスさんが邪神だと知らない彼女にとって森は恐ろしい場所のままなのに、である。

 イヴァンカの行動はそれだけの異常事態が起きていることを示していた。



「何があったの?」

「精霊達の様子がおかしいの。何か訴えているみたいなんだけど、私じゃあの子達の言葉は分からなくて……。だからお願い、力を貸して」

「すぐに行こう。ウェスパル。魔結晶を取ってこい」

「分かりました。イヴァンカ、ルクスさん。先、馬車に行ってて」


 イヴァンカとルクスさんを残し、小屋に向かって走る。

 途中で出会った使用人はすでにイヴァンカから事情を聞いているようで、馬車の準備は出来ていると教えてくれた。


 引き出しの中からありったけの魔結晶を取り出し、袋に詰めてそちらに向かう。すでにイヴァンカとルクスさんは乗り込んでいた。私も座席に腰掛けるとすぐに発車する。



 ルクスさんと出会ってからファドゥール領には行っていないので、大体一年ぶりになる。

 道中、イヴァンカは領内で起きた出来事を詳しく話してくれた。


「初め、様子がおかしいのは一部の土の精霊だけだったの。それも大人達についている子ばかり。いつもは良い子なのに、おかしいからって他の精霊の様子を見に行ったら、そこの子達も騒ぎ出して。彼らの作り出したバリケードが至るところに出来ていて、ファドゥールは今、巨大な迷路みたいになっているわ。仕事が出来ないのはもちろん、こっちに来るのも大変だったわ」


 悲しそうに眉を下げた彼女がぽつりぽつりと打ち明けてくれた現状は、到底信じられるものではなかった。


 関係が上手くいっていると思っていたのに、なぜ急に態度を変えたのか。

 それも明らかに短期間で伝播している。


 一部、不満を持つ精霊がいたとしても一緒に行動している人間は違う。

 話を聞いただけで態度を変えるとは考えづらい。


「いつも一緒にいる奴らはどうした」

「あの子達が指揮を取ってるみたいなの。……働かせすぎちゃったのかしら」

「それはない。嫌だったら早々に放棄する。精霊とはそういう生き物だ」


 落ち込むイヴァンカの言葉をルクスさんは力強く否定した。

 そういう性質だ、と口では言っているが、彼とて性質だけで否定している訳ではない。


 イヴァンカと精霊達との絆を知っているから。仲の良かった彼らが簡単に裏切るはずがないと信じているのだ。


 ルクスさんの言葉に、彼女の緊張が少しだけ和らいだ。

 イヴァンカは真面目な子だ。私達と合流するまで、ずっと自分を責めていたのかもしれない。


「関係が上手くいっているはずの精霊がまとまって行動を起こすとすれば、それはよほどの理由、おそらく自らのパートナーを守るために行っている可能性が高い。初めに様子がおかしかったのは『土の精霊』だといったな」

「ええ」

「ならば精霊達が訴えていることは土に関連している。それも領全体に関わることの可能性が高い。思い出せ。初めに騒ぎ出した精霊がついていた大人達は何をしようとしていた?」

「何って、いつも通り仕事を……」

「何の仕事だ」

「鉱山で採掘を……」

「それだな」

「え?」

「おそらく精霊は、人間達が鉱山に向かうことを拒んでいるのだ」

「でも彼らは昨日も一昨日も同じ仕事をしていて」

「我も理由までは分からん。だが読みが正しければ、指揮を取っている奴らは鉱山付近にいるはずだ」


 ルクスさんは確信しているようだった。

 ファドゥール領との境まで来た辺りで馬車がピタリと止まった。


「何があったの」

「申し訳ありません。先ほど使った道が塞がれております」

「他の道は」

「埋められているようです」

「なんですって?」


 窓から顔を出せば、そこには土で出来た壁がずらりと並んでいた。


 まるで要塞だ。王都の城門だってここまで立派ではない。

 中にあるという巨大迷路と合わせて、どれほどの魔力が使用されたのか。ファドゥールにはかなりの数の精霊がいるとはいえ、激しく消耗していることだろう。


 そこまでして、何かを伝えたかった。

 精霊達の強い意思を感じる。ルクスさんも隙間から顔を出しほおっと息を吐いた。


「立派なのはいいが、我直々に足を運んでやったのだから早く開けろ」


 ルクスさんの声で壁はゴゴゴと大きく音を立てた。

 壁の一部がなくなっていく。ちょうど馬車一台が通るほどの幅だ。


 ここを通れ、と言っているようだ。

 御者は慌てて馬に指示を送り始める。再び走り出すと馬車の前後からしきりに大きな音が聞こえてくる。後方は塞がれ、前方には道が出来ているのだろう。


「到着したようです」

 御者の言葉で外に降りる。何度か右に左にと曲がりながら導かれた終着点は鉱山。

 そこには見慣れた精霊達が飛んでいる。イヴァンカについている子達だ。彼らの表情は一様に固い。魔力の消費が激しいのか、真っ青な顔で座り込んでいる子もいる。


「何があったのか話せ」

 その言葉で数体の精霊がルクスさんの元に飛んでくる。そして揃って何かを訴え始めた。

 私とイヴァンカに彼らの言葉は分からない。心配そうに見つめる彼女の肩を抱き「大丈夫。ルクスさんがなんとかしてくれるから」と宥める事しかできない。


 無力だが、ルクスさんに任せるしかない。


「なるほど。それでポイントの特定は済んだのか? そうか、よくやった。人間達には我から話しておいてやる。ひとまずは外側の壁とここの周りの壁だけ残して他の魔法を解け。ん? ああ、今日も持ってきているぞ。消費の激しい者から順にウェスパルからもらうといい」


 精霊達はホッと胸をなで下ろす。そして座り込んだ精霊を支えながらウェスパルの元へと飛んできた。


「えっと、もう解決したんですか?」

「根本的な問題が解決した訳ではないが、やはり善意での行動であった。とりあえず持ってきた魔結晶を渡してやってくれ」

「あ、はい」


 こんな時でもしっかりと列を作る精霊達に魔結晶を渡していく。

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