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22.美味しいものは香りから違う

「想像より広いのね~」

「ここが錬金部屋か! やっぱり調合中に引きこもる部屋は別に欲しいよな~」


 小屋が完成した数日後、ギュンタとイヴァンカがお祝いに来てくれた。

 ギュンタは錬金部屋を、イヴァンカはリビングの至る所を眺めている。


 スカビオ家は植物の栽培だけではなく、薬の調合も行っており、成人すると親から専用の薬釜を贈られるのだそうだ。成人するまでは土に触れ、植物の知識を蓄えるようにとの考えからのことらしい。


 ギュンタは錬金釜設置予定場所をまじまじと見ながら、サイズ感を連想したり、ヘラを使ってかき混ぜる妄想を繰り広げている。それだけ彼にとって薬釜は憧れの存在なのだ。見ていて微笑ましい気持ちになる。


「あ、そうだ。これはお祝いの蜂蜜と林檎のケーキ。切ってみんなで食べましょ」

「ありがとう! 今、お茶用意してもらってるから少し待っててね」

「今日はアップルパイじゃないのか?」


 ルクスさんはイヴァンカの持つバスケットに寂しげな視線を送る。

 二人がお祝いに来てくれると知ってからずっと楽しみにしていたらしい。しょぼんと肩まで落としている。


 だが私はアップルパイと同じくらいイヴァンカのケーキが大好きだ。頬がゆるゆるに緩んでしまうほどに嬉しい。


「今日は前よりも美味しくなった蜂蜜を是非食べて欲しくてこっちにしたの。ケーキも自信作だからきっとルクスさんも気に入るわ」

「ファドゥールの蜂蜜は美味しいんですよ~」


 ファドゥール領で取れる蜂蜜は二種類。

 癖はあるけどビタミン豊富で栄養価が高い『栗蜂蜜』と、すっきりとした甘さで食べやすい『魔林檎蜂蜜』である。


 栗蜂蜜は単体で食べる他にも、スカビオ領で生産している薬の材料になることもある。国内だけではなく、国外でも人気らしくかなりの高額で取引されるそうだ。


 取引価格では魔林檎蜂蜜の方もかなりのお値段らしい。

 ファドゥール・スカビオ・シルヴェスターではごくごく一般的な蜂蜜として利用されており、領民達が使う分には普通の蜂蜜と同じくらいの値段で取引されている。なので具体的にどのくらいかは分からないが、ファドゥールの名産品の一つとして領の収入を支えていることだけは確かだ。


 なんでも魔林檎の蜂蜜が取れる場所はとても少ないらしい。

 そもそも魔林檎の樹を育てるには『魔力がたくさん集まる土壌』という条件をクリアしていないといけない。さらに受粉と蜂蜜の採取を手伝ってくれる蜂だが、通常の蜂ではなく、魔獣でなければならない。


 魔林檎の花の蜜に微量の魔力が含まれているため、通常の蜂では近寄れないのだそう。


 ファドゥールではそのための蜂の魔獣がたくさんいる。スカビオ領でも特定の植物を育てる際に同じ魔獣が活躍するそうで、何体かが温室内で暮らしている。


 魔獣といっても野生でも召喚獣でもなく、ファドゥールで生まれ育った子達である。


 初めの蜂は契約して連れてきた個体だったようだが、高品質の魔林檎の蜜が安定して供給されることを理解すると、新しく生まれた子達も住み着くようになり、今まで繁殖し続けているようだ。


 ちなみに魔林檎に含まれる微量の魔力は収穫されると放出されてしまうので、人間に影響はない。むしろ害虫が寄り付かないので無農薬で美味しい林檎が出来上がる。


 精霊のおかげで植物の成長が早くなっているとは聞いていたが、まさか蜂蜜まで美味しくなっていたとは……。


 想像しただけでヨダレが垂れそうだ。

 ルクスさんはバスケットの布をチラリと捲る。すんすんと鼻を動かした後、表情が少し緩んだ。


「ふむ、確かに良い香りがするな」

「香りだけじゃなくって味も美味しいんだから。亀蔵には乾燥林檎を持ってきたから食べてちょうだい」


 紅茶と共に持ってきてもらったナイフで四等分に切り分けていく。

 ナイフが入ったケーキは少しだけ沈むが、すぐにふわっと元に戻る。その際、林檎と蜂蜜の混ざり合った香りが部屋に広がった。


 バスケットの中にあった時に香ったものよりも何倍も強い。スポンジの上に押し倒して身体中を包み込んでしまいそうなほどの『美味しいものの香り』である。


 全身が目の前の食べ物を求めていた。


 イヴァンカのケーキは美味しい。

 ファドゥールの蜂蜜だって元から美味しかった。


 けれどここまで強い衝動を掻き立てるほどではなかった。


「これが精霊の力……」

「通常、精霊が短期間でここまでの力を発揮することはない。組んだ相手と土地が良かったのだろう」


 そう教えてくれたルクスさんの口から垂れたよだれは私の腕を伝う。

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