20.お父様と亀蔵の帰還
それから私達には朝晩二回、干し芋をひっくり返すという役割が加わった。散歩に行く前、二人でペラペラとめくるのである。
何回も繰り返すうち、ルクスさんもやっているうちに乾燥度合いを見極めるのが上手くなってきた。
だがお父様達は一向に帰って来る気配がない。
すでにお父様達が出発してから十四日が過ぎている。
会議で何か揉めるようなことがあった?
それとも途中で事故でもあって迂回している?
「心配ですね」
そう口にすると、必ずといっていいほどお母様の視線が泳ぐ。何かを隠しているようだ。
お母様が訳を知っているなら危険はないのだろうが、隠そうとしているものの見当がつかない。
なんだろう? と首を傾げ、ようやく答えがわかったのは六日後。
お父様達が帰ってきてからのことだった。
「ただいま〜」
当初の予定の倍の日数、領を留守にしていたお父様は上機嫌である。それに一緒に帰ってきた亀蔵も興奮しているようだ。
私の足元まで来て、必死に何かを伝えようとかめぇかめぇ! と鳴いている。
「えっと何か良いことでもあったの?」
「これを見てくれ」
戸惑う私にお父様が取り出したのは一枚の賞状だった。
「魔獣コンテスト 総合部門優勝 亀蔵殿?」
「亀蔵は魔獣コンテストでシロを破り、見事一位に輝いたんだ! 凄いだろう?」
「かめかめぇ!」
「一位は確かにすごいですけど、魔獣コンテストってなんですか?」
どうやら王都で魔獣コンテストなるものが行われていたらしく、お父様はお兄様から話を聞いてこのコンテストを知ったらしい。お父様は初めからこのコンテストに亀蔵と一緒に参加するつもりだったのだ。
亀蔵を自慢したいのだろうとは思っていたが、私の想像の上をいった。
お母様が仕込んでいた芸というのも、このコンテストに向けてのもの。初めから帰りが遅くなることを知っていたのだ。
「なんで私に隠してたんですか?」
「さすがに月の半分以上を留守にするとなると許してくれないかと思ってな……」
「当然です!」
結果的に亀蔵が喜んでいるから良いものを、初めてのお出かけにしてはいささか長すぎる。
はぁ〜っとわざとらしいため息を吐けば、亀蔵は気遣うように私の足の周りを回り始めた。
「亀蔵に呆れてるんじゃないのよ? 亀蔵をみんなに自慢したい欲が強すぎるお父様が悪いんだから」
「私だって何も亀蔵自慢のためだけに参加したわけではないぞ? 話を聞いた時から優勝者に与えられる副賞が気になっていたんだ」
「副賞?」
お父様が胸ポケットから取り出したのは指輪でも入っていそうな小さなケース。けれどパカリと開かれたそこに鎮座しているのは指輪ではない。
「土魔石、ですか? かなり大きい。何の魔獣から取れたんですか?」
拳ほどの大きさとなると群れのリーダー格、いや、そのエリアを治めるボス魔物かもしれない。どちらにせよなかなか目にすることはできない代物である。
しかも傷がほとんどなく、色艶もいい。
魔獣コンテストなんて初めて聞いたが、かなり太いスポンサーが付いているのかもしれない。
こんなに珍しい品が賞品として掲げられているなら、確かに参加する価値はある。
「天然物だ。最近発掘されたらしい」
「え……」
「副賞を聞いた時から絶対亀蔵が気にいると思っていたんだ」
天然物となれば、魔獣から獲ったものの何倍も価値が跳ね上がる。
それを魔獣に与えるためだけにゲットしようなんて、大陸中探してもシルヴェスターの人間くらいだ。
「本当はすぐにあげたかったんだが、亀蔵はウェスパルに見せたかったらしい」
「そっか。亀蔵、すごいね。さすがはうちの子!」
「かめぇ!」
よしよしと撫でてあげると、嬉しそうに顔を擦り付けてくる。
無事に亀蔵との戦利品を見せ終えたお父様は、大事に箱に入れられた魔石を取り出した。
「亀蔵、あーん」
亀蔵は大きく口を開き、口元に運ばれてきた魔石を丸ごと頬張った。
すると亀蔵の身体がぼんやりとした白い光で包み込まれていく。亀蔵自身は気にせずにもごもごと口を動かして魔石を味わっている。何が起きているのかわからないうちに光は収まってしまった。
光る前と後で亀蔵の見た目には変化はない。
お父様とお母様と一緒になんだったのだろうと首をかしげる。ルクスさんも初めて見る現象だという。
だが数日様子を見てみたが、亀蔵に異変はなく、元気そのもの。
話し合いの結果、美味しいものを食べると光るのではないかという結論に至った。
それからしばらくが経った頃、タータス家からにんじんが届いた。亀蔵は約束の品に大喜びで、ガツガツと勢いよくにんじんに食らいついた。だが光りだす様子はない。
魔石でなければいけないのだろうか?
だが似たような性質を持つ魔結晶をあげても光る様子はない。
発光の謎は依然として解けないまま、ケーキを頬張る。
にんじんはグラッセにしてもいいが、にんじんケーキも美味しい。いくつでも食べられてしまう。
同封されていた手紙にはロドリーの近況が記されていた。
小麦など諸々の収穫を終え、彼は今、冬の剣術大会に向けて調整を行っているそうだ。
『ウェスパルよりも強い相手はいないと思うが、それでも全力を尽くす。どんな相手でも手を抜かない』
迷いのない力強い文字でそう記されていた。これからもロドリーの快進撃は続くのだろう。会場で鳥のように軽やかに剣を振るう彼を想像して頬が緩んだ。
にんじんのお返しには干し芋を選んだ。
ちょうど乾いてきた頃なのだ。
出来たら送ると約束していたイザラクと、それからサルガス王子にも同じものを送ることにした。
喜んでくれるといいな。




