19.マーシャル王子とシェリリンは
芋を掘りながら、私はサルガス王子にとある探りを入れた。
『マーシャル王子とシェリリンの関係について』である。
シェリリン=スカーレットは意地悪な悪役令嬢。学生時代はヒロインに王子を取られる! と嫉妬して虐めを行っていた。
先ほどチラッと出た話を聞く限り、問題はなさそうだが、こちらに敵意が向く可能性もある以上、警戒するに越したことはない。
そう思ってのことだったのだが、サルガス王子の表情は明るかった。
「シェリリン嬢はマーシャルを健康にするのだと意気込んで、健康に良いと噂のものを色々と持ってきてくれるらしい。それにマーシャルはまだ社交界にはあまり出られないから、出られるようになったらエスコートするのだと意気込んでいる。勉強や手習いにも力を入れているらしく、少し前に見せてもらった刺繍は見事なものだったな。最近、二人の笑顔をよく見るようになった」
確かシェリリンは幼い頃に母親が病気で亡くなってるはずだ。
マーシャル王子の姿がお母さんに重なったのかもしれない。
「元気になるといいですね」
「支えてくれる婚約者がいて、本人も以前よりも健康になろうと努力しているのだから、きっと良くなるさ」
第一部で婚約破棄をしたサルガス王子とは違い、第二部のマーシャル王子が自ら婚約破棄や解消を言い出すことはしない。ヒロインと仲を深めることはあれど、常にウェスパルのことを気遣っていた。
シルヴェスターの監視という役目があったからとはいえ、彼の性格も大きく関係していることだろう。
つまりマーシャル王子が乙女ゲームから大きくブレることがなければ、シェリリンに不安を抱かせることはなく、彼女も虐めに走ることがない。
悪役がいなくなれば第一部の攻略難易度はぐぐっと下がる。
同時にヒロインが第二部に到達する可能性も下がる。
今すぐにでもカニカニ踊りたくなるほどにはウィンウィンである。
さすがにお客さんのいる前で踊る訳にはいかないのでグッとこらえて、芋を掘った。
その後もなんてことない世話話をして、日が暮れるまで作業を続けた。
芋入りの籠をまとめるとサルガス王子とそのお付きの人達はスカビオ領に戻り、イザラクはお兄様の部屋に泊まることになった。
イザラクはルクスさんと一緒にお風呂から上がってきた私を見て固まって、一緒に布団で寝ているのを見てぎょっとしていた。けれどそのうち慣れるだろう。
そして翌日も朝から元気に芋を掘る。
二日目、三日目と日数をおうごとにルクスさんとサルガス王子の作業スピードは上がっていった。
また王子が来ていることを知った、スカビオとファドゥールに移住してきた魔法使い達も手伝ってくれることとなった。
人手が増え、天気が味方したこともあり、作業は四日間で終わった。
王子はまだまだどちらの領も見学し足りないようで、数日は見て回るそうだ。
ギュンタと話が合うようで、毎日目を爛々と輝かせて楽しそうだ。案外王都よりもこっちに合っているのかもしれない。
ゲームキャラとしてのサルガス王子を推してた人たちは驚くだろうな。
推し変するか、泣いて喜ぶか。どちらも想像できる。
だが彼を側で見てきた人にとって、この変化が良いものであることは確かだ。
そうでなければ城を辞めた魔法使い達が揃いもそろって休日返上で手伝ってくれるはずがない。ましてやオススメの場所で話を弾ませたりなんてしない。
乙女ゲームとは違った方面でカリスマ性を発揮するかもしれない。
芋を掘るサルガス王子にはそう思わせる何かがあった。
イザラクは翌日以降も残って、抜いた芋の乾燥や干し芋づくりをお手伝いしてくれる。
毎年干し芋は蔦の処理が終わった後に作り始めているのだが、今回はお父様と亀蔵が帰ってきたらやってくれるそうだ。
そろそろ帰ってくるとはいえ、干し芋づくりも日数がかかる。早めに取り掛かるに越したことはない。
蒸してもらった芋の皮を剥いてから薄めにカット。その後、すだれのような乾燥台に並べていく。
「手際がいいな」
「幼い頃からずっとやってきたことだから」
ルクスさんはイザラクの手元を見ながら感心した様子だ。
実際私から見てもイザラクの仕事は手慣れている。獲れた芋の大きさはマチマチなので、揃えようとしてもなかなか上手くいかないものなのだ。けれど彼の切った芋の厚さはどれもほぼ同じ。しかも早い。
本当にイザラクが来てくれて助かった。彼の存在に感謝しながら、私も手を動かしていく。
全て並べ終えたら後はたまにひっくり返しながら乾くのを待つだけ。
大体一週間から二週間ほどで完成である。
「出来たら送るわ」
「ああ。楽しみにしてる」
収穫した芋を多めに馬車に積み込むと、イザラクは王都へと戻っていった。今回手伝ってくれたサルガス王子にはイザラクから渡しておいてくれるそうだ。