18.異性としては惹かれていない
「そこまでしたところで、お前に監視の役が務まるとは思えんがな。我だけならともかくこの地には、獣神の子もついた。そのことを知らぬわけではなかろう」
「確かに彼のことは予想外ではありました。ですが元々私で力不足と判断した際は叔父上が派遣されることになっています。私も今の自分で務まるとは思っていませんし、あなたから彼女を奪うつもりもない。私はウェスパル嬢を尊敬こそすれ、異性として惹かれている訳ではないのです。提案したのは純粋にあなた方のことが知りたかったからだ」
まだ追加情報があったとは……。
情報過多でショート寸前の頭を回転させて処理する。
王家側はすでに婚約解消も視野に入れている。代打も用意している、と。
サルガス王子は『異性としては惹かれていない』という爆弾発言も合わせて平然と言い切った。私に告げても問題のない情報なのだろう。お付きの人が慌てている様子もない。お父様も知っていると考えて良いだろう。
変更を伝えなかった理由は解消される可能性があったから?
いや、純粋に伝え忘れていただけの可能性も否定は出来ない。とはいえ、お父様ばかりを責める訳にはいかない。
私も私で、マーシャル王子との婚約解消をわざわざ確認することはしなかった。
それに婚約を解消される恐れがあると知ったところで一切慌てていない。異性として惹かれていない、と言われてもショックすらない。
むしろ前回の訪問で素晴らしい女性だと思い~なんて言われたらそれこそドン引きである。今まで周りにいた女性がどれだけ酷かったのかと同情するまであるかもしれない。
尊敬の部分が引っかかるが、おそらくルクスさんに対しての気持ちとごっちゃになっているのだろう。
第三王子、第二王子と続けて婚約解消されたところで私には傷つくような心がない。
令嬢として変なレッテルが貼られる可能性はあるが、ギュンタもイヴァンカも、多分ロドリーもそれくらいで私から離れていったりはしないはずだ。
いざとなったらイザラクが結婚してくれるらしいし、正直私は未婚でもいいかなと思っている。
この先もシルヴェスターで生きて、死んでいくのだ。他の土地で平和に暮らしている人達からの評価を気にしても仕方ない。
亀蔵もルクスさんもいるし、お兄様は結婚しても多分そんなに変わらない。妹が未婚だろうと無碍にはしないはずだ。
ならば婚約者の一人や二人欠けたところで痛くも痒くもない。
「知りたかったことは知れたか?」
「いいえ。少し調べた程度では到底知ることなんて出来なかった。だからもっと知りたいと思った」
手始めに近くの土地を知るため、晴れた夜の翌日はスカビオとファドゥールを見学することになっているらしい。
案内はギュンタとイヴァンカ、そして元城勤めの魔法使いが行うそうだ。
私が思っていた以上に王城の魔法使いが移住してきているのだとか。条件とか給与の問題ではないので、城側はどうすることも出来ない。無理に縛り付けることも出来ない。
結果、ある程度強くなったサルガス王子が移住して、スカビオで学ぶことになったようだ。
スカビオならすぐにシルヴェスターにも行けると陛下からはすぐに許可が降りたそうだ。スカビオ家はもちろん、お父様も了承済み。また彼の移住に伴い、腕の良い医者やらメイドも揃ってこちらへやって来るとのことだった。
想定外なことばかりだったが、これは嬉しい誤算だ。
王子付きの医師ともなれば国内でもトップレベルの医療技術を持っていることだろう。
王都に比べれば医療器具は少ないが、代わりにスカビオにはあらゆる薬草が揃っている。いくら王子付きとはいえ世話になっている家の子を見殺しにするようなことはしない。万が一の時は全力を尽くしてくれるはず。
ロドリーの登場が年単位で早まり、イヴァンカとギュンタの死因が特定できていない今、少しでも二人の生存率が高まるのはありがたい。
お世話になる二領にはすでに乳母のパウンドケーキなどの手土産を渡してある。そう語るサルガス王子の表情は凄く輝いている。
今回の訪問は見学がメインなのかもしれない。
芋掘りはついで。まぁ楽しそうならいいか。
王子が来てくれたおかげで人手も多い。付き添いだけとは言わせない。
忙しい時期に来た以上は年上だろうが、城勤めだろうが、問答無用で働かせる。
それは私だけではなく、周りの大人達も同じ考えだ。先ほどから王子の背後に強い視線を送っている。
「そうか。ではこの地を知るためにも手伝え」
「はい」
残りのパウンドケーキは昼休憩の際に頂くことにし、紙袋は土が付かないように避けておく。もちろん、ルクスさんからの手の届かない範囲に。
しゃがみ込んだサルガスとそのお付きの人に芋掘りを教えるのはイザラクである。すでに馬車の中で大方説明は済んでいるようで、軽く実演しただけで彼らは作業に取りかかった。
土を解して芋を掘る。サルガス王子は慣れないからか、先ほどのルクスさんのように何度も尻餅をついた。
けれどそれすら初めての経験のようで、恥ずかしそうに、けれど楽しそうに笑った。
作業中は薬草茶でしっかりと水分補給をし、お昼は一緒にサンドイッチを食べた。
よほどパウンドケーキが気に入ったらしいルクスさんは、私が食べているそれにかじりつき、サルガス王子を驚かせていた。




